第3章:お姉ちゃんの指導
「貴方の部屋を見せてくれない?」
那奈姉の問いに俺はどう答えるべきか迷う。
俺の部屋の何を見たいのか。
ただ単純な意味なのか、それとも……。
判断に迷うが断るという選択肢もまずい。
「い、いいよ。別に何もないけど」
「本当に?それじゃ、どこを探してもいいわね?」
ギクッ。
……だ、大丈夫なはずだ。
こんなこともあろうかと(こんな展開を想像していたわけではない)、怪しいものはすべて妹の部屋に移動済みなのだから。
「さぁ、どうぞ」
俺は部屋に案内すると、どこにでもある普通の男の部屋が広がる。
「へぇ。案外、掃除はちゃんとしてるんだ?昨日、今日、したとかじゃない?」
「掃除くらいは適当にしてるよ」
彼女は本棚のあたりを探し始める。
やはり、狙いは俺の所有する怪しい本系か。
しかし、既に撤去済みなので恐れることは何一つないのだ。
「那奈姉、何を探してるんだ?」
「エッチな本とかないかなって……」
「も、持ってないよ。あははっ、何を言ってるのやら」
「道明ぐらいの年の子が一冊も持っていないなんて逆に怪しいわ」
人とは完全になろうとするとボロがでる。
完璧すぎるのも逆に怪しまれてしまうとは……。
「もしも、持ってたらどうしてたの?」
「私以外の女性に興味なんて、許せないわよね?」
か、顔が笑ってませんよ、那奈姉?
「それじゃ、俺が持ってないのは良いことなんじゃ?」
「……そうね」
那奈姉の捜索の手が止まる。
「そっか。ずっと、私だけを思ってくれてたんだ?」
「……え?」
「ごめんね、道明。貴方の気持ちを疑うような真似をして」
彼女はシュンッとうなだれてみせる。
なんだ、そういう意味で今のセリフを取られると恥ずかしいものがあるぞ。
「道明は普通の男の子とは違うもの」
変な方向に誤解してくれたようだ。
普通の男と違う表現は俺がマニアックな趣味を持つような誤解を与えるのだが。
「念のための確認だけど、道明はそういう本を持ってないのよね?」
改めて確認されて、俺は頷くしかなかった。
「あ、あぁ。あいにくと、持ってなかったり……ぁあ!?」
俺の視線の先に入ったのは那奈姉の背後の本棚。
そこに他の雑誌にまぎれるように写真集が見えた。
まさかの片づけ忘れてたものがそこに……。
ど、どうする……気付かれないようにここは冷静さを装う。
「そっか。道明を信じるわ。私に嘘なんてつかないもの」
「そ、そうだね……あははっ」
マズイ、これはまずい。
バレたら、とても怖い思いをすることになる。
昔の那奈姉ならともかく、今の那奈姉は容赦なさそうで怖すぎる。
俺は冷や汗を背中にどっとかきながら動揺を見せまいとしていた。
気づかれたら終わる、ここは話の流れを変えるしかない。
「俺の部屋なんかより、逆に那奈姉の部屋を見せてよ。荷物の整理は終わったんだろ?終わってないなら手伝うし」
「……私の部屋?みたいの?」
この部屋から出て行ってもらうのを最優先に話題を変える。
「まだ、開けてない段ボール箱があるから手伝ってもらおうかな」
「うん。手伝うよ」
「……そうだ、道明」
彼女は部屋を出る前に低い声で呟いた。
「お姉ちゃんは優しいから、どんな罪も一度は許してあげる。“2度目”はないからね?」
彼女の視線の先は本棚のあの本に向けられていた。
ば、バレておりました。
那奈姉をあなどってはいけない。
「――2度目があった時は……分かるわよね?」
「……ごめんなさい」
こ、怖いよ、那奈姉。
目が笑ってないのが超怖い。
俺は足がブルブルと震えるのをこらえながら耐える。
俺の知ってる那奈姉は優しい笑顔しか覚えてない。
ぐすっ、いつのまに那奈姉はこんなお姉ちゃんになってしまったのだろう。
「ほら、私の部屋に来て。お手伝い、お願いするわ」
さり気に俺の手を引いて歩く彼女。
その手の温もりだけは昔と同じままだった――。




