第20章:記憶の断片
【SIDE:望月道明】
春休みってのは短い。
俺の場合は中学卒業から時間がちょっと多めにあったが、受験やらで前半は費やしてたからなぁ。
気がつけば、4月の初旬、まもなく高校の入学式が近い。
那奈姉は今日の朝から大学の入学式で出かけている。
「……あのさぁ、咲良?」
「んー、なぁに?」
「最近、那奈姉と何かあったのか?」
俺の部屋に遊びに来ていた彼女に俺は尋ねる。
どうにもこの所の二人の仲が変だ。
咲良がおかしいのではない。
那奈姉の方が敏感と言うか、びびってるというか。
よく分からないが、とにかく変な雰囲気なのだ。
「何かあった?別になんでもないよ」
俺のベッドに寝転がりながら漫画を読む妹は適当な口調で言う。
「ホントか?だったら、どうして那奈姉との仲がおかしいんだ?」
「だから、何でもないってば」
「なんでもなければ俺も心配しない」
「ちっ。こう言う時だけ鋭いよね、お兄ちゃんって」
今、舌打ちしましたよ、この子!?
咲良はこちらに向き合うとジーッと俺を凝視する。
「そんなに見つめられると照れるじゃないか」
「お兄ちゃん、最近になって気付いたんだけどね。どうやら、私は……」
「私は?」
「どうやら、那奈お姉ちゃんとは戦う運命にあったみたい」
なんか物騒な事を言い出した!?
どうしちゃったんだ、咲良?
那奈姉とは姉妹のように仲が良かったはずなのに。
「いつのまに、そこまで険悪な関係に?」
「そこまで険悪じゃないよ。ただ、戦わなきゃいけないの。ほら、親はいずれ子供が倒すべき相手のように、宿命の相手っているでしょ?倒さなきゃ前に進めない相手みたいな関係の人って」
「普通はいないよ!?それと親とは仲良くしましょう」
うちはそんなに親子仲が悪い家族ではないはずだ。
漫画の影響なのか、咲良がいつもより攻撃的だ。
「まぁ、お兄ちゃんはいつも通りでいいよ?私が適当に頑張るだけ」
「何をする気かは知らないが頑張らないでって応援してもいいか」
「ダメ。お兄ちゃんはいつもみたいに何も考えずにいてくれればいいの」
俺、咲良からみたら何も考えなくて生きてるように見えるのか。
さり気にショックだぜ……。
「お姉ちゃんの事は好きだから心配しないでね?」
「俺の事は?」
「うーん。お兄ちゃんは……微妙?」
「……マジで?」
ガーン。
俺はこんなにも兄として咲良を想っているのに。
がっくりと落ち込む俺に咲良はくすくすっと可愛く笑う。
「う・そ。そんなに落ち込まないでよ」
「冗談きついっす」
「ははっ。お兄ちゃんってホント、見ていて飽きないよね」
咲良は微笑みながら俺に言う。
「……私はそんなお兄ちゃんが結構、好きだよ?」
「お、おぅ」
やばい、超嬉しい上に照れくさいんですが。
咲良から好きとか聞くのは久しぶりだ。
「だから、かなぁ。お姉ちゃんとは戦わなきゃいけないの」
「なぜに?そこが気になる」
「お互いに譲れないものがあるんだよ」
咲良が那奈姉と戦う理由はどこにあるのか。
「妹としてのプライドってやつだねぇ」
「ふむ、まったく持って分からんが仲良くしてほしいぞ?」
「戦いって言っても、そんなに過激なものじゃないよ?話は変わるけど、お姉ちゃんってもう大学が始まったの?」
「今日は入学式。授業が始まるのは数日後って話だな。月曜日からだろう?」
今日は金曜日、土日が休みで月曜からは大学生になるわけだ。
俺も月曜は高校の入学式がある。
はれて、俺も高校生になるわけだ。
「ふーん。その前にお花見行きたいね?皆で楽しみたいなぁ」
「いいなぁ。もう見頃だし、この土日に予定しておこうか」
お花見は楽しみだ。
『……お姉ちゃんと約束だよ、道明?』
「ん……?」
お花見と言うキーワードで脳裏にふと何かが思い出された。
それは小さな俺と那奈姉が桜の花を見ていた光景。
あの時、俺たちは何か約束をしたような……?
「お兄ちゃん?」
「桜……?」
「はい?私がどうしたの?」
「いや、さくら違い。咲良じゃなくて、花の桜の方な。前に那奈姉と一緒にお花見した記憶があるなぁって。あれはいつの頃だったかな。その時に何かあった気がするのだ」
思いだすが、ぼんやりとした記憶で思いだせない。
「お兄ちゃん達もお花見くらいした事があるんじゃないの」
「そりゃ、そうだ。だけど、何か特別なものがあった気がする」
「お花見にねぇ?気のせいじゃないの」
あっさりと否定されてしまい、俺は「うーん」と悩む。
「昔の事ってあんまり覚えてないのな」
「そういうものじゃない。私もそうだもん。お兄ちゃんがため池で溺れて行方不明になってレスキューを呼ばれたとか、間違えて公園の女子トイレに入ってお姉ちゃんに怒られたとか、子供の頃の記憶って全然覚えてないよ」
「覚えてるじゃん!?しかも、俺の黒歴史ばかり」
嫌な記憶の方が良い記憶よりも頭に残りやすいよな。
忘れたいのに忘れられない記憶。
黒歴史はホントに忘れたい。
でも、良い出来事や思い出は大抵、忘れちゃう事が多いのだ。
「人の記憶って便利なようで、便利じゃないよな」
「自分の都合のいい記憶だけ覚えていて、嫌な事は忘れられたらいいのにね。小学2年生の時にお兄ちゃんからファーストキッスを奪われた記憶とか。あれは今、思い返しても私の黒歴史かも」
「……はい?」
今、とんでもない地雷発言を咲良はしなかったか?
「ははは、咲良、何を言ってるんだい?」
「お兄ちゃんこそ、都合の悪い事は忘れてた?私のファーストキッスはお兄ちゃんに無理やり奪われたんだからね?」
「……う、嘘だろ?」
俺はそんな最低兄貴の真似はした覚えがないですよ?
強引に妹の唇を奪ったなど、ありえない。
それに俺のファーストキスは1週間と少し前の那奈姉とのキスが初めてのはずだ。
『――ファーストキス。もちろん、道明もよね?そうじゃないと言うなら――する、わ』
そうじゃなければ、俺は那奈姉にとんでもない事をされてしまう。
疑惑の目を向けられた俺は焦り、額の汗をぬぐう。
「何も覚えてないの?あの日の記憶を?」
「うぐっ。覚えてません」
「ふーん。それなら、それでいいけどねぇ?」
「ホントなのか?俺のファーストキスは先日に那奈姉としたものなのだが」
キスと言う行為が記憶にあるのはあれだけのはず。
過去にしたとか、それはないだろう?
しかも、妹の咲良に手を出したなんてありえないっす。
「……お姉ちゃんとが初めてだってお兄ちゃんは思ってるんだ?」
何やらいきなり不機嫌な口調になる咲良。
えぇー、咲良を怒らせたのか、俺?
「身に覚えがないのだ。キスなんてした?」
「……したよ。私の初めて、お兄ちゃんが奪ったの」
咲良は可愛らしい唇を俺に向ける。
その薄桃色の唇を奪った経験が俺にはあるらしい。
「キスってどうするのか興味があるって言ったら、お兄ちゃんがこうやって、顔を近づけて、強引にちゅってキスしたの。あの頃、私もお兄ちゃんに懐いてたし、それはそれでいいやって思ってたけど。今、思い返したらあれって普通に犯罪だよね?」
「妹にキスをして捕まる罪はない。多分」
やばいっ……思いだしました。
言われて思い出した、気軽な気持ちでキスを見よう見まねで妹にした記憶があるのだ。
マジで、過去の俺は何をしてやがる。
バカぁ、ホントに羨ましい事をしてるんじゃねー。
「うわぁ、開き直った。ふんっ……」
拗ねる咲良はぐいっと俺との距離を詰めてきた。
まっすぐに見つめられると、我が妹ながらドキッとする。
もしや、このままキスされて、まさかの咲良ルート突入!?
「ふふっ……お兄ちゃんって昔からシスコンだったんだね」
「ぐはぁ!?ごめんなさい」
俺の耳元で囁く咲良。
甘い幻想をぶち殺し、俺にとどめを刺しに来ただけだった。
「うぅ、違うんだよ。昔の俺はただ、女の子が好きだっただけなんだ。ぐすっ」
「昔の事だから罪は忘れてあげる。でも、うっかりと過去の事を那奈お姉ちゃんに口をすべらせちゃうかもしれないけど」
この件が那奈姉にばれるのは本気でまずい。
「ま、まさか、俺を脅す気か?」
「脅す?そんなことしないよ、だって、私たちは兄妹じゃない。だから、たまに“お願い”はするかもしれないけどね。優しいお兄ちゃんが私は好きだもの。ねー、お兄ちゃん?」
咲良の笑顔が俺はちょっと怖かった。
思わぬところで弱みを咲良に握られてしまったらしい。
「お花見の時にはバームクーヘンが食べたいなぁ。あっ、これはただの独り言だよ」
「ははぁ、すぐに用意しておきます」
妹のお願いは兄として聞くべきだ。
うん、決して、弱みを握られて屈しているわけじゃないんだからね?
えぐっ、小さな頃のキスの代償を大きくなってから思わぬ形で払う羽目になるとは……。




