第18章:姉として
【SIDE:望月那奈】
最近の私の悩み、それは道明の心変わり。
昔は私に懐いてくれて、結婚の約束をしていた仲だった。
でも、今は……道明は妹の咲良ちゃんにご執心らしい。
咲良ちゃんはとても可愛い。
容姿もそうだけど、性格だってかなりいい方だ。
私にとっても可愛い妹みたいな子だ。
「……だからこそ、悩みがあるのよね」
まさか、道明がシスコンだったなんて誰か嘘だって言ってほしい。
私と離れていた数年間で、道明は妹ラブになってしまった。
「ショックだわ」
姉ラブから妹ラブへの心変わり。
咲良ちゃんは実妹、私は従姉。
そう言う意味でも危ないし、私が何とかしないといけないの。
また私一途に思ってもらえるように彼の心を振り向かせないと。
リビングでテレビを見ていると、咲良ちゃんがやってきた。
「……んー、那奈お姉ちゃん?」
「あら、咲良ちゃん。ちょうどよかったわ」
今日は道明も友人と遊びに出かけていて、この家には咲良ちゃんとふたりだけ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「どうしたの?」
「さっき、ケーキを買ってきたの。食べる?」
「うんっ、食べる!」
可愛く返事する素直でいい子、道明も好きになるわけだ。
私は冷蔵庫からケーキを取り出して、リビングのテーブルの上に置く。
「お姉ちゃん、ジュースの用意ができたよ」
「ありがとう。咲良ちゃんはどれが好き?ショートケーキ、チョコレートケーキの2種類があるの」
「私はショートケーキがいいな。ただし、上に乗ってるイチゴはお姉ちゃんにあげる」
「イチゴは嫌いなの?」
私のチョコケーキの上にイチゴを乗せる彼女。
「ううん、ケーキの中に入ってるのはOK。でも、上に乗ってるのは好きじゃない。いつもはお兄ちゃんに食べてもらってるの」
咲良ちゃんは果物が苦手というわけではないみたい。
ただの気分的な問題かしら。
私たちはケーキを食べながら取りとめのない雑談をする。
「このケーキ、美味しいね。どこのケーキなの?」
「駅の近くに新しくできたお店らしいわ。昨日、オープンしたばかりだって」
「あー、知ってる。あのケーキ屋さん、オープンしたんだ」
「咲良ちゃんはケーキが好きなんでしょう?道明から聞いたわ」
甘いものが好物だって彼からは聞いている。
「一番好きなのはバームクーヘンなの」
「そうなんだ?」
「うんっ。那奈お姉ちゃんは何が好きなの?」
「私?そうねぇ、私は……」
私はその質問を過去の道明にもされた事がある。
『那奈姉ちゃんは何が好き?』
その時を思い出しながら私は言った。
「私が好きなのはチョコレートよ。チョコケーキとかじゃなくて、本物のチョコレート。小さい時に道明が買ってくれたチョコがあってね。今でも好きなの」
「それって駅前のチョコ専門店の?」
「そう。今日も外に出てきた帰りにケーキと一緒に買ってきたわ。食べる?」
私は冷蔵庫に入れていたチョコレートを出してくる。
小さなハート型のチョコを咲良ちゃんに手渡す。
「いただきます。……んー、甘い」
「久しぶりに食べるけど、味は変わっていないわね。美味しい」
一番の好物と言ってもいい。
思い出のあるチョコレートの味に満喫する。
「でも、これってお値段高いんじゃないの?」
「まぁまぁ、かな。子供の時は高くて滅多に食べられなかったけど」
「20円チョコとは大違いだもんね」
「私の誕生日に道明がくれたのよ。あれ以来、これが私の好きなものになったわ」
口に広がるチョコの甘さ。
安物のチョコとは違う、この味わいが私は好きだった。
「あの頃は、道明も……」
迷わずに私が好きだって言ってくれてた。
『お姉ちゃん、大好き』
その言葉ひとつに嬉しくなった。
懐かしい子供の頃の記憶。
そう、あの時くらいだったわね。
道明からプロポーズされたのは……。
ちょっとした事件があって、落ち込んでいた時の後だった。
大好きだった従弟から告白されるなんて夢みたいだったもの。
子供の約束だって切り捨てて欲しくない思い出。
だから、余計に記憶が残っている。
「那奈お姉ちゃん?」
「ごめん、少しボーっとしていたわ。ねぇ、咲良ちゃん、聞いてもいい?」
「ふにゅ?なぁに?」
ケーキも食べ終わり、口元をティッシュでふく彼女。
私は彼女に本題を切りだしてみる。
「咲良ちゃん、道明のことをどう思ってる?」
「……え?あ、あの、お姉ちゃん?」
「ほら、2人とも兄妹にしては仲が良すぎるじゃない。仲がいい事はいいわよ。悪いことじゃない。けども限度はある。それが少し気になってね」
にこっと微笑むと咲良ちゃんは顔色を曇らせる。
困ったような顔をして言葉を探す。
「えっと……私とお兄ちゃんはどちらかというと仲は良いと思うけど、変な事を心配されるほどじゃないと思うの」
「でも、道明はシスコンなんでしょ?」
「し、シスコン!?」
「妹が大好きでたまらないお兄ちゃんのことらしいわ。世の中では危険な方のカテゴリに入ってるみたいね。彼から私、シスコン宣言されたのよ。よっぽど咲良ちゃんの事が大好きなんだなぁって……」
そこまで思われる咲良ちゃんが羨ましい。
妬ましいと言うほどではないけども。
ただし、数年の月日が私から道明を奪い、心変わりされた現実は受け止めたくない。
「咲良ちゃんは道明が好きなの?」
「へ?え、えっと、それは普通に。兄として、なら」
「恋愛的な意味はない?」
「あ、当たり前だよ~っ?お姉ちゃん、変な事を言わないで~っ」
顔を真っ赤にさせる咲良ちゃん。
その可愛しさに男なら思わず抱きしめたくなるかもしれない。
「私、前から思っていたのよ。咲良ちゃん……」
「は、はい?」
「咲良ちゃんもブラコン気味でしょ?」
私の言葉にドキッとする顔を見せる。
「どうしてそんな事を言うの?」
「咲良ちゃん。私は道明が好きなの。将来の結婚の約束もしてる。子供の時だけどね。でも、今も好きなのよ」
「そうなんだ。分かったけど、お姉ちゃんって一途なんだね」
「初恋だもの。大切にしたいじゃない。だからこそ、彼が気になる女の子は咲良ちゃんが兄妹だとしても気になるわけ。変な意味はないから、ただ聞いておきたくて……」
自分を安心させたいと言う意味も込めて。
咲良ちゃんにその気はないのは分かっているもの。
下手に意地悪するつもりもない。
だけど、私が思ってる以上に2人の仲、絆が強いのが気に入らなくて……それが予想外の事態を招く。
しばらく黙っていた咲良ちゃんはやがて、唇の端をあげて笑う。
「……そうだって言ったらどうするの?」
「え?」
「私がブラコンで、お兄ちゃんが大好きだって言ったらどうするの?私からお兄ちゃんを奪わないでって言ったら?」
それまでの可愛さあふれるキュートな表情から、いつもとは違う表情を見せる。
「認めた方が分かりやすい?大好きだよ、お兄ちゃんのこと。私もね、ブラコンなんだ」
「な、何を言って……」
「お兄ちゃんと同じだよ。お兄ちゃんは大切な存在。他の誰かに渡したくない」
私は驚きのあまり、手に持っていたフォークを床に落とした。
そこにいたのは私の知らない一面を見せる咲良ちゃん。
兄を溺愛する妹――。
白い羽を持つ天使が、黒い羽をもつ堕天使に変わる瞬間。
「――くすっ、お姉ちゃん。私はブラコンだよ、それが何か?」
ブラコン宣言をして、不敵な微笑みを見せる咲良ちゃん。
私は引き出してはいけない、咲良ちゃんの一面を引き出してしまったらしい。