第16章:目が覚めたら隣に
目が覚めたら同じベッドの中に女性がいた。
……っていうのは、大人向け漫画でよくありそうなシチュだ。
一夜の過ち、一夜のロマンス……修羅場は勘弁だが、男としてはいろんな意味で憧れるシチュでもある。
望月道明、15歳。
そんな大人への階段を駆け足であがってしまったらしい。
「……な、なぜにこのような状況に?」
目が覚めたら隣には那奈姉がいた。
いつもよりも心地よい目覚め、それは一転する。
「んぅ……」
俺に寄り添う形で、ぐっすりと眠る彼女は起きる気配も見せない。
先に言っておくけども、俺と那奈姉はそんな関係ではありません。
同じベッドで一夜を過ごした甘い記憶もない。
しかし、この現実にはドキドキしてしまうのも男の性。
「落ち着け、俺……冷静に考えるんだ」
こういう場合、よくあるのは那奈姉が間違えて俺の部屋に来た、とか。
まだ那奈姉もこの家には慣れていないから、そういうミスも起こるかもしれない。
どうせ、そう言うオチだろう。
「那奈姉もそんな間違いをすることがあるんだな。寝ぼけて~ってやつか。あははっ」
俺はふと辺りを見渡して言葉を失う。
ここは俺の部屋ではなかった。
どう見ても、那奈姉の部屋である。
「……そういや、俺、トイレに行った記憶があるな」
寝ぼけながら部屋を出た記憶はあるが、その帰りの記憶はない。
つまり、このシチュの犯人は……。
「お、俺かぁ!?」
那奈姉、ごめんなさい。
間違えたのは那奈姉ではなく、俺だったらしい。
なぜだ、このようなミスをこの家に住んで長い俺がするのだ。
「うぅ、悪い癖がでたな」
ごく稀に部屋で寝ていたはずなのに、リビングのソファーで寝てたりすることもある。
寝ぼけた状態の俺は自分でもよく分からない事を本当に稀にするのだ。
つい最近ではひと月ほど前に咲良の部屋の前で倒れているのを発見された。
俺の部屋までたどり着けずに眠ってしまったらしい。
『お、お兄ちゃん!?どうしたの、どこか悪いの!?』
あの時は咲良が俺が倒れているとマジで心配してくれたなぁ。
その後、ただ寝ていただけと分かったら、遠慮容赦なく文字通りに叩き起こされたが。
それはさておき、俺の理性的な問題が生じている。
俺の理性は弱すぎる事が前回の件で判明しているので信用ならない。
こうも密着した状態ですと、思春期の男の子としては……。
「くっ、耐えろ、俺」
後ろから俺に寄り添う那奈姉。
背中越しに何やら柔らかい感触が当たる。
……これは……ま、まさか、アレだったりするわけですか!?
感触というリアルが俺の妄想をかきたてる。
「ダメだ、俺、耐えるんだ。頑張れ、俺の理性。俺は自分の理性を応援してます」
どこかのCM並に応援する気持ちになる。
俺は期待とドキドキ感を抱きながら、そっと振り返る。
「ちっ……枕かよ」
テンションダウン↓。
俺と那奈姉の間には枕が邪魔をしてくれていた。
ちくしょー、これさえなければ、俺は那奈姉にダイレクトアタックをされていたのに。
ただし、理性は確実に吹っ飛んでいただろうが。
「ある意味、よかったと思うべきか、悔しがるべきか。悩むな」
俺は枕だった事にホッとながらも、冷静さを何とか取り戻す。
そのまま、間近に迫る那奈姉の顔を見つめる。
「……那奈姉って綺麗だよな」
今さらかもしれないが那奈姉は本当に美人だ。
普段は緊張もあり、正面から那奈姉の顔を直視できない。
けども、こうしてよく見ていると、昔と違うんだなってよく分かる。
遊んでいた頃とは違う、大人になった彼女。
俺はどうなんだろうか。
昔よりも変われているのか、そこは心配でもある。
「俺は那奈姉にふさわしい男になりたい」
少しでも対等って言うか、つりあえるような男になりたいのだ。
「俺も成長しなきゃ、いずれちゃんと那奈姉の横に立てるようにさ」
そんな事を考えてふと見た時計は7時半。
いつもならば、そろそろ那奈姉が起きる時間帯。
ちなみに俺は春休み中は8時過ぎに起きるのでいつもより全然早い目覚めだ。
「那奈姉が起きる前に早く脱出せねば」
だって、ここで目が覚めたら俺ってばピンチだし。
ありきたりながら、予想できる展開。
『な、何で道明がここにいるのよー!』
とか、叫ばれて、その声で咲良が部屋にやってくる。
『きゃー、お兄ちゃんとお姉ちゃん、何やってるの!?』
『ち、違うんだ、これは誤解なんだ!?』
『ふんっ。お兄ちゃんのエッチ!』
『ひどいわ、道明。夜這いなんて……私の気持ちを踏みにじるなんて、ひどい』
怒ったふたりからの攻撃を受けるのも間違いない。
『待ってくれ、咲良、那奈姉。ご、誤解だって……うぎゃー!?』
俺がボコボコにされてしまうのが容易に想像できるのが悲しい。
そんな風な展開で2人の好感度だけが激下がりするわけだ。
ふっ、俺にも学習能力ってのがあるんですよ。
「今回の展開は読めたぜ」
神の悪戯か知らないが。俺のピンチを楽しむ展開には今回はさせない。
俺も毎回、ピンチになったりしない。
「この状況は惜しいが早く脱出しよう」
布団をどかし、ベッドから立ち上がろうとする。
「……んー、だれ……?」
ドキッ、やばい、那奈姉が起きそうだ!?
急げ、急いで脱出をしなくては、神の悪戯が発動する。
まだ目を開いてない那奈姉にばれないように、もぞもぞと俺はベッドから降りる。
「ふぅ、脱出成功」
無事にベッドから離れると、俺は何やら下半身がスースーすることに気付く。
「はて、何だ……?何か違和感が……なっ!?」
俺は自分の下半身を見て愕然とした。
俺のパジャマの下がない、つまり下半身はパンツ状態だ。
女の子ならサービスシーンだが、男の場合は普通に醜いうえに公然わいせつで捕まる。
なお、寝る時は全裸でもパンツ一枚で寝る趣味はない。
「ノー!?どこにある、俺のズボン!?」
このままでは別の意味でのピンチが訪れてしまう。
俺は必死に探すと、それはとんでもない所にあった。
寝ている那奈姉の右手が俺のズボンを見事に掴んでいたのだ。
どうやら、ベッドから脱出の際に脱げてしまったようである。
「不覚!くっ、このままではさらにやばい展開になるじゃないか」
神よ、俺が嫌いならばそれでもいい。
どうせ、助けてもくれずピンチという試練しか与えない神は俺も苦手だ。
だからと言って、こんな事をしなくてもいいじゃないか。
「落ち着け、俺。こんなところでテンパっても仕方ないぞ」
俺はひとつ深呼吸をして考える。
このままパジャマを諦める。
それも選択肢だが、これでは那奈姉に俺がここに来た事がバレてしまう。
「さすがにそれは避けたいよな」
立つ鳥跡を濁さず、証拠隠滅は確実に。
俺はパジャマを取り返すべく、再び、那奈姉に近づく。
既に那奈姉も起きる時間帯。
ひとつのミスで彼女が起きる事態になる。
「頼む。那奈姉、起きないでくれ」
俺はそっと彼女の手からズボンを外そうとする。
妙に力が入ってるのか、簡単には指が離れてくれない。
「くっ、寝てる人の手から取り返すのは大変だ」
掴んでいる細い指を乱暴に扱うことなく、慎重かつ、丁寧にズボンから離す。
この状況で見つかると、俺は本気で泣きたくなるわ。
「取り返す、何が何でも……俺のズボンを取り返すんだ!」
変な意気込みと共に、俺は5分にもわたる激戦の末にズボンを取り返せた。
取り返した後はすっかりと気力が低下していた。
「み、ミッション、コンプリート……精神的に疲れました」
ぐふっ、爆弾処理をするような慎重さを要したぜ。
朝からがっくりと疲れた俺はパジャマのズボンをはいた。
あらゆる意味で神の悪戯に悩まされたが、今回は無事に終われそうだ。
「那奈姉?」
小さな声で声をかけるが、返事はなし。
「よしっ、完璧。ふははっ、神様も毎度、俺にピンチを与えられると思うなよ」
後はここを出ていけばそれで問題ない。
「那奈姉に変な誤解はされたくないからな」
恋人(婚約者?)でもない俺達が同じ部屋で一夜を過ごしたなんてバレるのはよくない。
俺はドアを開けて、部屋から出て行こうとしたその時だった。
「……え?」
「ふにゅ?あれ?お兄ちゃん……おはよう」
俺は血の気がサッとひいていく気がした。
何たる偶然、扉をあけた廊下の先に眠い目をこすりながら歩く咲良がいたのだ。
「……って、どうしてお姉ちゃんの部屋から出てくるの?」
最後の最後に油断した。
どうやら神様は俺に試練を与えるのが本当に好きらしい。