第15章:逆転の発想
いつものことだが、神は俺を見捨てた。
俺のために奇跡を起こす、ミラクル咲良もソファーで熟睡中。
誰も頼れない、俺を助けてくれる人はいない。
神にも咲良にも見捨てられた俺に待つのは那奈姉のおしおき。
それは想像するのも怖いものになるだろう。
だとしたら、この現状を打破するのは自分の力でしかないのだ。
普段なら考えつきもしない。
こんなにも追い詰められていなければ、実行しようとも思わない奇策。
その発想はなかった、と自分でも閃いた事が恐ろしい。
そして、実行するのにも勇気がいるが、俺にはそれ以外の選択肢がない。
咲良に悪戯をしたのを見つかり、那奈姉を不機嫌にさせた。
もはや、ダメかと思った万事休すの状況。
俺に閃いたのは、まさに逆転の発想。
「そうだよ。那奈姉、俺は咲良の事が好きだ。大事な女の子だと思っている。はっきりと認めるよ。俺は“シスコン”だって」
自らをシスコンと認める。
逆境を乗り切るために、俺の最後の抵抗。
開き直りにも見える、シスコン宣言。
当然のことながら、那奈姉は唖然としてしまった。
「え、え?道明?シスコン?」
「何を驚いているんだよ、那奈姉」
「す、好きってどういうこと?道明が好き……咲良ちゃんを?」
那奈姉は混乱している、わけもわからず自分の頬を引っ張った。
「……痛いわ」
そりゃ、痛いだろう。
混乱する彼女は俺にもう一度問う。
「道明。貴方は自分が何を言ってるのか、分かっているの?開き直りすぎでしょ!?」
「……開き直るも何も、俺は事実を認めただけだよ。俺は咲良が可愛いと思っている。だから、悪戯もしたくなった。それだけなんだよ」
「だ、だって、2人は兄妹なのよ!?血の繋がってる兄と妹、それなのに」
「那奈姉こそ勘違いしてない?俺と咲良は別に恋愛関係にあるわけじゃない。俺の可愛い実の妹を可愛がる、それだけじゃないか。兄妹同士、仲がいいのは悪い事じゃない。そうは思わない?」
理、という言葉がある。
物事の道筋、道理という意味らしい。
つまり、自分の立てた理が正しいと思われれば相手も納得せざるを得ない。
理路整然、俺は今、勝負に出ていた。
「自分の妹を可愛がるだけで罪になると那奈姉は言うのか?」
「可愛がる限度ってものがあるじゃない」
「普通に頬を撫でただけで?それは少しオーバーじゃないかなぁ。それにね、那奈姉。俺は本当に咲良を大事に思ってる。それを那奈姉に注意されるのは、ちょっと違う気がするんだ」
ここで、俺が恥を忍んで宣言した「シスコン宣言」が効果を発揮する。
「俺はシスコン気味だって自分でも認めてるじゃないか。それとも、アレですか。那奈姉は妹は大事にしちゃいけないというのか?普通の兄妹みたいに『うわぁ、兄貴。超うざいんですけどぉ』『うるせー、お前の方がウザい』とか仲の悪い兄妹を俺と咲良になれと?なんてひどい……俺にはそんな事などできない」
「そ、そこまで言ってないし。それに、私が言いたいのは……」
「俺にとってはこれが普通なんだだ。那奈姉には違うと思われるかもしれないけどね」
どうでもいいが、自分がシスコンだと開き直ると複雑な気持ちになる。
俺は違うと言い訳したいができないのが辛い。
「咲良ちゃんに対して、前々から大事に可愛がってるのは分かっていたけど……そんなに咲良ちゃんがいいの!?咲良ちゃんのどこが好きなのよ」
「どこ?俺にそれを聞いちゃう?語ってもいいのか、那奈姉?」
彼女は動揺を見せながらも「いいわよ」と頷いた。
「咲良はとにかく可愛い。寝顔なんてマジで可愛い。生まれての猫の寝顔のような可愛さ、ベリーキュートっ!小顔だし、美少女だし、まつ毛が長いから寝顔が天使みたいだ。そして、寝ている時も『お兄ちゃんっ(はぁと)』って呼んでくれる。寝言がお兄ちゃんなんてどこのファンタジーだよって疑いたくなるくらい。それだけ思われているんだって嬉しかったなぁ。俺だけじゃなくて、咲良も俺の事を……」
「お願いだから、もう黙って」
シュンッとうなだれて、ショックを受ける那奈姉。
「う、嘘よ、私の道明が……シスコン……妹好き……ロリコン……?」
最後のは絶対に違う!?
俺はロリじゃない、ていうか、15歳の俺がロリってどんな危ない奴だよ。
那奈姉はふらふらとふらつきながら俺から離れる。
「うぅ、悲しすぎる。なんで、道明がこんなにもシスコンになっちゃってるんだろう。私が離れた6年で、もう手遅れ。処置なしのシスコンっぷりじゃない。私との約束を忘れていたのもこのせいなのね。妹なしでは生きていけない、そんな妹属性持ちになっちゃってたなんて、ショックすぎるわ」
「……えらい言われようですね」
自分で立てた作戦とはいえ、那奈姉にシスコン扱いされるのは嫌だ。
「ぐすっ……」
そして、涙ぐむ彼女。
やばい、また泣かせそうになる。
那奈姉って怖い時は怖いけど、基本的に打たれ弱すぎなんだよなぁ。
「……もういい、最低。道明のバカぁ」
拗ねた彼女がリビングから出ていこうとする。
だが、俺はその細い腕をつかんで止める。
「待ってよ、那奈姉」
「離してよ、シスコン!私に触らないで、シスコンのくせにっ!」
――グサッ、グサッ!
今の一言は俺のダメージもかなりきつい。
「何よ、私の事なんてどうでもいいでしょ。どうせ、私は18歳だもの。道明からしてみれば3歳も年上のお姉さんだし。年下の咲良ちゃんがいいんでしょ!道明はシスコンでロリコンだものね?」
さり気に俺のロリコン扱いはマジでやめてほしい。
「違うよ。よく聞いてくれよ。俺が大事にしているのは咲良だけじゃない。従姉で、お姉ちゃんで、ずっと憧れてた那奈姉も俺にとって大事な人だ。那奈姉も俺にとっては誰よりも大切にしたい人なんだ」
「嘘よ、そんなの信じない」
「嘘じゃないよ、本当に大事なんだ。那奈姉も俺にとっては家族同然なんだからさ」
「……私も?」
逃げるのをやめた彼女が俺を不思議そうに見つめた。
ここが勝負、俺は一気にたたみかける。
「そうだよ。何を当たり前の事を言ってるんだよ。俺にとって、那奈姉が大事な相手じゃないわけがないでしょ。咲良と同じくらいに俺は那奈姉を大切に思っている」
「道明はシスコンなのに……?」
俺=シスコンの構図を自分で言った俺も悪いが定着させないでほしい。
「意味を分かって言ってるのなら、それが適応されているのは咲良だけじゃない」
「私も含めてのシスコン?」
シスコン連呼されると本当に俺は辛い、泣きたい。
だが、我慢だ……例え、どんなに恥ずかしくても、那奈姉に嫌われるよりはマシ。
自分のプライドが傷つくだけなら、俺はどんな手でも使う。
「それじゃ、咲良ちゃんと私、どっちが一番大切?」
うわぁ、言いにくい質問が来た。
「……どちらも大事です」
「私が聞いているのは“どちらが”大切ってことなんだけど?」
「そ、それはもちろん那奈姉です」
那奈姉のプレッシャーに負けて俺はそう呟いた。
ごめんよ、咲良……はっきり言わないと俺の未来が、俺の恋が……。
彼女は静かにうつむいてた顔を上げる。
「嬉しいわ。貴方がそれほど私を想ってくれていたなんて。私、貴方の気持ちを疑ってしまったの。咲良ちゃんの方がいいんじゃないかって……でも、違うのね。道明がそんなにも私を大事に思ってくれているって言うなら、今回は許してあげる。私にとっても道明は大事な人だから」
どうやら賭けには勝ったらしい。
「だけど、私より咲良ちゃんを可愛がるのはダメよ。いくらシスコンだからって言っても、兄妹なんだから。……私相手にしておきなさい。いい?妹萌えはダメなんだからね?」
ちょっと照れた顔をして彼女はリビングを出て行った。
何か俺の大事な物を犠牲にして、危機は乗り越えられた。
シスコン扱いをこれからもされると思うと悲しくなるが。
「……お兄ちゃんって那奈お姉ちゃん相手に毎回、頑張るね」
「咲良、起きてたのか?」
ぴょこっとソファーから起き上がるのは寝ていたはずの咲良だった。
「目の前でホラー映画みたいな怖い修羅場をされたら誰でも起きるよ」
「……あ、あのですね、咲良?これは誤解というか」
つまり、俺のシスコン宣言も聞いてたわけで。
那奈姉に続いて、咲良本人にも誤解されるのだけは嫌だ。
「分かってるよ。お兄ちゃんのシスコン宣言なんて本気に思ってないし」
「さすが咲良。理解があって助かるよ」
「お兄ちゃんに『咲良が好き』だって言われた時は、私はどうなるんだろうと本気で自分の身を心配したけど」
……それは普通にごめんなさい。
「ふわぁ、もう眠いから部屋で寝てくるね」
咲良は再び眠そうな目をしていた。
「おぅ、おやすみ。変なこと言って悪かったな」
「うん。……でも、お兄ちゃんに大事に思われるのは嫌いじゃないよ」
「え?」
「……何でもないっ。おやすみ」
ほんの少し頬を赤らめた咲良が部屋へと戻っていく。
ひとり残された俺は小さなため息をつく。
「咲良って、本当に可愛いよな」
自分に本当にシスコン要素があるのではないかと思ってしまう。
……い、いや、待て、俺。
変な世界に流されちゃいけない、絶対にだ。