第12章:ごめんなさい
【SIDE:望月道明】
那奈姉とのデート。
俺は今、ちょいとしたピンチに陥っていた。
駅前のベンチに座りながら俺は冷や汗をかいていた。
「むぅ……」
頬を膨らませて、ご機嫌斜めの那奈姉。
遡ること数十分前、俺たちが見ていてた映画が問題だった。
面白いという前評判で見たのはいいのだが、それがまた途中から予想外の方向へ話が盛り上がっていたのが悪かった。
まさか、学園モノと思いきや、後半がホラーモノに変わるとは全くの予想外。
那奈姉は終始、俺の隣の席で震えまくっていたわけだ。
そして、映画がほぼバッドエンド気味に終わり、那奈姉は大不満なわけである。
確かにホラー要素が大丈夫な人間には面白い話だったのだが。
彼女のようにそれが苦手な子には相当キツイ時間だったかもしれない。
「道明はあんな映画だって知っていたの?わざと私に見せたのね?」
「い、いや、待ってくれよ。俺も前評判くらいしか知らなくて」
「ホラーが嫌いだって最初に言ったのに。ふんっ。道明は意地悪だわ」
完全に拗ねてしまった。
那奈姉は年上なのだが、こうなると年下みたいな可愛さがある。
……なんて、彼女の可愛さを眺めている場合ではない。
デートを楽しませないといけないのに。
彼女に俺はデートが下手だと思われたくない。
「そ、そうだ。お腹がすかないか、那奈姉?」
気がつけばお昼時、ここは俺が昼飯をおごるという流れで機嫌を直してもらおう。
「……」
彼女は無言でうなずく。
さぁて、昼飯は何にすればいいのだろうか。
辺りを見渡すと目に入ったのは移動販売のサンドイッチ。
俺はそこで適当にサンドイッチと飲みものを購入して、那奈姉に差し出す。
「どうぞ、那奈姉」
「……いただきます」
エビとアボガドのワサビ風味サンドイッチ。
うむ……この風味と触感は中々の味だ、かなり美味しい。
「意外な組み合わせだけど美味しいわ。わさびって合うのね」
那奈姉も気にいってくれたらしい。
ふぅ、とりあえず、なんとか機嫌は直ってくれただろうか。
俺はジュースを飲みながら那奈姉に尋ねる。
「なぁ、那奈姉……?」
「……何かしら?」
反応が鈍い、まだご機嫌は完全回復していない様子。
「え、えっと、これからどうする?」
「今日は道明に任せてるから。好きにしていいわよ」
ただし、変な所でなければ……と目が訴えかけてきている。
くっ、俺にはもう一つのミスも許されないのか。
「考えさせてもらいます」
「そうして頂戴。まぁ、しばらくはここにいてもいいけどね」
食後ののんびりとした時間。
俺たちは微妙な雰囲気のまま、考え事をしていた。
那奈姉は噴水で遊んでいる子供達を眺めている。
小さな男の子と女の子、昔の俺と那奈姉みたいに仲良く遊んでいる姿に過去を思い出す。
「懐かしいよね、那奈姉?」
「そうねぇ。私達もあんな風に遊んでいた時期があったもの」
「いつも那奈姉の後ろをついて行っていた記憶があるよ」
俺よりも3つ年上の彼女はよく俺と咲良の面倒を見てくれていた。
たくさん遊んでくれた思い出がある。
あの頃の俺たちは那奈姉を信頼して、本当の姉のように慕っていたものだ。
「そういや、那奈姉ってあれくらいの年の兄妹がいたよな?」
「えぇ、いるわよ。4歳になる妹と6歳になる弟がいるわ」
「俺はふたりには会ったことがないんだけどなぁ」
「ふたりとも、まだ幼い可愛い盛りの子達よ。道明と咲良ちゃんと遊んでいたおかげで、弟と妹とも仲良くやれているわ」
機会があれば会ってみたいものだ。
とはいえ、九州は遠いからなぁ……。
俺たちは過去を思い出しながら、会話を続けていた。
やがて、俺はあることを思い出す。
そうだ、告白の話……今、ここでしよう。
俺が那奈姉が好きだってことをまずは分かってもらいたい。
恋人から始めようって、提案をしなければいけないのだ。
いきなり婚約者は俺もびっくりしたからな。
那奈姉に告白する、今日こそ想いを伝えるんだ。
俺は深呼吸をひとつして、彼女の方を見る。
彼女も俺の方を見て、互いに見つめ合いながら、どちらも言葉を待つ。
那奈姉も雰囲気的に言葉を待っている、はず。
好きだと言うならば、今しかタイミングはない。
「――俺は那奈姉のことが好きなんだ!」
「――道明、ごめんなさいっ」
ぐはぁ!?
わずか0.5秒で俺の告白は粉砕された……嘘だろう?
まさかの展開、NOという返事、さらに謝られたという現実が俺は信じられなかった。
あ、あれ、おかしいなぁ?
俺は震えながら、現実を理解できないでいる。
那奈姉は俺のことが好きじゃなかったのか?
子供の頃の約束を覚えてないから?
それとも、俺のことなんて最初から好きでもなかったのか。
互いに好意があると思ったのは勘違い?
やっぱり、子供の約束を周囲が勝手に認めちゃったって展開で俺のことなんて……従弟以上には思えずにいたのか。
「あら?……道明?どうしたの?おーい?」
マジでショックで立ち直れないかも。
那奈姉に振られた衝撃は俺を完全ノックアウトする。
俺、失恋したのか……失恋ってこんな痛みがあるものなのか。
我が愛しの妹、咲良の言葉を思い出す。
『初恋は二度目があるから初恋って言うんだよ』
ぐるぐると俺の中をかけめぐる、失恋のショック……告白のタイミングをミスったとか、そんな後悔だけ脳裏をよぎる。
「はははっ。そうか、そうなのか、俺の勘違いか。そうだよなぁ、那奈姉が俺を好きなんて夢だったのか……」
「道明?今、何か言った?ごめんなさい、聞いてなかったわ。だって、同じタイミングで言うんだもの」
「へ?どういうこと?」
「だから、さっきから拗ねて、道明を困らせてごめんなさい。そう言ったのよ」
……ごめんなさいの意味が違う?
俺の告白を断る意味ではなく、先ほどの不機嫌の謝罪。
言うタイミングが完全にかぶっただけ……つまり、告白は聞かれてなかっただけで、断られてはいない?
「え、あ、いや、え?」
「どうしたの、道明?顔色が悪いわよ?」
「あ、うん。何でもないです、何でもない……は、はぁ」
俺は心の底からホッとしたため息をつく。
危うく那奈姉に振られたのかと本気で心配した。
フラれたという最悪の事態はどうやら、俺の勘違いで違うようだ。
那奈姉は不思議そうに俺の顔を見つめている。
「大丈夫?もしかして、大事なことを言おうとしたの?」
「うん。大丈夫だよ。ちょっと勘違いしただけ。那奈姉、こっちこそごめんね。俺のリサーチ不足で嫌いな映画を見せてしまって。次からは気をつけるから」
「……そうね。せっかくのデートなんだもの、嫌な雰囲気では楽しめないわ」
笑顔を取り戻してくれた那奈姉。
だが、俺は今の流れで分かった事がひとつある。
そうなのだ、俺の告白が断られる可能性もあるんじゃないかって。
下手に告白しても、那奈姉の気持ちが本当にあるのかは分からない。
……様子見だ、ここはしばらく様子見をするしかない。
ヘタレと言われようが、臆病と言われようが、那奈姉に振られるのは嫌だ。
今すぐに告白して上手くいく成功率はどの程度か分からない。
仕方なく、告白を先伸ばしにする選択肢を俺は選んだ。
「これから、ショッピングモールの方に行かない?那奈姉はまだあっちには行った事がないって言ってたじゃないか。俺が案内するよ」
「ランジェリーショップとか詳しいの?」
「……それは、ご自分でお探しください」
さすがに女物の服や下着を扱ってるお店は知らない。
逆に詳しかったら俺はちょっと危ない人だと思われる。
でも、大体の場所は分かっているので案内くらいはできるけどね。
「ほら、行こうよ。那奈姉」
「うん。行きましょう。今日は道明についていくわ」
彼女は俺の腕に抱きついてくる。
何だか恋人みたいな甘い雰囲気にドキッとしてしまう。
悪くないです、かなりいいですよ、このシチュエーション。
俺は内心、喜びながら、ショッピングモールに向けて歩き出す。
……これだけいい雰囲気でも、仲のいい従姉の関係のままなのかな。
俺をどう思ってくれているのかを知りたい。
そう思いながら、俺たちはその日のデートを思う存分に楽しむのだった。
ただし、告白からはほんの少し遠ざかってしまった気がする。
俺は知りたい、那奈姉の本当の心を――。