第10章:私の婚約者
【SIDE:望月那奈】
私の可愛い弟、それが道明だった。
『那奈姉ちゃんっ』
私達は従姉弟で、幼馴染で、家族だった。
いつだって傍にいて、私に甘えてくれる可愛い弟。
幼心に道明に恋をしている自分に気づいていた。
だけど、私はお姉ちゃんだからだと想いを我慢していたり、大人ぶって見せたりしていた。
でもね、本当に本当に大好きだったの。
ある日、私は九州へ引っ越すことになってしまった。
親の仕事の都合とは言え、姉弟のように仲がよかった道明と離れるのは悲しかった。
『大人になったら俺、那奈姉ちゃんと結婚したい』
そんなときに私は彼からのプロポーズを受けた。
『私を道明君のお嫁さんにしてくれるの?』
『うん。那奈姉ちゃんがお嫁さんだったらいいなぁ』
『分かったわ。道明、約束よ。私のこと、ちゃんとお嫁さんにしてね』
誰もが子供の頃にした事のある約束。
そう言ってしまえばそれまでかもしれない。
でも、私はそれがすごく嬉しかったの。
あれからずっと、私は道明を忘れることはなかったの。
中学、高校と彼氏も作らず、彼だけを想い続けてきた。
けれど、そこで現実と幻想の壁が私の邪魔をする。
“果たして、道明も私と同じ気持ちのままでいてくれるのか”。
大学生として道明の家で再びお世話になることになった。
その時、私は両親を説得して、道明と婚約することを話したの。
話をしてみると案外、両親も乗り気で、すぐに叔母さん達も連絡してくれた。
従姉弟同士の結婚に理解のある家族で本当によかった。
そこまではよかったのだけど、問題は別にある。
いざ、立場作りが固まったところで、私は気付く。
『道明は私との婚約をどう思ってるの?』
何年も前の約束を彼は覚えているだろうか。
それを本気にしてしまってもいいの?
急に不安が込み上げてきて、そして、案の定、その不安は的中した。
久々に道明に会って、彼は私との約束を覚えていなかった。
婚約者の話も寝耳に水状態、完全に忘れられていた。
私一人が約束に心を躍らせていただけ……。
私が勝手に約束を守っていただけだった。
でも、道明も私のことには好意は感じられた。
好きって気持ちがあるのなら、婚約者にもすぐになれるよね?
だって、小さな頃に約束したんだもん。
今もその気持ちはきっと変わらない。
私は再び自信を持ち始めていた。
「はぁ、また婚約者の話題を避けちゃった」
彼からその話をされるたびに逃げてしまう自分がいる。
断られるのが怖いの。
だって、こっちはもう何年も前から覚悟完了だったのに。
それを道明が全く本気にしてなかったのは普通にショック、完全に不安になってる自分がいる。
『俺にはその気ないからさ』
そんなセリフを言われるんじゃないかって、つい怯えてしまって彼とその話題を話せないの。
まぁ、これを機会に関係を深めるのもいいかもって思う。
関係が離れていた分だけ、距離を縮め直したいもの。
とはいえ、つい先ほどはハプニングがあったばかり。
咲良ちゃんの部屋で、道明のエッチな本を見つけたと誤解して、彼を困らせてしまった。
絶対にアレ系だと思ったのに中身は猫のぬいぐるみというオチ。
彼がどこかに隠しているのは間違いないわ。
でも、今回は私の誤解で、事実違った箱を見つけてしまっただけ。
その謝罪のために、もう本などを探さないって約束したから、これ以上の追求ができないのが辛い。
いつか見つけてお姉ちゃん的教育をしてあげたいのに。
「あれ、那奈お姉ちゃん?こんな所で何をしているの?」
「咲良ちゃん。部屋の蛍光灯を探してるの。叔母さんはここにあるって聞いたんだけど」
私は空き部屋で、新しい蛍光灯を探していた。
咲良ちゃんは私には妹同然の可愛いらしい女の子だ。
私には実妹もいるけども、咲良ちゃんも変わらずに大事な存在だ。
「蛍光灯はね、この辺だったかなぁ」
私の代わりに探してくれる咲良ちゃん。
私は気になっていた事を尋ねることにする。
「えっとね、咲良ちゃん。聞いてもいい?」
「なぁに?私が知ってること?」
「道明って……今までに恋人とかいた?」
「お兄ちゃん?全然いないよ、中学卒業までにひとりもいないはず」
どうやら、中学の時は友人グループ以外の女子とは接点はなかったみたい。
「高校も学科は理系で女子少なめだって嘆いてたし」
「そうなの?よかったぁ……」
「私も質問なんだけど、いい?」
逆に咲良ちゃんが私に質問をぶつけてくる。
「あのお兄ちゃんのどこが好きなの?婚約者なんでしょう?」
「そうねぇ。道明は可愛いじゃない。昔と違って、容姿は男の子っぽくなったけど。性格とか、昔みたいに優しくてちょっと悪戯っぽくて……昔はね、ああ見えて、お姉ちゃん~って甘えてくれる子だったんだ。今は甘えてくれないのが寂しいわ」
咲良ちゃんはその話を聞いていて小さく笑う。
「そっか。お兄ちゃん、那奈お姉ちゃんのこと、好きだよ。昔から好きで、結婚するのはお姉ちゃんだっていつも言ってた」
「そうなの?嬉しいわ、そんな事を言ってくれていたなんて」
「でも、いつからだったかなぁ。お姉ちゃんがいなくって、しばらくしてから、そんな事を言わなくなったのは……他に好きな人とかできたのかも?中学生に入ったくらいの頃かな?」
「へ、へぇ……そうなんだ?」
そりゃ、お年頃の子なら誰かを好きになるかもしれない。
傍にいない相手よりも、近くの可愛い子が気になるのも不思議じゃない。
でも、不愉快だわ。
私の道明が私以外に興味を持つなんて。
「あっ、蛍光灯発見!これでいいの、お姉ちゃん?」
「ん。あ、うん。いいわ。ありがとう、咲良ちゃん」
「えへへっ。どういたしてまして」
彼女のおかげで早く蛍光灯が見つかった。
「はしごはすぐそこにあるから。お兄ちゃんを呼ぼうか?」
「ううん、これくらいなら自分で出来る。ありがとう」
「それじゃ、私は行くね。じゃ、おやすみなさい」
「えぇ、おやすみなさい」
咲良ちゃんが去っていくのを眺めながら私は深いため息をついた。
「それか、それが原因かぁ」
私への想い、いつしか忘れてしまったのは他の誰かに興味を持ったから。
それが彼の中で私への約束も忘れてしまった事に繋がる。
「……誰を好きになったんだろう?」
つい道明のことになると、いろいろと気になってしまう。
「はぁ……こんなことなら夏休みとか、定期的に会いにくるべきだったわ」
さすがに九州と東京だと往復するのも時間がかかる。
中々会える日がなかったことが、この関係の原因なのかも。
「……なんて、後悔してもしょうがない。私は今、道明に近い所にいるんだから」
これから頑張ればいいのよ。
私達には時間があるんだもの。
子供の約束を大人の約束に変えてしまえばいいの。
「これから好きになってもらっても、手遅れじゃないものね」
そう思い直して私は蛍光灯を片手に部屋を出ようとした。
その時、足にひとつの箱が引っかかる。
「きゃっ」
危うく蛍光灯を落としそうになり、びっくりする。
箱はつい最近置かれたのか、まとめられた場所から離れていた。
「……何だろう、これ?」
私が適当に箱を開くと、その中に入っていたのは――。
「え?え?こ、これって……!?」
箱の中にはぎっしりとエッチな本の類が入っている。
……お姉ちゃんは見つけてしまいました。
道明にもう探さないって約束していたのに。
ほんの数十分前に、約束して事を破ってしまった。
「道明の秘密がここに……?」
でも、気になるよ。
「ど、どうしよう……?」
ここは道明を呼んで追求すべき、それとも、誤魔化してみなかったことにする?
約束さえしなければ、彼を責められたのに~っ。
「……えっと、一応、言っておくけど、それは俺のじゃないからな?」
「ひっ!?」
真後ろから声がしたので、私は驚いて蛍光灯を今度こそ落とす。
慌てて、手が伸びてきて、地面に落ちる前にそれをキャッチする。
「那奈姉、危ないよ?」
「み、道明?いつのまに私の後ろにいたの?」
気がつくと、私の背後には道明がいたの。
「いや、風呂上がりに廊下で咲良にあったら、那奈姉が困ってるみたいだって聞いて。ここに来たら那奈姉が青ざめた顔で箱を覗いてるわけで」
私は箱と道明を見比べて、小さな声で言う。
「お姉ちゃんはエッチなのはいけないと思うんだ」
「だ・か・ら、それは俺のじゃない。俺とは趣味も違うし。それは多分、父さんのだ。ちっ、父さんも隠し場所に苦労してたのか。母さんに見つかれば戦争だと言うのに、こんな場所じゃダメに決まってるじゃないか。くっ、これじゃ、父さんには頼めない」
道明は何やらぶつぶつと呟いている。
ハッとすると、彼は私の方を見て話を始める。
「それより、那奈姉、もう探さないって約束したよね?」
どこかいつもよりも怖い顔をする道明がそこにいたの――。