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第9章:天使の羽根

  その夜、神は俺を見捨てた――。

 

「まぁ、あれだけしか本がないはずがないと思っていたし、疑っていたけども。道明、覚悟はできてる?」

 

「申し開きもございません」

 

 俺は那奈姉の命令により、ピンっと背筋を伸ばし正座をしていた。

 俺の隣では楽しそうに状況を眺めてる咲良。

 目の前には静けさの中に殺気を込めてる那奈姉。

 最終防衛決戦にて敗北したせいだ。

 彼女にされたキスという奥の手で、あっけなく敗北した俺は大人しく処罰を待つしかない。

 

「私は言ったはず、2度目はないって。それにチャンスもあげた。抵抗するなんてお姉ちゃん、何だかとても腹立たしいわ」

 

 男の子には戦わなくちゃいけないときがあるんだよ。

 

「さぁて、それじゃ、確認しましょうか。咲良は目を瞑ってなさい」

 

 いろんな意味でお子様は見てはいけません。

 俺はこれからどうなるんだろう……明日は無事に迎えられるのか?

 容赦なく、那奈姉は段ボール箱についに手をかけて、箱をゆっくりと開いた。

 禁じられたパンドラの箱、開かずの扉が封印を解かれる時が来た。

 

「――や、やめれ~っ!?」

 

 結局、覚悟を決め切れず、俺は情けなく叫ぶ事しかできない。

 奇跡は安売りをしていない。

 神様なんてこの世界にはいない。

 そう、願う時しか信じない、都合のいい神などいてくれない。

 

「くすっ。大丈夫だよ、お兄ちゃん♪」

 

 だが、俺にだけ聞こえるような小さな声で呟く妹。

 

「咲良?」

 

 そう、俺には可愛い妹、“咲良”がいてくれたのだ。

 最後に奇跡ミラクルを起こしてくれた、妹が……――!!

 

「……え?え?ど、どういうことなの、これ!?」

 

 今度は箱を開けて中身を見た那奈姉の驚く声が響く。

 

「なんだ?那奈姉、そんなにマニアックで、変態趣味はないぞ。誤解だ、俺はノーマル趣味だ!?」

 

 諦めかけて、憔悴していた俺は箱を覗き込むと、その中に入っていたのは……。

 

「な、なぜにこれが……?」

 

 にゃーん。

 箱にぎっしりと詰められていたのは丸い猫のぬいぐるみだった。

 通称「まるにゃん」、正式名称「まるっとした、にゃんこ」シリーズ。

 UFOキャッチャーのぬいぐるみシリーズで咲良が好きで、新作が出るたびに俺が取ってきてあげている、咲良のコレクションだった。

 

「ど、どうして?本は?DVDは?……どういうことなの?なんで、猫のぬいぐるみなのよ!?」

 

 思わぬモノに那奈姉が困惑の表情を浮かべる。

 本来ならば俺のコレクションが入ってると思い込んでいたのだろう。

 

「にゃん♪まるにゃん、可愛いよねぇ。私も大好きっ」

 

 咲良が箱の中からぬいぐるみを取り出す。

 

「ほら、お姉ちゃんも可愛いと思わない?」

 

「え?あ、えっと……そうね、とても可愛らしいわ。肉球までついてるの?ぷにっとしているわ」

 

 まるにゃんを抱きしめる咲良。

 その時、気づいた……咲良が中身をすり変えてくれていたことに。

 俺の危機を救ってくれたの神でもなく、愛するべき妹だったのだ。

 

「それよりも、咲良ちゃん?これは道明のコレクションだって言わなかった?」

 

 いかにも信じられないと言った那奈姉の問いに咲良は笑って答える。

 

「それね、ずっとお兄ちゃんが集めてたの。こう見えて、可愛いもの好きなんだよ。似合わないよねー、あははっ。でも、中学卒業でいい機会だからその趣味をやめるんだって。だから、代わりに私がそれを大量にもらったんだ」

 

 咲良が勝手に話を作ってくれる。

 なお、俺に可愛い物が好きな趣味はないと、誤解がないように先に言っておく。

 

「……これが、道明が必死に隠そうとしていた……コレクション?」

 

 那奈姉の疑いと戸惑いの眼差し。

 ええいっ、可愛い趣味を持ってるという属性を背負う屈辱に耐え、ここは咲良の話に乗りかかるしかない。

 

「そうだよ、それが俺の隠していたかった趣味だ。いいじゃないか。男だって可愛いもの好きだって。それに今はもうやめてるんだし。那奈姉だって、どうしても好きなものくらいあるだろう?」

 

「それはあるけども、本当に?……う、嘘?それじゃ、私のしてたことって……」

 

 彼女は床にへたり込んでしまう。

 

「な、那奈姉?」

 

 うつむき加減でぐったりとする彼女。

 気が抜けている状態の那奈姉は俺に顔を向けた。

 

「ご、ごめんなさいっ。道明、本当にごめんねっ。私、怪しい本かDVDが入ってるんだとばかり思ってたの。中身が猫ちゃんのぬいぐるみだったなんて……そんなの、ありえるはずがないって……」

 

 いや、大正解だったはずなんですけどね。

 

「……最低だよね、お姉ちゃん。道明の事を信じるって約束してたのに。こんなの、裏切りだよ。ぐすんっ」

 

 うっすらと涙を浮かべて俺に言う。

 や、やべぇ……罪悪感MAXですよ。

 咲良の機転で助けられたのはいいが、今度は那奈姉が泣きそうだ。

 

「うわぁ、お兄ちゃん。お姉ちゃんを泣かすのはどうかと?」

 

「俺の責任なの!?ま、待ってくれ、那奈姉。落ち着いて?」

 

「ごめんなさい、道明。私を責めていいわ。私はそれだけのことをしたんだもの」

 

 シュンッと肩を落としてしまい、かなりのショックを受けてる様子。

 ここはどうすればいいのだ。

 

「俺は気にしていないよ。那奈姉が疑う気持ち、分からない事もないし。それに、誤解だって分かってくれたなら俺はそれでいいから。ね?那奈姉、俺はそんな悲しそうな顔をされる方が辛いんだ」

 

「道明っ。私を許してくれるの?」

 

「当然だろ?那奈姉も言ったじゃないか。どんなことも1度は許すって。俺も同じ、那奈姉を許してあげる。だから、もうこんな事はしないで?俺を信じて欲しいんだ」

 

 ついでにこれ以上の捜索禁止もどさくさ紛れに約束させておく。

 

「うん。分かったわ。もうしない。道明を信じる」

 

 その代わり、罪悪感だけは本気で俺の胸に突き刺さるけどな。

 那奈姉はゆっくりと立ち上がると、大人しく引き下がるようだ。

 

「許してくれてありがとう。やっぱり、道明は優しいよ。その代わり、明日のデート……私のこと、好きにしていいから」

 

 好きにしていい、それって……え!?

 

「ナンデスト!?」

 

 那奈姉の大胆発言に驚き、気恥ずかしくなる。

 

「そ、それじゃ、おやすみなさい。ふたりとも」

 

 言った本人も恥ずかしさからか、逃げるように立ち去って行った。

 彼女が去ってからホッと俺は一息をつく。

 

「た、助かった……」

 

「よかったねー。お兄ちゃん、命が繋がって」

 

「咲良~っ。ホントにありがとう。さすが、我が愛しい妹!」

 

「えへへっ。お礼はまたバームクーヘンでお願いね?」

 

 俺は「もちろんだとも」と頷いて、彼女の頭を撫でた。

 兄妹の絆の大勝利、最大の窮地をまさかミラクル咲良に救われるなんて想定外だ。

 

「持つべきものは可愛い妹だな。これからは俺はシスコンと堂々と世間で明言していい。お前が望むのなら、妹魂って背中に書いたTシャツを着てもいいぞ!その服で高校デビューしてもいい」

 

「お願いだから、どちらもやめてください」

 

 マジで嫌そうな顔をして言わなくてもいいじゃないか。

 俺はこの感謝の気持ちを表したかったんだよ。

 

「それで、この箱にまるにゃん達をいつすり替えたんだ?」

 

「この子たちは、前からここにいたよ?お兄ちゃんにもらって、集めてたものだし」

 

 咲良は外に出した猫のぬいぐるみを箱の中に戻していく。

 よく見れば箱には「まるにゃん専用」と堂々とマジックの太文字で書かれていた。

 なぜに誰もそれに気付かなかった!?

 

「例えば、お兄ちゃんみたいな怪しいものはどこに隠す?」

 

「どこって……ま、まさか……男が隠す定番中の定番、ベッドの下か?」

 

「ピーンポーン、正解っ!同じ箱で、お兄ちゃんも誤解してたんだね。だから、那奈お姉ちゃんも怪しいって確信していてそれが結果、違ったから納得したの。人間って不思議。ひとつのものが怪しいって思うと、それしか見えなくなるの」

 

 彼女はベッドの下から俺の預けていた箱を引きずりだす。

 そこには同じ「Amaz●n」とロゴの描かれた箱が出てきた。

 

「だから、こっちに同じ箱があるなんて思いもしない。外に出てる箱しか見えていないから、それだけが怪しいって思っちゃってるもん。お姉ちゃんが他にもあるんじゃないって疑ってたら、簡単に見つけられていたのにね?」

 

「……俺は咲良の作戦に助けられたのか」

 

「作戦っていうより、ただ単にこんなものを自分の目に見える所に置きたくなかっただけ」

 

 あっさり、本音を突き付けられて、軽く傷つく。

 そりゃ、そーですよね、ごめんなさい。

 とにかく、咲良のおかげで俺は命拾いをしたのだ。

 

「これはもう、お兄ちゃんが自分で隠してよ?物置きに置いておくとか」

 

「それを母さんに見つかったら、俺が泣く。ここは同盟を結んでいる、信頼のおける父さんに預けるよ。それなら安心だ」

 

「だ・か・ら、家族に預けるって発想はどうなの?同盟ってパパもパパだし……もう嫌だ、この家族」

 

 咲良に怒られながらも、俺は今回の彼女には感謝するしかない。

 危うく那奈姉との関係もBADENDで終わる所だったのだからな。

 

「咲良みたいな良い妹を持ってお兄ちゃんは幸せです」

 

「……別にお兄ちゃんを守るつもりじゃなかったんだけど?」

 

「またまた口ではそう言って、実はお兄ちゃんのためにって思ってたんだろ?」

 

「お、お兄ちゃんのためじゃないもんっ。ホントだよ?」


 白い肌、頬を真っ赤にさせて否定する妹に萌える。

 それが嘘だと言うのは俺でも分かる、咲良は兄想いの優しい妹なのだ。

 

「お兄ちゃんっ。ほら、用が終わったら出て行って」

 

 恥ずかしがって、俺を部屋から追い出そうとするので、俺は最後に一言だけ。

 

「本当にありがとう。今度、またプレゼントするからな」

 

 いざという時のためにも咲良だけは味方でいてもらわねば……敵にだけはしたくない。

 というわけで、俺の天使、咲良のおかげで最大の危機を乗り越えられたのだった。

 ただし、その代償で背負った「可愛モノ好き」のレッテルはしばらく貼られることになる。

 大事な何かを守るためには、大事な何かを失うものなのだ……。

 

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