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幻実の雪

作者: 神無月帝婁

 貴方は幽霊、妖怪と言った物を信じるだろうか?

 にわかには信じがたい物であろう。

 信じられなくても無理はない。

 信じる、信じないは別として見た事のある人はいないのであろうから。

 実体無い物であるし、まして簡単に見える物ならば信じないなどと言う人はいないのだから。

 偉そうに語っているお前はどうなのかって?

 私は信じてはいない。ただ、私はそういう物に出会った事はある。

 その子は自らを自分は妖怪だと称し、私と出会い、会話をし、遊んだりした。

 それではさっきの見えるのなら信じないなどと言う人はいないという自らの発言と矛盾するって?

 そう、これは今でも自分の中では決着が付いていない。

 あの子は本当に妖怪であったのかそうでないのか。

 もう一度言おう、私は妖怪などという物を信じてはいない。

 いや、むしろ信じようとしていない、と言った方が正確なのかもしれない。

 私にはもう判断できずにいる。

 ここで一つ、私はこれを読んだ皆様にお願いしたい。

 私が体験したあの数日間の出来事は、あの時の相手は幽霊、もしくは妖怪等と言ったものかを判断して欲しい。

 では始めましょう。私が体験したあの時の話を。

 あれは20年ほど前の寒い寒い冬、当時8歳であった私は祖母の葬式のために父の田舎に行った時の事である・・・・・




 シンと静まりかえり、読経と木魚の音、そして時折聞こえるすすり泣きの声以外は一切なにも聞こえない一室で私は大人しく正座をしている。祖母が急に亡くなったからと昨日急遽この父の田舎にやってきた。祖母との思い出はほとんどない。当然ながら同居しているわけではないし、父の仕事が忙しくて正月、盆でもほとんどこの家を訪れることはなかったからだ。だからあまり悲しいという感情は湧かなかった。そもそも”死”という物があまりにも漠然としていてよくわからなかった。祖母が居なくなってしまった。でも私には元から居ないようなもの。特に変化があるわけではない。よって私はとても退屈していた。やがて長い長い葬式が終わり、お寺から父の実家に戻った。だがこんな所に友達なんているわけもなく、私は非常に退屈していた。お父さんとお母さん、おじさん達は何やら難しい話をしていて、時々怒鳴ったりなんかしていてとても怖かった。イサンソウゾクとかホウテイソウゾクブンとか聞いたこともないような単語が飛び交っている。私はいよいよ退屈に限界が来て一人で外へと出た。何よりもあの空間に居たくなかった。お父さんもお母さんもなんだか違う人になってしまったみたいになっていた。それが本当に怖くて、逃げ出したのかもしれない。

 とにかく、私は外へ飛び出し一面雪に覆われた田舎の町を歩き続けた。周りには山しかない。隣の家までいったいどのくらい離れているだろうか?そんな場所でも、きっと何か遊べそうな物があるはずだ。適当な広場へ行って雪だるまを作っても良い。雪うさぎなんて作ったらかわいいだろうな。そんな一人遊びへの思いを逡巡させていたら本当に何もない、辺り一面雪しかない場所に居た。いつの間にかずいぶんと歩いていたらしい。どこをどう歩いてきたのか解らない。つまり、そう、私はすっかり迷子になってしまっていたのだ。どうしよう・・・・私は途方に暮れた。現在の私なら付けてきた足跡を辿って戻れば帰ることができるという発想に至れるだろうが、当時の私にはそんな事は思いつくはずもなかった。まして冷静な状態ならまだしも、迷子になったという事実ですっかりパニック状態に陥っていたのだから。こんな何もない場所、誰かが通るはずもない。絶望的なこの状況で私ができたことは、座り込んで泣きじゃくる事だけだった。そんな事をしてどうにかなるわけがないのだが、8歳の小さな子供では本能的にそういう行動に出てしまうのも無理はないだろう。いつしか空が曇り、雪がぱらつき始めていた。ああ、このままでは私は帰れないどころか寒さで死んでしまうだろう・・・・・。私がグズグズとしゃくり上げていると不意に強い風が吹いた。直後、何かの気配がしたので顔を上げると目の前には自分と同じくらいの歳の少女が立っていた。いつのまにそこに現れたのだろうか?いつからそこに立っていたのだろうか?何かが近寄ってくるような音は何もしなかった。目の前に突如現れた少女はじっと私を見つめている。突然の出現にも驚いたがその姿にも驚いた。まるで保護色であるかのように、雪のように真っ白な肌。綺麗な綺麗な白い肌。その肌の色に反して黒い黒い、漆黒の長い髪。子供ながらに、そして同姓でありながら、私はその少女のことを綺麗だと素直に思った。

 「あなた・・・誰・・・・?」

 「そなたはそこで何をしている?」

 質問に質問で返された。それにそなたって・・・・何?

 「私はそなたなんて名前じゃないよ。美間坂紗智みまさかさち!」

 「そなたはそこで何をしている?」

 まるで音声データを繰り返し再生したかのように、抑揚のないさっきとまったく同じ言葉を返される。

 「だからそなたじゃないって言ってるのに・・・・道に迷ったの。考え事しながら歩いてたらいつの間にか帰り道が解らなくなっちゃったの」

 「そうか」

 それだけ言うと少女は私に近づき・・・・そして脇を通り過ぎ、数歩進んだところで止まり、私の方に振り返った。

 「ついてこい。案内してやる」

 「え?でも・・・・」

 何も言ってないのにどうして家が解るの?と聞こうとしたが少女がさっさと歩いていってしまったので質問を中断した。

 「ま、まってよー!」

 疑問よりなにより、こんな場所でまた一人残されるのがイヤだった。今置いて行かれたら、本当に自分は帰れないだろうと思った。どうして少女が、帰り道が解るのかという点には疑問が残るが、何よりも帰れるんだという思いが先に出ていた。

 歩いている間、お互いに何も言葉を発する事はなかった。聞きたいこととかはいっぱいあったけど、なぜか聞くのが躊躇われた。そして少女も何かを話そうという気はないらしい。どれくらい歩いただろうか?少女がふと足を止めたので私も止まった。

 「到着した」

 「え?」

 周りを見渡すといつの間にか父の実家のすぐそばだった。ずっと何もない雪の上を歩いていたような気がしたのに・・・・・

 「ここまでくればもう良いだろう。我はこれで去る」

 少女はそれだけ言うとさっさと歩き去ってしまった。

 「あ、ありがとう!」

 私は大声で叫んだ。だが少女は振り向きもせず、そのまま歩いていた。その時またさっきのように強い風が吹いた。思わず目をつむり、そして開いた時にはもうすでに少女の姿はなかった。変わった子だったな・・・・・でも私を助けてくれたんだ。命の恩人というんだろうな、こういうの・・・・・もし今度会ったら名前を聞こう。そして、もしできたら・・・・・・・

 「紗智!さーちー!」

 家の方で私を呼ぶ母の声が聞こえたので私は走って家の中に入った。

 「ただいま〜」

 「どこかに行ってきたの?」

 「うん、ちょっと散歩」

 「そう。お父さんとお母さんね、ちょっと伯父さん達と大事な話し合いが当分済みそうにないの。だからしばらくうちには帰れないし、お母さん達もあまり紗智の事見てあげられないと思うけど大丈夫?」

 「うん」

 どうせ家に帰った所でいつも一人だ。両親は共働きで基本的に家には居ない。一人で居る事は慣れている。ただ居る場所が変わっただけ。それだけ。問題なんてないよ。




 これが私と謎の少女との最初の出会いでした。いかがでしょうか?彼女が何物であるのか、判断できましたでしょうか?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 そうですね。これだけでは判断できかねると思います。それでは話の続きを致しましょう・・・・・・。




 次の日、私はまたあの謎の少女に会いたくて闇雲に歩いた末にたどり着いた場所に向かった。もちろんどうやったらたどり着けるかなんて解るわけがない。ただなんとなく、うっすらと、微かな記憶を頼りに歩き続けた。今度は迷子にならないように周りを見ながら。どういう道順を辿って来たのかをしっかりと頭にインプットする。しばらく歩いたところで、休憩をすることにした。どれくらい歩いたのかは解らないが、結構な時間を歩き続けていたことだけは確かだ。冷たい雪の上に腰を下ろし一息つく。と、突然強い風が吹いた。思わず目を閉じ、風がやんだので目を開けた。すると目の前にあの少女が立っていた。

 「そなたはそこで何をしている?」

 「こんにちわ、また会えたね!」

 出会えた喜びでついつい声を張り上げてしまう。

 「昨日の娘か。また迷ったのか?」

 「違う。あなたに会いに来たの!それと、娘って言うけどあなたも同じくらいの歳でしょ?」

 「我に会いに?なぜだ?」

 疑問の声をかける物の、表情は怪訝な感じではない。というより、まったく変わっていない。なんだか人形と話をしているみたいだった。

 「昨日ちゃんとお礼を言えなかったし、それにね・・・・あなたと一緒に遊びたいなって思ったから」

 「遊ぶ?そなたと我がか?」

 「うん!えっとね、友達になって欲しいの。私ね、お父さんがいっぱい転勤するから、転校ばっかりするの。だから友達がいないの。だから私ね、あなたと友達になりたい!」

 「・・・・・・・・・・・・・・」

 「えっと・・・・だめ・・・かな・・・・?」

 何も言葉を発さず、髪と同じ漆黒の瞳でじっと私を見つめる。黒い黒い瞳。ずっと見つめていたら吸い込まれて知らない世界に飛ばされてしまいそうなほどだ。異世界に飛ばされる自分を想像したらなんだか急にちょっと怖くなって視線を落とした。どれくらい時間が経っただろうか?ほんの10秒程度だったのかもしれない。それでも私には優に10分は超えるであろう時のように感じた。再び顔あげると少女は変わらず私を見つめていた。

 「了承しよう」

 「え?」

 何に対する答えなのかは解っているはずなのだが、思わず聞き返してしまう。

 「そなたの、友人になろうという申し入れだ。我はその申し入れを了承する」

 「えっと・・・・なんだか難しいけど、友達になってくれるっていうこと?」

 「そうだ。だが、友人になるのは構わぬが、一つ誓いを立てて欲しい」

 「ちかい?」

 「そうだ。我の存在を他の者に漏らすべからず。誓えるか?」

 「うん、大丈夫!約束はちゃんと守るよ!」

 「それならば問題はない。そなたの友人となろう」

 「やったあ!ありがとう!」

 「礼を言われるようなことではない」

 「いいの!私、すごく嬉しいよ!これからよろしくね。えっと・・・・あなたのお名前はなんて言うの?」

 「我に名などない」

 そう言った時の少女には微かに悲しげな表情が浮かんだような気がした。もしかしたら気がしただけなのかもしれない。見た目にはまったく変わっていないのだから。それに、そんな気がしたのはほんの一瞬だけで、すぐに元に戻ってしまっていたからだ。

 「そうなんだ・・・・・・じゃあ私が付けてあげる!」

 「無くとも構わぬ」

 「私が呼ぶ時に困るよ。友達なのにあなたって呼ぶのもおかしいし。名前付けられるの・・・・イヤ・・・?」

 「いや、構わない」

 「それじゃあねえ・・・・・・・・」

 なんて名前を付けたら良いだろうか?折角だから可愛い名前を付けてあげたい。こんなにも綺麗なのに名前が変だとあまりにももったいない。だが、自分で名付けると言い出しておいてぱっと思いつきはしなかった。少女の特徴と言えば何だろう?小難しいおかしな言葉遣い。表情を全く出さない顔。漆黒の髪、髪と同じ漆黒の瞳、そして・・・・・・何よりも一番最初に目の行った真っ白な肌。雪を全身にまとったような、白い白い綺麗な肌。

 「ゆき!雪みたいな白い綺麗な肌をしてるから、ゆき!どう?」

 「非常に安易な理由だが否定する要因は存在しない」

 「えっと・・・・ゆきで良いっていうこと?」

 「そうだ」

 「じゃあ改めて。あ、お礼まだ言ってなかった。昨日はありがとうゆきちゃん。これからよろしくね!」

 「承知した、美間坂紗智殿」

 「紗智でいいよ、ゆきちゃん」

 「了解した、紗智」

 こうして私たちは友達になった。ただ一つ、条件を付けて。こんな条件なら容易い事だった。元より、私に秘密を話すような相手はいないのだ。友達はたった今できたゆきちゃん以外には居ないし、両親はこっちにきてからずっと難しい話をしている。

 「ねえゆきちゃん!雪合戦しようよ!」

 「雪合戦とはなんだ?」

 「えっとねえ・・・・・私も正しいルールとかは知らないけど、こうやって雪を丸めてね・・・・・えい!」

 私は足下の雪をかき集めて雪玉を作り、ゆきちゃんの胸辺りを目掛けて投げつけた。雪玉を当てられたゆきちゃんは全く動かず、表情一つ変えずにただ私を見つめていた。割れた雪玉がハラハラと雪の上に落ちる。

 「こうやって相手にぶつけるの」

 「理解した」

 ゆきちゃんも私と同じように足下の雪をかき集めて雪玉を作り、そして私に投げつけた。雪玉は私の顔に当たった。

 「わぷ!」

 新雪のパウダースノーが顔につく。痛くは無かったが物凄く冷たかった。だがその冷たさがなぜか非常に心地よかった。

 「こうで良いのか?」

 「う〜・・・・顔狙うなんてひどいよ・・・・」

 「いけなかったのか?」

 「ん〜・・・・ダメじゃないと思う・・・・よ!」

 言いながら新しい雪玉を作り、言い終わると同時にゆきちゃんに投げつける。今度は顔を狙った。お返しというわけだ。雪玉は見事にゆきちゃんの顔に命中する。ゆきちゃんの表情は変わらない。不思議な子だな、と思った。

 「なるほど。どこを狙っても良いのか?」

 「うん、良いと思うよ」

 ゆきちゃんが同じようにまた雪玉を作り、私に向かって投げる。

 「よ!」

 その雪玉を私は避けた。

 「そしてね、相手の投げた玉を避けても良いの。あと、別に一度に何個投げても良いの。代わりばんこに投げなくても良いんだよ」

 「理解した」

 一通りの説明を終えると私はさっそく雪玉をいっぱい作り始めた。少し気になってちらっとゆきちゃんを見ると私と同じように雪玉を作っていた。ゆきちゃんは雪玉を作るのに気を取られている。今がチャンスだと思った私は作ったばかりの雪玉を投げた。だがその雪玉はゆきちゃんに当たることなく空をかすめた。当たる寸前の所で気付き、物凄い瞬発力でゆきちゃんが避けたからだ。

 「なるほど、雪玉を作ってる最中でも良いのか」

 「え・・・・?あ、うん」

 「ふむ」

 私がゆきちゃんの動きに呆然としているところに一気に三つも雪玉を投げられる。全ての雪玉が私に当たった。二つは胸、そして一つはまたしても顔・・・・。ゆきちゃんのその攻撃で私は我に返った。

 「やったなー!」

 私も負けじと手元の雪玉を四つ投げつけた。その雪玉をことごとくゆきちゃんはかわした。

 「ゆきちゃん・・・・・雪合戦したの初めてだよね・・・・?」

 「そうだが?」

 「なんていうか・・・・ゆきちゃんすごいね・・・・」

 「そうなのか?」

 「だって玉全部避けちゃうんだもん。よぉし、絶対に当ててやるんだから!」

 こうして雪合戦が始まった。ゆきちゃんの投げる玉はほとんど避ける事ができなかった。まるで私の動きを読んでいるかのようだ。逆に私の投げる玉はいっこうに当たらない。それどころかかする事すらできない。もし雪合戦がオリンピックの競技になったらゆきちゃんは絶対に金メダル取れるんだろうな、なんて事を思ってしまうくらいにゆきちゃんの動きはすごかった。私も雪合戦をやったことはそんなに多い方ではない。でも運動神経は悪い方ではないという自信はある。むしろ良い方だと思う。それなのに一発も当てられないなんて・・・・・。ゆきちゃんはとても不思議な子。そしてとっても凄い・・・・。

 しばらく雪合戦をしていたが、やがて私の体力が尽きて中断することにした。息を切らせて座り込んでいる私の横にケロっとしているゆきちゃんが座っている。

 「はぁ・・・ゆきちゃんすごいね」

 「なにがだ?」

 「雪合戦は凄く強いし、あんなに動いたのに全然疲れてない見たいなんだもん」

 「そうか?」

 「うん、そうだよ」

 はぁ、と一つ息をついた所で空を見上げる。空はいつの間にか夕焼けに染まり、赤々と燃えているかのようだった。黄昏の太陽を雪が反射し、とても綺麗だった。

 「私そろそろ帰らないと」

 「そうか。一人で帰れるか?」

 「今日はちゃんと道覚えてきたから大丈夫だよ!」

 「そうか」

 「じゃあね、バイバイゆきちゃん。また明日ね!」

 「うむ」

 私は手を振ってゆきちゃんに別れの挨拶をすると帰路についた。結局ゆきちゃんには一発も雪玉を当てる事はできなかった。ちょっと悔しいような気もしたが、それよりも友達と一緒に遊んだ事への喜びの方が遙かに勝っていた。楽しい。本当に心から楽しい。そしてそんな楽しい時間はとても早く過ぎるのだという事を初めて知った。別れた後でもこんなに楽しい気持ちが続いているんだ。嬉しい、楽しい。明日が来るのがとても待ち遠しかった。




 次の日も、また次の日も私は例の場所に行った。到着すると強い風が吹いて、目を閉じて開くとそこに私のたった一人の友達、ゆきちゃんが居る。私たちは雪合戦をしたり、雪だるまを作ったり、雪うさぎを作ったりして遊んだ。ゆきちゃんは相変わらず無表情だったけど、それでも嫌々私に付き合っているという感じはしなかったし、私も楽しかった。遊んで、おしゃべりをして・・・・・。この楽しい時間が永遠に続けば良いのにと毎日思った。でも時は残酷に平等に流れる。永遠なんて物は存在しない。一時間は一時間。一日は一日。遊んで休んで、空を見上げれば夕焼けが広がっていて・・・・イヤでも家に帰らなくちゃならなくてお別れをする。そして、私はいつまでも、ずっとずっとこの父の実家に居るわけではない。時が来れば私はこの田舎町から離れる事になる。せっかく出来た友達と離れなければならなくなる。そうしたらまた、一人だけのつまらない日常に身を委ねなければならなくなるのだ。離れたくなかった。そして、できることならば家にも帰りたくなかった。いつまでも、夜が来て次の日が来て、朝が来てそしてまた夜が来て・・・・ずっとゆきちゃんと一緒に居たかった。この不思議な少女といつまでも。

 「私、家に帰りたくないな・・・・ずっとゆきちゃんと一緒に居たい」

 「なぜだ?」

 「だって家に帰ったら一人なんだもん。友達だって居ないし・・・・」

 「帰るべき家があるというのは良い事だ。紗智にもいずれ理解出来る時が来る」

 「そうかなあ・・・・・」

 あの一人ぼっちの空間に戻る事を望む時が自分に果たして訪れるだろうか?想像しようとしてもできなかった。少なくとも今の私にはゆきちゃんと一緒に居る事が何よりも楽しいし、幸せだと思っているから。

 「私はゆきちゃんと一緒にいる時が一番だと思うんだけどなぁ・・・・」

 ずっと一緒に居たいよ・・・・そう心の中でつぶやく。解っているのだ。これは叶わぬ願いなんだと。時が来れば私たちは離ればなれにならなければならなくなるし、ゆきちゃんだって家に帰らなきゃならないのだから。それでも・・・・願うだけだったら良いよね?叶わないって解っていても、そう思っているだけなら・・・・そう望んでいるだけなら・・・・・。不意にゆきちゃんが私に近づき、そして抱きしめた。

 「ならばここを第二の家にすればいい。紗智が望み、そしてここを訪れるのならば我はいつでも紗智を歓迎しよう」

 「ゆきちゃん・・・・・暖かいね・・・・・・」

 雪のように白い肌は、それと同じように冷たいと思っていた。だがそんな想像とは裏腹に、ゆきちゃんはとても暖かかった。抱きしめられているととても落ち着いて、まるで布団にくるまれているかのようなとても心地の良い暖かさだった。

 「ありがとうゆきちゃん。もう夕方だから、私もう帰るね」

 「そうか」

 「バイバイ、ゆきちゃん」

 いつものように手を振って別れる。第二の家、私が望んでここに来るなら、ゆきちゃんは歓迎してくれる。でも第一の家があって、そこには絶対に帰らなくちゃいけなくて・・・・。だからね、ゆきちゃん。私はここを、ゆきちゃんと一緒にいられるこの場所を第一の家にしたいんだよ・・・・・・。


 「ただいまー・・・・」

 少し元気の無い声で家の玄関をくぐる。

 「おかえりなさい」

 そんな私とは裏腹に、母は上機嫌で私を迎えた。ここのところずっと難しい顔をしていたのでこんな母を見るのはひどく久しぶりのような気がした。

 「お母さん、なんかご機嫌だね?」

 だからきっと私もなんだか少し嬉しくなってしまったんだと思う。

 「そうなの。伯父さん達との話し合いがようやくまとまりそうなのよ。紗智はどこかで遊んできたの?」

 だから・・・・・だから私も気が緩んでつい口が軽くなってあんなこと言っちゃったんだ・・・・。

 「うん!私ね、初めて友達ができたの!」

 「あら、そうなの?どこの子?」

 「わかんないけど、ゆきちゃんって言って肌が凄く白くて、髪が凄い黒くて、とっても綺麗なんだよ!名前がないって言うから私が付けてあげたの!」

 「そう、良かったわね」

 「うん!」

 すっかり忘れてしまっていた。ゆきちゃんに出会って、友達になろうって言った時にゆきちゃんに言われた事。

 『我の存在を他の者に漏らすべからず。誓えるか?』

 約束すると、ちゃんと守ると言ったのに破ってしまった。それに気が付いたのはその日の晩、布団に入って寝ようとしていた時だった。私は全身から血の気が引く思いというのをこの時初めてした。約束を破ってしまった。もうゆきちゃんとは友達でいられなくなる。黙っていたら解らないかな?そんなのはダメだ。ゆきちゃんに嘘付くなんてできない。あの真っ黒な、吸い込まれそうな目に見つめられたら私は隠し通すなんてことはできない。正直に言おう。謝ろう。ゆきちゃんはなんて言うだろうか?許してくれるかな?怒って絶交だって言うかな?そんなのイヤだ。せっかくできた初めての友達なのに。約束を破ってしまった嫌悪感と友達を失うかもしれないという絶望感が全身を埋め尽くす。取り返しの付かない事をしてしまった。夕方母に口を滑らせてしまった自分を責めた。なんと愚かな事をしたのか。バカ!バカ!・・・・・とにかく明日、ゆきちゃんに全部話そう。そして謝ろう。もしかしたら許してくれるかもしれないという万に一つもないかもしれない希望に必死ですがりながら、私は眠りに落ちた・・・・・。


次の日、私はいつもと同じ時間にいつもの場所へ向かった。すっかり通い慣れた道。赤い屋根の家を右に曲がって、ずっと歩く。するとそこにあの場所がある・・・・・あるはずだった。しかし、どれほど歩いてもいつもゆきちゃんと遊んでいた場所にはたどり着けなかった。それでも私は歩いた。ひたすら歩いた。だんだん早足になって、最後には走っていた。道を間違えた?いや、そんな事は絶対にない。初めてゆきちゃんに出会ったあの日以来、一度も迷わずにあそこに行っていた。間違うはずがない。じゃあ・・・・どうして?答えは簡単だった。ゆきちゃんは約束を破った私を許してはくれなかったんだ。私に会う事すらイヤなんだ。許してくれるかも、などとほんの少しでも思っていた自分が非常に愚か者のように感じられた。

 「ゆきちゃんごめんなさい!」

 誰も居ない空間に私は叫んだ。ゆきちゃんに届くかどうかも解らない。それでも叫ばずには居られなかった。

 「ごめんなさい!ごめんねゆきちゃん!私、約束破っちゃったよ!絶対にゆきちゃんの事誰にも言わないって約束にしたのに、お母さんにしゃべっちゃった!許してなんてくれないよね?すごく怒ってるよね?当たり前だよね、私約束破っちゃったんだから!でもねゆきちゃん!私・・・・・私・・・・!」

 いつの間にか流れ出していた涙が止まらない。泣いたって仕方がないのに。泣いたってゆきちゃんが許してくれるわけじゃないのに。そう解っているのに。泣くな!これじゃあまるで泣いて許してもらおうとしてるみたいじゃないか!止まってよ涙!友達を失う事への恐怖感、自分への情けなさ。いろいろな物が入り交じった感情が押し寄せ、溢れる涙はどうしても止まらない。止まらないのならもういい。私はただ謝りたい。そして・・・

 「私、ずっとゆきちゃんと友達で居たいよ!!」




 結局ゆきちゃんは私の前に二度と姿を見せる事はありませんでした。その後すぐ、私は父の実家を離れる事となり、長くその土地を訪れる事はなかった。大人になり、何度かあの場所へ行こうとしたが一度もたどり着く事はできなかった。

 いかがでしょうか?私の出会った不思議な少女、ゆきちゃんは人なのか、それとも人に在らざる者なのか、あなたの答えは出ましたでしょうか?冒頭で申し上げましたように、私には判断が付きません。いや、判断を付けたくないのかもしれません。本当は解っているのだと思う。ゆきちゃんはきっと、人に在らざる者なのだと。ただ、それを認めたくないのかもしれません。人ならば、もう一度出会える可能性はありますが、そうでないのであれば、出会える可能性は限りなく0に近いでしょう。ああやって毎日一緒に遊んでいた事すら奇跡体験であったのかもしれません。これを読み、もしゆきちゃんに出会える事ができた方が居ましたら、ゆきちゃんにこう伝えてください。

 「あなたに、その雪のように白い肌から”ゆき”と名付けた紗智という人間が謝っていたと。約束を破った事を今でも悔いていると。できる事ならば、もう一度あなたに会いたいと言っていると」

 これだけが、私のたった一つの願いです。もちろん私も、今後もあの土地へ通い、あの場所を目指します。もし出会える事ができたら、またこちらで報告させていただきます。


雪の日に

消え失ひし

温もりを

想ひ続けし

孤独なりせば


                                                                           投稿日 2007/01/31



そなたはそこで何をしている?

道に迷ったんだ。

そうか、ならば我が送り届けよう。


さあ、辿り着いたぞ。

ありがとう。

では我はこれで去る。

待って!

なんだ?

僕、時田清って言うんだ。

・・・・・・・・・・。

良かったら友達になってくれないかな?

・・・・・・・・。

ダメかな?

・・・・・了承しよう。

本当!?

了承しよう。

君の名前はなんて言うの?

我の名は・・・・・・・・・・ゆき。



長いブランクを経て投稿させて頂きました。

ファンタジーでもホラーでも何でもない作品ですがいかがだったでしょうか?

人と妖怪という一見して相容れない存在の両者が友達になるとしたらどんなだろう?

そこにはどんな制約があるのだろう?

そんな事を考えながら書きました。

あの終わり方は個人的にハッピーエンドだと思っているのですが・・・・いかがでしょうか?

矛盾点等はないとは思いますが、描写が甘いような気がしたりしなかったりしていますが、個人的には力作だと思っていたりします。

こんな駄文を読んで頂きありがとうございました。

感想等頂けたら大変嬉しく思います。


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