笑顔の王子様と不器用に歪んだ刺繍
「ちょっとこれを見てちょうだい! この裾の刺繍、歪んでいて酷いクオリティだわ!」
収穫祭のドレスコンテスト会場。侯爵令嬢エレナの甲高いあざ笑いが、華やかなホールに響き渡った。
彼女が指差しているのは、私が、何日も寝る間を惜しみ、ひと針ひと針仕上げた刺繍入りの白いドレスだった。
「こんな出来損ないのドレスを出すなんて、我が国の収穫祭の恥よ。やっぱり平民混じりの貧乏子爵家のセンスは知れているわね」
エレナの後ろで、取り巻きの令嬢たちもクスクスと扇子で口元を隠して笑っている。
「違うわ! この刺繍は、私にとって世界で一番美しい花なの!」
私の瞳から思わず涙がこぼれた。私のせいで、親切なあの方達が侮辱されるなんて許せない……。
本当は、分かっている。
これは最初から仕組まれたことだった。
コンテストの数日前、エレナたちから膨大なビーズ縫いを押し付けられ、夜の学園で一人泣きそうになりながら作業をした。
絶対に間に合うわけなどなかったのだ。私のせいで間に合わなかったと責めるつもりだったのだ。
それを知りながらこらえて縫うしかなかった。
ところがふらりと現れた夜番の若い騎士様たちが「手が刺し傷だらけじゃないか、少し休んだ方がいい」とお茶とお菓子を差し出し、不器用ながらも人海戦術で手伝ってくれた。
その中でも一番不器用だった騎士様が「記念に」と笑って、ドレスの裾の目立たない場所に一生懸命縫い付けてくれたのが、その歪んだ花の刺繍だったのだ。
「どうしたのかね?」
突然、野次馬を割って、凛とした声が響いた。
現れたのは、夜番の衣服ではなく、眩い正装を身にまとった第二王子ルファス殿下だった。
私は驚愕で息を呑んだ。あの時の騎士様が、まさか、この国の王子様だったなんて。
エレナたちは一瞬で顔を輝かせ、殿下に擦り寄った。
「ルファス殿下! 聞いてくださいませ、この不届きなアリアが、このような見苦しいドレスを展示しておりまして――」
「アリア嬢にはね、僕が無理を言って手伝わせてもらっていたんだよ」
ルファス殿下は、私の前に立ってそっと背中に庇うと、見る者を魅了する完璧な王子スマイルを浮かべた。
エレナたちの笑顔が、ピキリと凍りつく。
殿下は、エレナが「酷いクオリティ」と叩いた歪んだ刺繍を愛おしそうに見つめ、こう告げた。
「特にキミ達が指摘したこの場所は、僕が彼女に教わりながら、一生懸命に刺繍した場所なんだ。……不器用で申し訳なかったね」
ホールの空気が一瞬で氷点下にまで冷え切った。
王族の作品を、公衆の面前で「ゴミ」呼ばわりしたのだ。不敬罪どころの騒ぎではない。エレナたちの顔からみるみる血の気が引いていく。
ルファス殿下は笑顔のまま、その瞳だけを冷徹に細めてエレナたちを見据えた。
「キミ達のことは、実によく覚えたよ。私のせいで不快な思いをさせたお詫びとして、後日、キミ達の実家へ『相応の詫びの品』を贈らせてもらう。だから、今日のところは勘弁してくれたまえ」
殿下は私の手を優しく取ると、青ざめて震えるエレナたちを置き去りにして、堂々と歩き去っていった。
◇
二日後。エレナの侯爵家と取り巻きたちの家に、王室の使いから仰々しい箱が届けられた。
中に入っていたのは、一枚のハンカチ。ベースは王室御用達の最高級シルク。そこに「伝説の魔物の魔力糸」が使われ、王宮筆頭魔術師の手で『加護』(煙軽減と止血回復効果)が施された、世界に数枚とない逸品だった。
そしてその刺繍柄は、エレナたちがバカにした、あの「歪んだ花の刺繍」と全く同じデザインで歪みのない完璧なものだった。
ハンカチの価値を知ったエレナの父親(侯爵)と母親は、大喜びでエレナを褒めちぎった。
「おお! これは王族が未来の妃に贈るレベルの逸品ではないか!」
「エレナ、お前いつの間にルファス殿下とそんな関係に……! でかした、我が家の誉れだ!」
エレナは青くなり震えた。
同封されていた王家からの公式な書状を読む父親の顔が、青くなり、やがて土気色に変わった。
そこには、優雅な文字でこう書かれていた。
『息子の未熟な刺繍により、皆様のお目を汚してしまったこと、王妃として深くお詫び申し上げます。今後は皆様のお目に触れることのないよう、息子には十分に言い聞かせておきます。つきましては、御令嬢方が仰った「酷いクオリティ」を補うため、我が国の一流のプロに同じ柄で歪みのない、魔力の加護を施したハンカチを「お詫びの品」として贈らせて貰います。令嬢方のご気分が直ることを切にお祈り申し上げます 王妃エメラルダ』
それは、「お前たちのせいで王子のプライドが公衆の面前で傷ついた。この屈辱は一生忘れない、二度と私の前に顔を出すな」という意味の、エレガントな脅迫状であり、令嬢の社交界への出入りに対する王妃自らの拒絶だった。
「お前、王族の作品を大勢の前で罵ったのか!?」
父親は怒髪天を突き、恐怖でガタガタと震え出した。
畏れ多すぎる最高級の「お詫びの品」は、使うことも売ることもできず、家宝の棚で毎日王家への恐怖を思い出すための『呪いのアイテム』と化した。
エレナとその取り巻きたちは即座に実家で謹慎を家族から命じられ、夜会への出席も無期限の自粛となった。
◇
一方、ドレスコンテストの結果発表。
私のドレスは、王妃様お抱えのトップデザイナーに次ぐ、見事な「準優勝」に輝いた。アマチュア令嬢としては、歴史的な大快挙である。
歓声に包まれる中、ルファス殿下が私の元へ歩み寄った。
「優勝に届かなかったのは、僕の下手くそな刺繍のせいだね。ごめん」
殿下は少し気まずそうに苦笑いする。
「そんなことありません! 私にとって、世界で一番大切な刺繍です!」
私が顔を真っ赤にして答えると、殿下は嬉しそうに目を細め、ポケットから『一枚のハンカチ』を取り出した。
それは魔力糸ではないけれど、殿下が夜通し、今度は綺麗に、一生懸命に縫い上げてくれた私の誕生花の刺繍ハンカチだった。
「僕が『未来の婚約者』に贈りたくて刺繍したハンカチ。……受け取ってくれるかい?」
私は嬉し涙を浮かべて深く頷いた。
割れんばかりの拍手の中、私たちはしっかりと手を繋ぎ直した。
(おわり)




