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正しい選択

作者: k
掲載日:2026/03/18

 古今東西、いつの時代の誰であっても、自明、明白、当然、平等。もしかしたら、この世で最も平等かもしれない真実がある。

 「人間はいつか死ぬ」

という真実である。もはや真実と言っていいのかすらも怪しい。もう一つ真実なのは、多くの人間は死から目を背けたい、ということだ。死ぬのは怖い。生物である以上、本能が死を拒絶するのだから、抗うことはできない。ただ、選択できるとしたらどうだろうか。この物語はそんな選択に巻き込まれたとある少年についての物語である。


 日差しが強い。

 三月に入っても寒い日は続くが、日中の日差しはかなり暖かいものになった。しかし、桜の満開はまだ少し先のようだ。枝しかない桜の木の下で夕凪は寝転ぶ。目に映る青空と枝の風景。大して美しくないのに見入ってしまう。この時期は咲いていないと分かっているのに桜を探してしまう。二週間程度で散ってしまう花々に、思いを馳せるのが何とも不思議だ。人は永遠を求めるくせに、有限に美しさを見出す。腰を上げる。そして、ふと気づいた。何かが目の前に立っている。

 「やあ、少年。」

 大人でも子供でもない背格好の人物がそう言った。少し気がかりなのは、その雰囲気が吹雪のようにすべてを飲み込んでしまいそうなほどの、何かを感じさせた。同時に桜のように儚い何かも感じさせた。

 「どちらさまですか?」少年は平静を装いながら問う。

 「君達の世界で言うところの天使と言えば話は早いかな。私はルドベキア。君に選択肢を与えに来た。」

 ルドベキアと名乗った「何か」はそう述べた。夕凪は答える。

 「選択…ですか?一体何の?」

 ルドベキアは答える。

 「時間についてだ。申し訳ないが、今から提示する二つの選択肢を君が拒否する権利はない。必ずどちらかを選んでくれ。」ルドベキアは楽しそうに言った。それが夕凪には気に食わなかった。

 「それで、その選択肢は?」

 二人の間を風が吹き抜ける。春の匂いが鼻を刺激する。ゆっくりと、余韻を楽しむかのようにルドベキアが告げる。

 「君の選択肢はこうだ。今死ぬか、不老不死で永遠に生きるか。このどちらかだ。」

 時間が止まる。正確には二人の間の時間が止まっているように感じ取れるだけだが。ルドベキアが続けて話す。

 「勿論、一般人だったら、迷うことなく後者の不老不死を選ぶだろうねえ。けど、夕凪君。君は違う。君はこの二択に真剣に迷っている。君は…死にたいのだから。」

 夕凪の目が見開く。実際その通りなのだ。

 「貴方は生きているだけで価値がある。」

 「楽しく生きて死ねたら最高じゃん。」

 そんな無責任な言動に夕凪はいつもこう思っていた。

 うるせぇ

 46億年という地球の歴史から見れば、人間の一生など、ミジンコよりも小さい。生まれて、育って、生殖して、育てて、衰えて死ぬ。ネタバレだらけの物語だ。面白くなんてない。この思いをこの「何か」は知っている。君が悪いと同時に少しの心地よさを覚えた。

 夕凪はルドベキアに尋ねる。

 「アンタから見て、人間ってどんな生き物だ?」

 ルドベキアは少し考えたような素振りを見せて、答えた。

 「哀れな生き物だと思うよ。他の動物は本能だけで生きていけるのに、君達は理性、思考といった牢獄に閉じ込められている。その牢獄はただの牢獄じゃない。パノプティコンのようなものだ。互いが互いを監視し、互いに互いの行動に合わせる。自由意志なんてものを信じているけど、結局それは、互いに干渉しあった結果生じだ、駄作。滑稽な生き物だよ。もっと面白いことは、これだけ酷く言われているのに、君が笑顔ってことかな。」

 そう、夕凪は笑っていた。ルドベキアがつらつらと述べたことを、絵本を読み聞かせてもらう子供のような顔で、聞いていた。

 「聞かせてくれないか、君は何故、死にたい?」ルドベキアが尋ねる。もうじき日が沈む。

 「それが、最後の抵抗だからさ。死にたくない。この思いはすべての生物に同等だ。本能は死を避ける。本能だけで生きているのなら、死にたいという感情を得ることすらない。でもボク達は理性で本能を押し込むことができるように進化してしまった。死にたくないという本能を死にたいという理性で。人間にとっての最高の自由は、理性を使って本能、そして、世界から自由になること。つまり、死ぬことさ。」

 夕凪は早口で話し切った。ルドベキアが笑う。

 「ははは!カッコつけなくてもいいよ、夕凪君。いや、今君が行ったことも事実なのだろう。今の話は、君が死にたいという思いを世間に伝えるための説明書だろ?本当のことを話してみなよ。君の本心は何故死にたいと叫んでいる?」

 沈黙が流れる。すっかり日も暮れた。この季節の夜はまだ少し寒い。

 なぜ死にたいか。

 そんなの明白じゃないか。

 でも、誰もそれを受け入れようとしなかった。見て見ぬふりをして、上から正しさを押し付けて、愉悦に浸っている。そんな世界が気持ち悪かった。夕凪は言う、

 「生きることが死ぬことよりも怖いからだ。

大人たちは無責任な努力進行を振りかざす。ルッキズムを批判するくせに、自分は化粧でばっちり見た目を整える。学歴主義を批判する癖に、受験業界は再熱を見せている。嘘だらけだ。口先ばっかりだ。こんな世界で生きろ?そんなことできるわけないだろ!」

 叫んだ。久しぶりに。高校生が叫ぶ場面なんて滅多にない。夕凪は深呼吸をする。目の前にはルドベキアが微笑みながら立っている。

 「さあ、選択の時だ。どちらを選ぶ?」

 本能と理性、現実と嘘。天使と悪魔がいるのなら、天使は間違いなく天国にいるのだろう。ただ、悪魔は地獄にはいない。本当の悪魔は人間で地獄というのは現実なのだ。ボクは何方を――。


 え?夕凪がどちらを選んだかって?知らないよ、そんなこと。でも、彼は最善の選択をするだろうね。あ、ちょっとちょっと。何他人事みたいな顔してるの?君たちもだよ?さあ、選んでくれよ。生きるか死ぬかを。


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