第2話:義姉(ねえ)さんが同級生!? まずい!通学路が血の池地獄になっちゃう!
数年間に及ぶ謎の武者修行の末――僕の義姉、鬼龍麗奈が帰ってきた!
再会した瞬間、両親は愛娘の無事な姿に涙を流して喜んでいた。けれど、案の定というか、再会の感動が落ち着くと説教の嵐が始まった。姉さんは畳に額をこすりつける勢いで土下座し、何度も何度も謝っていたけれど。
ようやく両親の怒りも収まり、「もう二度と勝手にいなくなるんじゃないよ!」という悲願に近い言葉に、姉さんは満面の笑みで答えた。
「大丈夫! 力の制御は師匠にみっちり叩き込んでもらったから、日常生活にはなーんにも問題ないわ。それに……私と純君は将来結婚するんだから、私たちは一生、家族のままだよ♥」
自信満々に言い放った姉さんに、両親は「この娘、中身は一ミリも変わってないな……」と言わんばかりに、揃って頭を抱えていた。
……もちろん、僕も頭を抱えた。純愛の皮を被った「執着」ほど怖いものはない。
なにせ、再会してからの姉さんは片時も僕のそばを離れてくれないのだ。
嬉しいけれど、トイレやお風呂にまで当然のような顔でついてこようとするのは、常識的に考えても大問題である。
終いには同じベッドに潜り込もうとする姉さんに、「次にやってきたら、僕、舌を噛み切って死ぬからね!」と決死の抗議をして、ようやく諦めてもらった。
これ、本当は女の子のセリフなのに。
僕だって健全な男子高校生だ。姉さんのような美少女と密着して眠れば、理性が木っ端微塵に爆発するに決まっている。
……まあ、姉さんの狙いは最初からそこなんだろうけど。高校生の間くらい、節度を守ろうよ! 本当、はぁ……。
そんな平和(?)な日常は、ある朝、唐突に終わりを告げた。
キッチンで僕の朝食(プロテイン入り特製スムージー)をかき混ぜながら、姉さんが鼻歌まじりに衝撃の事実を口にしたのだ。
「あ、言い忘れてた。明日から私、純君と同じ高校に通うことになったから! 同級生だよ、嬉しいね♥」
手に持っていた英単語帳が、力なく床に滑り落ちた。
ただでさえ血の気の多い連中が集まるうちの学園に、あの「歩く戦略兵器」を放流するだって……?
僕の静かな受験勉強ライフが、音を立てて崩壊していく音が聞こえた。
原因は分かっている。先日、遊びに来たクラスメイトがうっかり口を滑らせたのだ。
僕が学校で不良グループに目を付けられ、集団リンチまがいの目に遭ったこと。あともう少しで病院送りにされるところだったという、その「事実」を、姉さんが知ってしまった。
その瞬間の姉さんは、まさに「怒髪天を突く」を体現していた。
「今すぐ純君を傷つけたゴミ掃除をしてくるわ。この世から跡形もなく、ね」
凍りつくような笑顔で物騒な宣言をする姉さんを、なだめすかすのにどれだけ苦労したか。僕としては
「あれくらい、リンチなんて大げさだよ」と思っているのに……。
そして今日。姉さんは僕の学校に編入し、一緒に登校することになった。
……嫌な予感しかしない。
今日から姉さんと同じ学校に通学。
嬉しいけれど……正直、嫌な予感しかしない。絶対に何か起きるよ、これ!
「ね、姉さん。ちょっと、くっつきすぎだってば!」
「えへへ、だって久しぶりに純君と一緒に登校できるんだもん。お姉ちゃん、嬉しくて我慢できないよぉ!」
僕の腕に隙間なく抱きついてくるのは、義姉の鬼龍麗奈。
そんな僕たちの前に、ガムをクチャクチャと噛み鳴らす女子を先頭に、十人ほどの「俺たち不良でーす!」と言わんばかりの集団が立ちふさがった。
「あーあ? 朝っぱらからどこのバカップルかと思ったら、鬼龍じゃねえか。まさか、お前みたいなヘタレに彼女がいたのか?」
クラスの女子グループを仕切っている佐藤妙子さんだ。暴力でクラスカーストの頂点に君臨する彼女の横には、体格のいい彼氏がニヤニヤと腕を組んで立っている。
「あらぁ、彼女だなんて言われちゃった。ねぇ純君、どうする? 認めちゃう?♥」
姉さんは頬を染めて身悶えしているけれど、抱きついている腕の力が一瞬だけ「ギチッ」と強まった。……まずい、スイッチが入った。
「ち、違うよ! 姉さんだよ。今日からこの八神学園に編入するんだ」
僕の必死の弁明に、佐藤さんは「ハッ」と鼻で笑い、彼氏と顔を見合わせた。
「へぇ、姉貴かよ。お前みたいな弱虫に、こんなイイ女の姉さんがねぇ……。なぁ、俺たちにも紹介してくれよな?」
彼氏の下卑た視線が、姉さんの肢体をなめる。
僕は震えた。……彼らの無礼さにではない。隣にいる姉さんの瞳から、一切の「光」が消え失せたことにだ。
「あ、紹介するね。友達の佐藤さんと、その彼氏の……」
場を和ませようと精一杯の笑顔を作ったが、佐藤さんは僕の言葉を遮り、汚い言葉を吐き捨てた。
「あぁん? 誰がアンタの友達だって? 調子乗ってんじゃねーよ、ヘタレが。一緒の空気を吸ってるだけで吐き気がすんだよ。……また痛い目を見なきゃ分かんないのか?」
「まったくだ。俺の女に馴れ馴れしく話しかけてんじゃねえよ、ゴミが」
彼氏も拳をポキポキと鳴らし、僕を睨みつける。
「妙子、今日は俺にやらせろ。この『ドチビ』には、徹底的に身の程を教えてやる必要があるからな」
「ま、待ってよ……、友達が気に食わなければ、クラスメイトの………」
慌てて食い下がろうとする僕の肩を、冷たいほどに静かな手がポン、と叩いた。
「純君。もう、いいよ」
姉さんの声だ。甘い響きは消え失せ、底冷えするような重い響きに変わっている。
「紹介なんて必要ないわ。……分かったから。コイツらなんでしょ? 純君を理不尽にリンチして、病院送りにしかけたクズ共は」
姉さんの顔を見た瞬間、僕の背筋に氷柱を突き立てられたような戦慄が走った。
怒りに燃えている。いや、そんな生易しいものじゃない。姉さんの瞳の奥で、どす黒い「殺意」の炎が静かに揺らめいているんだ。
ま、まずい……! 麗奈姉さんがこの顔になったら、間違いなく血の雨が降る!
「ね、姉さん、落ち着いて! あれは、その……リンチだなんて、そんな大げさなもんじゃ……」
僕は必死に姉さんの腕に縋りついた。けれど、火に油を注いだのは、あろうことか死を目前にした当事者たちだった。
「ああん? 情けねえツラしてんじゃねーよ! あの程度の『根性入れ』をリンチだなんて、大げさに言ってんじゃねえぞ、コラ!」
佐藤さんが、嘲笑いながら姉さんを指差す。
追い打ちをかけるように、隣の彼氏も鼻で笑った。
「まったくだ! お前があんまりにもヘタレで情けねえから、俺たちが親切に根性を叩き直してやったんだろ。むしろ感謝してほしいくらいだぜ!」
「……っ!?」
僕が必死に場を収めようとしているのに、二人はこれ以上ないほど最悪な「燃料」を投下してしまった。
――一線を越えてしまった姉さんは、もう誰にも、たとえ僕にだって止めることなんてできない。
「だいたいテメェが、会長さんの誘いを断ったあげくに、あの方を侮辱して逆鱗に触れたのが悪いんじゃねえか」
「まったくよ。その前からアタシら『蝶野会』に、くだらねぇことでいちいち絡んできやがって。会長の命令がなくても、いずれアタシらがフルボッコにしてやるつもりだったんだよ。それが、会長のお墨付きで毎日ボコボコにできるようになって……ホント、最高の娯楽だわ!」
そう。僕にそんなつもりは全く無かったのだが、八神学園の現生徒会長にして、学園の実質的な支配者――蝶野銀子さんに、僕は「喧嘩を売ってしまった」ことになっていたのだ。
話は遡るが、三年前まで八神学園は県内トップの進学校であり、毎年都内の一流大学へ多くの合格者を輩出する名門だった。
しかし一昨年、現・生徒会長の蝶野銀子さんが入学して以来、そのブランドは地に落ちた。今やそこは、八〇年代の不良漫画も真っ青な、底辺校のような有様に成り果てている。
蝶野さんはこの地域の有力者の末娘として生まれ、文字通り「蝶よ花よ」と甘やかされて育った。その結果、極めて傲慢かつ苛烈な性格へと仕上がってしまったのである。
中学生の頃から父親の権力と財力を傘に着て、やりたい放題の学校生活。教室で堂々と喫煙しながら手下と麻雀に興じ、果ては酒盛りまでしていたという。
教師たちは父親がチラつかせる多額の寄付金の前に、すべてを見て見ぬふりで黙認するしかなかった。
一般生徒への理不尽なイジメや嫌がらせも日常茶飯事で、過去には耐えきれず自ら命を絶った生徒もいたらしい。
さらに厄介なのは、彼女が異常に頭が回ることだ。全く勉強せずとも成績は常にトップ。その明晰な頭脳を悪用し、警察の目が届かないよう徹底的に証拠を隠滅する狡猾さも備えていた。その知性を、もっと別のことに使えなかったのだろうか。
そんな怪物がそのまま八神学園に入学したのだから、一大事である。
入学早々、当時の生徒会長を「海外留学」という名目で追い出し、特例で会長の座を強奪。どこの独裁者かと言いたくなる暴挙を平然と行い、学園を自分専用の「城」兼「ハーレム」へと作り変えていったのだ。
何しろ彼女は、中学時代の手下たちを編入試験で堂々と不正合格させ、自分の私兵集団である『蝶野会』を組織したのだ。
もちろん、八神学園にも名門校としてのプライドはある。当初は理事長をはじめ、教師たちも彼女の無法を断じて許そうとはしなかった。有力者である父親の権力も、多額の寄付金という名の――ぶっちゃければ『賄賂』も、すべて突っぱねていたのだ。
しかし、前述の通り無駄に知恵の回る生徒会長は、金や権力が通じないならと、迷わず実力行使に訴えた。
彼女のハーレムグループで序列ナンバーワンの男――名は蛇沼厚。この男、実は県内最大の反社会的勢力の跡取り息子だったのである。
彼女たちの卑劣なところは、理事長や教師に直接手を出すのではなく、その『家族』を狙ったことだ。
外出中の妻子をバイクや車で執拗に煽り、あるいは「道を教えてほしいだけですよ」と嘯きながらつきまとう。そんな陰湿で精神的な暴力を繰り返したのだ。
自分への暴力なら警察に届けもできようが、愛する家族を盾に取られては、教育者たちも屈するしかなかった。
こうして学園の実権を完全に掌握した彼女は、子分やハーレム要員(中にはどう見ても二十歳を超えている『生徒』も混じっていた)を次々と編入させ、学園内をやりたい放題の無法地帯へと変えていった。
彼女に気に入られて『蝶野会』に入れば、それだけでクラスカーストの頂点だ。上納金の名目でカツアゲもし放題。気に入らない奴、逆らう奴は「指導」の名目でいくらでも暴力ふるうことができる。
裕福な家庭の子はさっさと転校していったが、家計に余裕のない生徒たちは、親に心配をかけまいと声を殺して耐えるしかなかった。
彼女が二年生、三年生と進級するにつれ、佐藤さんのような後輩たちが続々と入学し、いまや八神学園は名実ともに彼女の『帝国』と化していたのである。
僕も入学後にその惨状を知り、将来検事を目指す身として、そして何より姉さんと交わした「困っている人を見捨てない」という約束を守るため、学園の改革を志した。
まずは風紀委員会に入り、内側から正そうとしたのだが……委員会は完全に開店休業状態。「余計なことはするな! 彼女に睨まれたら僕たちまでとばっちりだぞ!」と先輩たちに泣きつかれる始末だった。
仕方なく、僕は一人で『風紀更生同好会』なる組織を勝手に立ち上げた。校内でカツアゲや暴力を見かけるたびに、「それは立派な暴行傷害罪ですよ。高校生なら、やっていいことの区別くらいつけましょう」と説得して回ったんだ。
最初は「変なチビがいる」程度の認識だったが、あまりにしつこい僕に、蝶野会の連中も牙を剥き始めた。
「いい加減にしろ、殺すぞ!」「偉そうな口は上納金を納めてから叩け!」
……やはり僕一人では何もできない。クラスメイトに協力を求めても、皆とばっちりを恐れて、後に親友となる一人を除いて誰も手を貸してはくれなかった。
思い余った僕は、元凶である生徒会長本人への直談判を決意した。僕も若さゆえの無知というか、どんな悪人でも誠意を持って話せば必ず解り合えるはずだ、なんて漫画の読みすぎなことを本気で考えていたんだ。
案の定、「ご挨拶を」と願い出て通された生徒会室で、会長の蝶野銀子さんは僕の話なんてこれっぽっちも聞いてくれなかった。
それどころか、僕の顔をじぃっと見つめて、とんでもないことを言い出したのだ。
「気に入ったわ! 貴方、私のハーレムに入りなさい。お小遣いならいくらでもあげるわよ♥」
なんだかんだいっても僕は姉さんが大好きだ。結婚するなら姉さん以外ありえない。
中途半端な態度は失礼だと思い、僕は誠意を込めて、最大限のハッキリとした拒絶を口にした。
「ごめんなさい、僕、将来結婚する人が決まっているんです。その人に比べたら、貴方はチンパンジーや赤毛ザルと五十歩百歩なので……。あいにく、猿と付き合う趣味はないんです」
……我ながら、よくもまあこんなことを言ったものだ。
当然、会長は激怒どころか、殺意の沸点を超えてしまった。
「可愛さ余って憎さ百倍」を地で行く彼女は、私兵のすべてに「徹底的に痛めつけろ」と命令を下した。
先ほど佐藤さんたちに入院一歩手前まで追い込まれたのも、まあ、そういう経緯だったりする。
「へぇ……。私の可愛い純君を傷つけたのは、お前らなのね。そんな鶏ガラみたいな貧相な体と、ドブネズミみたいな顔をして……。よくも純君の美しい肌に、汚い傷を刻んでくれたわね。そっちの牛ブタ野郎も、同罪なら万死に値するわ」
「ああん!? 今、なんて言いやがった……!」
姉さんが、二人が一番気にしているコンプレックスを平然と、しかも全力で踏み荒らした。
確かに佐藤さんは痩せすぎていて少し出っ歯だし、彼氏の方は柔道経験者らしいけれど、筋肉の上に脂肪が乗りすぎた牛のような体格だ。
……それを、本人の目の前ではっきり言っちゃうなんて!
だが、今の姉さんに何を言っても無駄だ。彼女の逆鱗に触れたが最後、この「処刑」は誰にも止められない。
「……まあ、いいわ。純君と同い年なら、一応は年下。その事実に免じて、一度だけ慈悲をあげる」
姉さんの声から、一切の温度が消えた。
「今すぐ土下座して、額をアスファルトに擦りつけて謝りなさい。二度と純君に近づかないと誓うなら、今日だけは『四肢』を残してあげてもいいわよ?」
「はぁー? 何言ってんの、このアマ。情けねえ奴! 高校生にもなってお姉ちゃんに泣きついて――そんなんだからイジメられ――」
佐藤さんが嘲笑いながら言葉を紡ごうとした、まさにその瞬間だった。
「――ブギャラッ……!? あ、アガ、アガガガ……ッ!!」
言葉の最後は、肉と骨が潰れる鈍い音にかき消された。
姉さんの怒りの右ストレート。
目にも止まらぬ速さで放たれた一撃が、喋っている最中の佐藤さんの顔面に真っ向から突き刺さったのだ。
バキリ、と嫌な音が響く。佐藤さんの鼻梁は文字通りペッチャンコにひしゃげ、鮮血が噴き出した。
「ああ……かわいそうに……」
あまりの激痛に、佐藤さんは地面にひっくり返り、鼻を押さえながら七転八倒している。
さっきまでの威勢はどこへやら。今はもう、泥水を啜りながら地を這う無様な虫にしか見えなかった。
「て、てめぇ……! オレの妙子に、女に何をっ!」
鼻を砕かれのたうち回る彼女を見て、彼氏が顔を真っ赤にして吠えた。けれど、姉さんは柳に風とばかりに、冷たい視線を投げ返す。
「あん? 何か文句あるの? あんたも純君をイジメたクズの一人でしょ。コイツは『女』だから、一応一度だけはチャンスをあげたわ。……まさか、女の私に向かって『女を殴るなんて最低だ』なんて、間抜けなことを言うつもりじゃないわよね?」
姉さんは、挑発するように唇の端を吊り上げた。
「これがあんた達への宣戦布告よ。文句があるなら、その生徒会長とやらをさっさとここに連れてきなさい。あんた達が得意な『暴力』で、いくらでも相手をしてあげるから。……ねえ、聞いてるの? このフニャ○ン野郎」
こうして、姉さんと僕の「学園の自由」を賭けた戦争の火蓋が、あまりにも鮮血に染まった形で切って落とされたのである。




