第1話 謎の失踪した僕の義姉(婚約者?)が美しい最強の獣として帰ってきた!
「純君っ! 純君、純君、純君……ッ!!」
地響きのような咆哮と共に、三年間日本を離れていた僕の義姉――もとい、自称婚約者の姉さんが、闘牛も真っ青の勢いで突撃してきた。
「あぃだがったぁぁあああああ――っ!! あぃだがったぁぁあああああ――っ!!」
鼓膜が破裂しそうな絶叫。それと同時に、絞首刑の執行かと思うほどの膂力で抱きしめられる。
「ごふっ……!? 姉、さ……死、死ぬ……っ!」
「あぁぁ、純君の匂い! 純君の感触! もう絶対に離さない、二度と離さないからぁぁぁ!!」
姉さん、三年ぶりなのに全く変わっていない。窒息寸前なのに変な感心をしてしまう。
あ、自己紹介が遅れましたね。
僕は鬼龍純。将来は検事を目指していることと、古い漫画の初版本をコレクションしていること以外、これといって特徴のない普通の高校1年生……のはずです。
まあ、高校生にもなって身長が155cmしかないチビなのと、女の子(自覚はないけれどアイドル級らしいです)みたいな顔立ちがコンプレックスではありますが。
そんな僕には、自他共に認める超ブラコンの義姉がいた。
小学1年生の時、父さんに「新しいお母さんとお姉さんができるぞ」と突然告げられ、レストランで初顔合わせをしたあの日。
姉さんは僕に一目惚れしたと言って、その場で結婚を申し込んできたほどなのだから。
その後、姉さんとは家族として、そして未来の婚約者(?)として、仲良く苦楽を共にしてきた。
けれど、姉さんが中学生になった頃、その日常に異変が起き始めたんだ。
最初は、ちょっと力加減を間違えただけで、箸やコップを壊してしまうくらいだった。それが次第に、規模がドンドン異常になっていった。
元々、姉さんは運動神経が抜群に良くて、近所の格闘技ジムでも同世代では敵なしだった。それがいつしか、高校生はおろか、現役の格闘家選手すらワンパンでダウンさせるようになり……学校のスポーツテストでは、男子の世界記録すら霞むような記録叩き出す異常な身体能力を見せつけるようになった。
(もちろん、表向きは「計器の故障」や「測定員の操作ミス」ということになった。そうでなきゃ、女子中学生が100mを9秒00で走れるはずがない)。
そして決定的だったのは、道路で子犬がトラックに轢かれそうになった、あの日だ。
姉さんは咄嗟に飛び出し、走行中のトラックを、体一つで完全に静止させてみせた。
この一件も表向きは「トラックの急ブレーキがギリギリ間に合った」と処理されたけれど、それ以来、姉さんは自分の部屋にこもってしまった。最愛の僕の呼びかけにさえ、応えてくれなくなってしまったんだ。
そしてついに、姉さんは僕たちの前から姿を消した。
両親に宛てた置き手紙には、「自分の意思で家を出ること」「信頼できる女性のもとで、この異常な力の制御を学ぶこと」が記されていた。
眠っていた僕の唇に、温かく柔らかい感触と、切ない囁きを残して……。
「純君……私のこと、忘れないでね……」
当然、両親はパニックになった。警察への捜索願はもちろん、「仕事を辞めてでも捜し出す!」と息巻いていた。けれどそんな我が家に、とんでもない来客が現れたんだ。
……現職の、日本国内閣総理大臣。その人だった。
総理の話は衝撃的だった。
姉さんは、三十年ほど前から全世界でわずか十数人だけ確認されている『超人体質』――文字通り、超人的な力を持つ人間だという。
DNAなどは普通の人間と変わらないが、下手に公表すれば中世の魔女狩りのような騒動になりかねないため、存在は国家機密として伏せられている……そんな驚愕の事実を、他言無用の条件で教えてくれた。
(後で父さんたちのスマホには、監視用のアプリを入れられることになったけれど)。
姉さんは今、全世界の超人体質たちが師匠と仰ぐ『Ms.J』という女性のもとで、力の制御を学んでいるという。
「Ms.Jは全世界から信頼されている人物です。日本政府が責任を持って、お嬢様をお預かりすることを約束します。どうか、彼女の意思を尊重してやってください」
一国の総理大臣にそう言われて頭を下げられては、両親も信じないわけにはいかなかった。
実際、月に一度は姉さんから手紙が届くようになり、僕たちもようやく少しだけ安心できるようになったんだ。
実は両親には内緒だが、僕のもとには毎月一枚のSDカードが送られてきていた。
両親が寝静まってから再生すると、そこには姉さんの過酷な修行風景が収められていたんだ。……あまりに過激なその内容は、とても両親には見せられないと僕の胸の内にしまうことにした。
何しろ、某国民的バトル漫画も真っ青な修行ばかりなのだ。
百キロはありそうな大荷物を背負ったまま、道具も使わず素手で断崖絶壁を登ったり、底なし沼に浮かぶ蓮の葉の上を超高速で走り抜けたり……。姉さんの異常な力を自分の目で見ていなければ、最新のCGだと断定して、信じなかったろう。
けれど、姉さんはどんなに苦しくても決して弱音を吐かなかった。
師匠のMs.J――驚くほど美人の中年の白人女性は厳しかったが、その叱咤は常に姉さんの覚悟を問うものだった。僕も姉さんと一緒に英会話教室に通っていたから、簡単な英語なら聞き取れた。彼女はいつも、僕のことを引き合いに出していた。
「弟を守りたいんじゃなかったのかい? そんな半端な覚悟ならさっさと日本へ帰りな。そしてその制御できない力で弟をハグして、天国へ送ってやりなよ」
「オリンピックで金メダルでも取りたいなら勝手にしな。最初は人類最高の栄誉に酔いしれるだろうさ。でもその次は、世界中から不気味なミュータント扱いだ。ある日家族を人質に取られて、一生研究所でモルモット。あんたの弟も、良くて一生軟禁生活だね。あんたの覚悟はその程度かい?」
Ms.Jは、そうやって姉さんの心身を徹底的に追い込んでいた。
姉さんが僕のためにこれほどの苦労をしているのに、自分には何もできない。映像を見ながら、何度悔しさと情けなさで涙を流したか分からない。
そして僕も決心した。姉さんのように一度決めたことは決して投げ出さないこと。自分の愛する人を守れる強さを持つことを。
おかげで「検事になる」という目標も明確になり、勉強に励むようになった。姉さんと通っていた格闘技ジムも続け、少しは実力がついてきたという自負もある。
なにしろ、送られてくる動画の中の姉さんは、どんどん過激さを増していた。
どうやら欧米の闇格闘技にも参戦し始めたらしく、素人に毛生えた僕から見ても「化け物」としか思えない猛者達と拳を交える日々。
けれど、姉さんの成長は底なしだった。
最初はリングに上がった以上、女子供でも容赦しない闇格闘技の洗礼に、動きの硬かった姉さんも、乾いた砂が水を吸うように技術と戦略を吸収。いつしか屈強な男性選手をワンパンで沈めるまでになっていた。
時には明らかな反則を仕掛ける選手や、武器を持ち出す輩、審判とグルになって姉さんを陥れようとする者もいた。そんな奴らを相手に、姉さんは日本にいた頃には想像もできないほど汚い――いわゆる「Fワード」を連発して挑発し、激高して襲いかかる主催者や観客達までまとめて返り討ちにしていた。
わが姉ながら、凄まじい猛者に変貌してしまった。
だが、相手も裏の人間だ。正攻法で勝てないと悟るや否や、銃を取り出した。
いくらなんでも銃には勝てない……! と僕が青ざめたのも束の間。姉さんとMs.Jは、銃を持った連中すら素手で叩き伏せたのだ。最初は流石に何かの映画の撮影シーンかCGだと思ったよ!けど、映像を何度もスローで確認したが、姉さんは放たれた弾丸をオープンフィンガーグローブの拳ですべて叩き落としていた!
師匠のMs.Jに至っては、
「Cut it out, you idiots!(やめな、このバカどもが!)」
という大声だけで、荒くれ者たちを戦意喪失させていた。
だんだんと僕の感覚も麻痺してきた。
中東やアフリカの紛争地帯で、姉さんと師匠がテロリストのアジトにカチコミをかけ、丸腰で一網打尽にしている映像を見ても、「姉さん、今日も元気そうだな」「左ジャブのキレがまた上がったな」なんて感想しか湧かなくなっていた。
そうこうしている内に、僕も高校生。進学校として有名な八神学園に無事入学できたのは良かったが、今の学園は、一介の生徒に過ぎない僕には荷が重すぎる事態が進行中だった。
どうしたものかと悩みながらの下校途中。僕は路地裏で、いわゆる「カツアゲ」の現場に遭遇してしまった。
かつての僕なら「君子危うきに近寄らず」で見て見ぬふりをしただろう。けれど、姉さんと約束したんだ。困っている人を見捨てない、将来検事になる身として犯罪を黙認しないと。
「テメェ! ドチビの女みてぇなツラのクセに、余計なことしやがって! おかげで獲物が逃げちまったじゃねえか!」
不良の蹴りが僕のボディに突き刺さる。……が、うまく威力を逃がして派手に吹っ飛び、大げさに痛がってみせる。やれやれ、これくらいで勘弁してくれないかな。
被害者を逃がすことには成功したけれど、僕自身が逃げ遅れてしまい、今は不良たちの腹いせに付き合っている最中だ。
相手は三人。どう見ても格闘技経験のない素人同然の連中だ。その気になればまとめて叩き伏せられるけれど、正当防衛とはいえ高校生が暴力を振るうのも格好悪い。
そのうち飽きて去っていくだろう――そう思っていたのだが、彼らはよほど腹に据えかねたのか、なかなか解放してくれない。
……仕方ない。少しだけ懲らしめてやるか。
そう決意した、その時だった。
何年も動画の中でしか聞けなかった、最愛の人の声が、女神の神託のように耳に届いた。
「コラコラ。三人で一人をいじめるなんて格好悪いぞ。しかもこんなに小さくて可愛い子を。男ならタイマンで勝負をつけなさい!」
間違いない。この凛とした声。ぼ、僕の……姉さんだ!
「ね、姉さん……姉さん、姉さん……ッ!!」
感極まって、泣きながらその名を呼ぶことしかできなくなった僕。
「う、嘘……じゅ、純君? 純君なの!?」
その途端だ。姉さんは冒頭のように猛獣の勢いで突っ込んできて、僕を失神寸前の抱擁でKOしにかかってきた。
……まあ、久しぶりの姉さんの香りと、随分ふくよかになった胸元の感触を楽しみながら意識を飛ばすのも悪くないかな。そんなことを考えてしまうあたり、僕も男なんだと自覚する。
こうして、僕と自称婚約者の義姉さんとの波乱万丈な高校生活は、幕を開けるのであった。
(追伸:僕を痛めつけていた不良たちは、呆気にとられてすごすごと退散していった。……良かったよ。でなきゃ、姉さんは帰国早々、殺人犯になるところだった。あの三人も運良く命を拾ったんだ。一生分の幸運を使い果たしたと思って、これからは真面目に生きてほしいものだね)




