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二話 彼の選択(15)

*** 小林視点 ***


――本当に勘弁して欲しい……。


作業机に突っ伏して、両手で頭を掻きむしる。


「明、大丈夫?」


今はすっかり人の姿に慣れた『かにお』が、僕の心配をして頭痛薬と水を持ってきた。


「ちょうど頭痛が酷くなってきたところだった、助かった。ありがとう」

「いいよー」


少年の面持ちの『かにお』が朗らかに笑う。


「今の状況を教えて欲しい」


生憎、デスクには自分と『かにお』しかいない。鈴木達は先に会議室に行ったのだろう。


「クラゲ型外的生命体は現在、高度100メートル付近を通過中。100体程度は街に降りてきてるけど、本格的に襲ってきそうな様子はないかな。この施設にも数体接近しているけど、攻撃してくる様子はないよ」

「そうか……」


ひとまず安心して、大きな息が出た。


「……やっぱり市民的には寝ることが最大の防御みたいだな」

「みたいだねぇ」


ゆるーく、ほんわかと『かにお』が答えてくる。

その緩さが可愛くて頭を撫でると、嬉しそうに満面の笑みになる。可愛い。うん、癒される。


ズキズキする頭を押さえながら、冷たくなった珈琲を啜る。

パソコンを開いて中継カメラを表示した。昨晩はまともに寝れず、本当は寝てしまいたかったが、今しかできないことがある。


――さて、実験はどうなってるかな?


P太郎が操作しているドローンの映像が画面に映る。

画面に映る景色はどれも歪みに歪んで、まともなところは存在しない。つまり、画面いっぱいの範囲にクラゲがいるということだ。


『ギュン』


急に画面が回転し、暗転する。


「クラゲに敵対されたみたいだねー」

「そうみたいだな」


のろのろと接続先を変更する。疲労と義姉のストレスからか、指先が思うように動かなくなってきた。


「どこまで実験したか分からないから、やっぱり皆のところ行くかー」

「うん、そうだね。荷物持つよ」


そう言って優しい『かにお』はパソコンとペットボトルを運んでくれる。マウスだけは自分のポケットに入れて会議室に向かった。


「あ、お疲れ様ですー」

「大変でしたね」


鈴木さんを始めとするメンバーに次々と労われる。

苦笑いしながら「すみません、お騒がせしました」と謝罪した。


「進捗はどうですか?」

「噂通り、脳みそや核の類がないのは分かりました。あと霧や雨の類も忌避するのは確認できました」

「個体同士の共有方法は不明ですが、装置やドローンが出てくると攻撃してくるようにもなりましたね」

「なんか、やっぱり今の地球文明では検証できない領域の生物みたいですね……」


私が苦笑いすると、鈴木さんの相棒の猫、ユキちゃんが尻尾を揺らしながら口を開いた。


「どちらかというと、茜さんの霊視――情報構造体でしょうね」

「生き物の感情を検知し、生き物の魂――情報構造体を喰らう……確かにそうでしょうね……」

「それにしても、睡眠が退避策になって良かったですね」

「本当ですよ。一般市民の唯一の望みになる」


そう、今回で市民が隠れるための方法が検証できたのは大きな進歩だ。

人口一万人にも満たない街だが、クラゲは街の真上を通過した。

それでも被害は一割にも満たない。

これは驚異的な情報だろう。


皆で小さくガッツポーズを決める。


現在、この施設内で起きている人間は10人にも満たない。機械的生命体は除いているが、施設にいるほとんどの人間は睡眠導入剤により眠ってもらっている。

街にも経緯を説明して、それなりの睡眠導入剤を配布した。


危険生物がいるのに眠るという恐怖はあるが、死ぬよりはましだろう――それに、死ぬとしても意識がない間の方が幸せかもしれない。


「――はぁ」


ため息が漏れた。義姉の騒動を思い出したからだ。


「深いため息ですねぇ」


佐々木さんが笑う。


「もうね、義姉の件でストレスと疲労がピークになりまして、こんな大事な場面なのに……」


P太郎は私たちの会話をものともせず、集中して実験を繰り返している。元の相棒――山下さんが不在でも健気に頑張る姿は、人の親観点で涙腺に来るので困る。


ツーンとして目頭を押さえる。


「どうしたんですか小林さん?」

「もう、ダメだ……僕は、もうダメだ……」

「ちょっと寝てきていいですよ?」

「それも、ダメだ……」

「ちょっと、『かにお』とリリアンちゃん、小林さんそこに転がしといてくれる?」

「いや、僕は寝ないから……」

「ハーイ、小林さん、運ぶねー」

「明、限界でしょー? 抵抗しないでねー」

「寝ない、寝ないから」


抵抗するも、それ以上の力でリリアンちゃんと『かにお』に持ち上げられ、並べた椅子の上に寝かされる――『かにお』、お前、小さいのに力が強すぎるぞ……。


「はい、ちょっと目を閉じてみてね――」


『かにお』に目を隠されると、僕は十秒も持たないうちに撃沈した。



「――痛たっ」


意識が戻ると身体中が痛かった。起き上がると椅子の上だ。


――『かにお』達に無理矢理、椅子に寝かされてたな……。


変な場所で寝たせいで身体中が痛い。しかし、頭はかなりスッキリしていた。見ると、他のメンバーも人間は撃沈して椅子で寝ている。


作業していた『かにお』と目が合った。


「おはよう、明」

「おはよう、『かにお』。現在の状況教えて」

「いいよー。明が寝てから14時間が経過して、現在午前7時だよ。こちらは街の被害は人口の一割以下で一旦終了。今度は東京の侵攻が始まってて、もうほぼ壊滅状態。他の人間のメンバーは体力の限界だったから、実験が終わり次第眠ってもらったよー」

「そうか……」


緩い『かにお』の言葉に、重い内容がずっしりと身体にのしかかってきた。


――そうか、とうとう東京が落ちるか……。

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