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二話 彼の選択(14)

*** 淑華視点 ***


アルバイト中、廊下の方が騒がしかった。


――朝の人達が騒いでるのかな?


騒がしいということは、施設側に拒否されたのだろう。


――まぁ、命かかってるから、どちらの気持ちもわかる……。


こうやって騒いでいる間にも、名古屋はどんどん攻め落とされているのだろう。暗い気持ちで今日は味噌汁の人参を切り刻む。


厨房の皆もずっとソワソワしている。侵攻が進んでいるせいもあるけど、恐らく朝の件もあるだろう。


――ここにいるってことは、賛成しなかったのかな?


何となく気まずくなりそうなので、聞くに聞けないままアルバイトが終わる。

ロッカーで着替えていると、廊下の声が聞こえてきた。ロッカー室に入る前に廊下で見た男性と、私に聞いてきた女性の声だ。井上さん達女性陣一同で耳を大きくして聞く。


「だから何度も言うけど、ここの本来の目的はできるだけ多くの人を保護することじゃない。『ここの施設』の関係者だけを保護することなんです」


普段は穏やかそうな声の男性に苛立ちが目立っていた。


「選ばれた人間だけが助けられるなんて不平等よ!」

「もうそう思いたいなら思ってくれていいですよ。結局義姉さんは、綺麗事を言うことで自分のご両親をここに入れたいだけですよね?」

「……なによ、その偏見は! 失礼ね!」

「失礼でもなんでもいいです。義姉さんが他の人もけしかけたせいで、忙しい施設のスタッフに説明責任が発生して余計な仕事が増えたんです――このクソ忙しい時に」


男性の声に疲労と恨みが滲み出ているのがわかる。


「あなた達スタッフは他のもっといいエリアにいるんでしょ? 威張ってないでしっかり働けばいいのよ」


「はぁ」と男性の深いため息がドア越しでも聞こえた。


「僕らスタッフは寝る間も惜しんで働いています――兄貴がめちゃくちゃお願いしてきたから、あなた達もシェルターに呼びましたが、やっぱりやめておけば良かったです。本来は一スタッフにつき、一から二世帯なんですよ」

「そうやって、権力を見せつける気?」

「そう思うならそう思ってもらっていいですよ」

「ちょっと、まだ話は終わってないから!」

「すみません、徹夜明けで疲れてるんです。この話はお終いで。もう二度と他の人をけしかけて罪悪感を持たせないでください。さっきも説明しましたが、街の人をできるだけ助ける方法は僕らも考えています。でも、このシェルターに入れることはできません。誰も責任をとれないからです。以上」

「待ちなさいって!」

「嫌です」


そう口早に言って、何かを喚く女性を振り払いながら足音が遠くに消えていった。


皆で顔を合わせる。


「なんか……凄い会話聞いちゃったね」

「ですねぇ……」


その日の夕方から、施設の照明が暖色に変わり、館内全体にさざなみ音が流れるようになった。

館内のWiFiもオフになり、通信が遮断される。


夕食直前に館内放送が流れた。


『明日から明後日の二日間は、通達があった職種の活動を中止します。食事、排泄等の最低限の活動を除き、睡眠推奨日とします。それに伴い、館内のWiFiは切断されますのでご了承ください』


私も含め、家族全員のアルバイトは休みの通達が入っていた。


――いよいよだ。


茜から来ていた情報を思い出す。


クラゲは感情を検知する。


――クラゲは感情に反応するから、できるだけ寝かせて、襲われる可能性を減らしてる……?


恐怖は爆発的な感情だ。施設はこの恐怖が館内に広がることを恐れているんだと何となく分かった。


「皆どうなったかな?」


夕食後、康生が静かに口を開いた。皆は友達の事だろう。


「名古屋ももう陥落してるだろうしね……無事だといいね」


康生がグッと顎に力を入れる。泣くのを我慢しているんだろう。地元は三重県なのでそろそろ危険域は出た頃だけど、地方の情報はなかなか上がってこない上に通信手段が今はない。


――白龍、どうか、皆を護って……。


神社の御守りを握りしめながら母と祈っていると、急に眠気がやってきた。照明やさざ波の音の効果が凄い。

それは皆も同じらしく、歯磨きをする前に皆寝落ちてしまった。


「――っ?!」


――遅刻!!


淡い眠りから、急に覚醒する。


――あ、今日は休みだった。


時計を確認する。

10時。

かなり寝過ごしているが、父も母も幸成も康生もまだぐっすり眠っている。


お腹が空いてきたので一足先に配給所で食事を購入する。

今日はお茶とおにぎりだった。梅、おかか、ツナマヨ、塩むすびの中から二つ選べたので梅とツナマヨを選ぶ。

今朝はいつもの販売員さんではなく、施設のスタッフが担当しているようだった。


照明は昨日のまま、暖色系の薄暗い照明、音響もさざなみ音……本当に外でクラゲによる侵攻が始まっていると感じない、ゆったりとした空間……。


「外ってどうなってます?」


販売している人に聞いてみる。


「実は僕たちも知らないんです。今日と明日はのんびりしててください」


笑顔で返される言葉が何となく怖かったけど、深追いするまいと思った。


朝食を食べるとまた、眠くなってきた。

欲望のままに、また眠りに落ちていく。


――どうか、皆無事で……。

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