二話 彼の選択(12)
*** 淑華視点 ***
シェルター生活を満喫し始めて数日後、とうとう沖縄への侵攻が始まった。壊滅状態に陥ったと速報が流れるのに一日もかからなかった。
その後も侵攻は止まらない。
中国では上海、韓国では釜山と、クラゲは着実に日本へ近づいていた。
恐怖に震え眠れない夜を過ごし、翌日には早朝から無心で大量の野菜を下ごしらえする。
「無理してない?」
笑いながら確認してくる幸成に、相変わらず鋭いなと思った。大人しく頷く。朝から私が下ごしらえした豚汁が胃に染みる。
「でも、何かしてないと怖くて無理」
「少なくとも俺たちはシェルターにいるから地上よりは安全だろ?」
「それは分かってんだけど、怖いもんは怖いよ」
「お母さんビビりだもんな」
「うるさーい。あんたもだろ」
康生のおでこを指で弾くと、康生は笑った。
「そういえば、由香里さん全然戻ってこないねー」
「そうね、初日にいろいろ説明して以来会えてないね……」
「部屋の鍵まで渡してくれてるから、あんまりここに戻る暇もないくらい忙しいんじゃないか?」
「由香里さんのご飯、美味かった……」
康生の呟きに皆が笑うが、私は再びデコピンを食らわせる。
「痛った! さっきより強ぇ!」
「お黙りなさい!」
「康生はお母さんの料理にもっと感謝よー」
母が窘めるように笑った。
さらに二週間ほど過ぎたころ、とうとうクラゲが福岡への侵攻を開始した。
流石にその日は皆上の空で仕事をしていた。
元々の職種が調理関係の村瀬さんも上の空で、珍しく包丁で指を切ってしまっていた。思った以上に血が出ていて、思わず全員で慌ててしまった。
「日本の自衛隊でも止められなかったか……」
休憩中、救護室から戻ってきた村瀬さんが肩を落としながら呟いた。
「福岡も一日持ちませんでしたね……」
「まさか、こんなにクラゲが恐ろしいやつらとは……息子やここに連れてきてくれた人に感謝してるよ」
「私も連れてきてもらった側ですが感謝してます。正直、ここでもこんなに怖いのに、地上だったらどんなに怖かったことか……」
シェルターに避難できなかった人々には申し訳ないけど、シェルターに避難できるきっかけをくれた茜には感謝してもしきれない。
「ちょっと、別保さーん、これ見てくださいよー」
スマートフォンを持って井上さんがニヨニヨしながら私の隣にやってきた。
スマートフォンを覗くと、SNSの動画が開かれていた。
画面を見た瞬間、思わずコーヒーを吹きそうになった。
白衣を着た男女と小学生くらいの男女が一人ずつ、もう一人幼児の女の子も写っている。皆マスクとゴーグルを着けているけど……
――ん?! 守山家?!
出演者がどう見ても守山家にしか見えなかった。
「どうしたんですかー?」
「あ、いや、何でもないよ!」
「この動画面白くてー」
動画が再生されると、QPの三分クッキングの音が鳴り始める。キャプションで英語と日本語で
クラゲの美味しい食べ方
と表示された。女性が口を開く。やはり茜なのか、声が茜の声だった。
『本日は外的生命体、クラゲの美味しい召し上がり方をご紹介したいと思います』
軽快なリズムでレシピが表示される。
どうやらボウルに入っている白濁のドロドロがクラゲの死骸らしい。家族五人が順番に喋り始める。
『クラゲは無味無臭です。甘味としても、おかずとして使うのも良いでしょう』
『今回は甘味としてアレンジしていきたいと思います』
『まずゴミが付着している可能性があるので、表面に水をかけ、そのまま流します』
『水を入れた状態で混ぜると水と混ざるので、表面だけなでるように洗ってください』
『洗って、じゃーします』
『黄色がかったものはクラゲではないので、使わないようにしてください』
――それって、人間の成れの果てのことかな?!
『砂糖と一緒にすり鉢に入れて、すってツブツブをなくし、器に入れます』
『そして砂糖ときな粉を混ぜたものを、すって滑らかにしたクラゲにかけて、出来上がりです!』
『お好みで黒蜜をかけても美味しいですよ』
『かなりやわらかい、くず餅のような食べごたえです!』
『おいしいよ!』
家族五人でマスクを外して美味しそうに食べ始める――いや、やっぱり守山家だわ、何してんの?
そして最後にMENMAという忍者漫画の木陰ちゃんにすごく似た人が、一口食べて『美味しい!』とサムズアップしているカットが入り、『日本最高!』の文字が出て終わりである。
一緒に見ていた村瀬さんは呆気にとられたように口を開いたまま固まってしまった。
「ヤバくないですか?」
爆笑しながら井上さんが楽しそうに揺れる。
「……うん、ヤバい」
私は苦笑いしながらスマートフォンを取り出して、井上さんから動画のリンクを送ってもらった。
発信元は海外の人で、大変拡散されているらしい――笑ったわ。




