二話 彼の選択(7)
悟と目が合う。
悟も同じ考えらしい。悟は一つ頷くと口を開いた。
「クラゲは、情報構造体の揺らぎを検知する」
「揺らぎ――?」
ミライは首を傾げたが、すぐに理解したのか一つ頷いた。
「感情を食べるということだね。納得した。読経してる人も、植物状態の人も感情の起伏――つまり情報構造体の揺らぎがなかった。だから、捕食しなかった」
――流石ミライ。理解が早い。
「だから、クラゲは地球生物の五感を使わずに、霊感に近いもので捕食対象を捕捉しているんだと思う」
「じゃあ、クラゲが食べてるのも本来は魂だけで、肉体の方は副次的に分解されてる可能性もあるんじゃない?」
ミライの言葉に鳥肌が立った。両腕をひっそりと摩る。
「いや、理不尽。凄く理不尽」
悟が乾いた声で笑う。
「でも、助かる方法が見えてきた」
「感情を殺して無になる――殺されかけてる現場なら特に無理じゃない?」
「僕ら機械的生命体ならいけそうだけど……まぁ、特に人類には厳しいかも」
「無我の境地か……一部の人は助かりそうだけど……」
――目の前で自分を食べようとしているクラゲが浮遊している。その中で無になる……無理じゃない? 無理無理。
「それにしても、皮肉だよね。クラゲが感情に反応するなら、恐怖している人ほど狙われやすくなるんだから」
「浮遊霊を食べないのも納得。肉体がないと捕食できない可能性もあるけど、感情が一定で保持されてる霊体は捕捉できないね」
「そう考えると、感情がない機械的生命体も無事だし、周りの状況を理解していない動物が無事なのも納得できる」
「とりあえず、クロウリーさんに報告しよう。これは重要な情報だ」
「うん、急ごう」
クロウリーさん伝でケラーさんにまでこの報告が行くと、私たちの名前プラスケラーさんたちの連名で、まずはアメリカに共有されることになった。日本には私たちが鈴木さんや小林さんに共有した。
「オカルト的な話もあるので、どこまで信じてもらえるか分かりませんが……」
「大丈夫ですよ」
クロウリーさんが僅かに口角を上げる。
「ミラ島の研究者の名前は一部界隈では有名なので」
つまり、連名で出したのはそういうことなのだろう。
しかし、クラゲの捕捉基準が分かった翌日、クラゲが中国の広州に侵攻を始めてから、フェーズが変わった。
「――流石中国」
思わず言葉が漏れた。
SNSで拡散された動画は、中国軍が圧倒的武力でクラゲを圧倒しているものだった。
大量の機械的生命体兵を投下し、巨大タービンを使用した戦闘でクラゲを撹乱していた。
動画を覗いた悟も呟く。
「やっぱり、風圧には弱いね」
「ヘリコプターでも攻撃になるとは……」
ヘリコプターのダウンウォッシュを利用して攻撃するのは感心した。ついでにブレードでもクラゲを切り裂いている。
「ただ切り裂くだけだと復元されるけど、ヘリコプターのブレードとかで八つ裂きにされて吹き飛ばされると死ぬみたいだね」
動画の地面に広がる大量の白濁スラリーを、歩きにくそうに移動する歩兵たち。時折足元を掬われて転倒している。建物にも大量の白濁スラリーがへばりついている。
――これは掃除が大変そう。
バクテリアも分解しないスラリーの破棄方法は、今後の環境問題にも繋がりそうだ。
――プラスチックの半固形液体が散らばってるようなもんだよね、これ……?
――食べたらお腹壊しそう……。
――ん? 待てよ?
画像を止めてクラゲのスラリーを見る。
――寒天的な感じでもしかしたら、いけません?
――ダメですかね? 蒟蒻的ポジションでもいいと思うんですけど……。
急に、最近は食べていなかった寒天や蒟蒻を思い出して生唾を飲み込んでいると、悟が訝しげに私を見てきた。
「何考えてるの?」
「――いや、食べられないかなって?」
「こいつら、人間食べてるのに?」
ミライが少し――いや、結構ドン引きした表情で言ってきた。
「こんなにスラリーだらけだよ? バクテリア分解してくれないから、産業廃棄物的な感じだよ? どうにかしないといけないじゃん?」
「まぁ、蒟蒻的なポジションなら、いけなくもないのか……?」
「待ってお父さん、お父さんまでそっちにいかないで。まずは人類が生き残らないといけないからね?」
ミライが悟の腕を掴み、ゆさゆさと揺さぶる。
「これだけ侵攻されると食料問題にも繋がる。食べられた方が都合がいい」
「待ってお父さん、さっきも言ったけど、こいつら人間食べてるからね?」
ずっとドン引きしているミライの顔が、いっそ面白くなってくる。
「でも、食料無くなったら困るよ?」
「人間食べてるけどいいの?」
私は肩を竦めてみせる。
「肉体的には全く残ってないからね。でも、ミライのドン引く気持ちも分かるから、あくまで食料が無くなった時の非常食的なポジションかな。毒があるか、食べられるかもそもそもまだ分かってないし」
ミラ島に来てから日本食が恋しい。
おでんの蒟蒻が食べたくなってきたところで、私のお腹がぐぅと鳴り響いた。




