二話 彼の選択(4)
インドへの侵攻が始まったとニュースが出回ってから、デリーとムンバイの都市機能がほぼ壊滅したと速報があるまで、二日もかからなかった。それ以降は、一日に一つから二つの都市が都市機能を壊滅させられたというニュースが毎日流れている。
「本隊が約15万ずつの二部隊に別れて、ラクナウ、コルカタ、プネ、ハイデラバード及びその近郊……人口密度が高い所が狙われてる」
「効率よく捕食するためだろうね」
大方、都市の六から八割の人間を捕食した後に次の都市に移動しているようだ。
「自宅に立て籠もっていた人は生存確率が高い、けど大型施設みたいな大きい空間がある場所はダメ……」
「僕らのいるような地下はかなり安全だね。想定通りだ」
「地上でも、自宅で窓際や出入口周辺に行かなければ生存できる可能性は飛躍的に上がりそうだ」
私は頷く。以前ほどの絶望感はなくなっていた。頬が少し紅潮するのを感じる。
――良かった。朋里のお友達も生存率が上がる……。
しかし、改めてクラゲが通過した後の風景を見て、血の気が引いていく。
「……惨い」
「そうだね……」
悟がゆっくりと頷いた。
街の建物自体に大きな破壊はあまりない。基本的に窓や車輌が破壊されている程度で、ビル等に大きな欠損はない。
破壊された車と窓、辺りに散らばるガラス片、そして散乱する衣服と武器と半透明のゼリーのようなもの……それが侵攻された街の風景だった。
「暴動が起きたあと、いきなり人だけが消えたみたい……」
「実際は落ちてるスラリーが人だからね、かなりグロテスクだよ。死体がまともに残らないのは、生き残った遺族としては辛いものがあるだろうね」
「DNAも破壊されてるから、スラリー調べても人が特定できない。落ちてる衣服だけが頼りだよ」
――そもそもこんなに大勢死ぬと、特定作業にすら入れない……。
心の中に暗い気持ちが広がる。悟が私の気持ちを打ち消すように明るい声を上げた。
「とりあえず、小林さんたちにこちらで分析した結果を伝えておこう! 向こうの方がよく分析してるかもしれないから、逆に教えてもらう形になるかもしれないけど」
「日本の安全が少しでも高くなるようにしていこう」と悟は笑いかけてきた。
「うん、そうだね、そうしよう!」
『キャー!!』
ミライが見ていたタブレットから悲鳴が響く。テレビのニュース番組の実況動画らしい。レポーターの女性が空中に浮かんでいた。
空間の歪みとして現れるクラゲが、レポーターを口に含んだ所で、カメラも宙に浮いた。他にもあちこちから悲鳴が上がったところで、カメラが液体状の何かに包み込まれて映像が途切れた。
画面がスタジオに切り替わると、アナウンサーが顔を真っ青にしている。
「今SNSで話題の動画。インドのニュース番組のやつだって」
他にも海外の人のコメント付きで見せてくれた――コメントは英語は多少わかるけど、英語以外の言語はさっぱりわからなかった。
とりあえず、世界中でパニックになっていることは分かった。
「カメラ越しとはいえ、目の前に来てても気付けないって、ステルス性能高すぎじゃない?」
「一応空間の歪みとしては視認できるけど、意識してないと気付けないのは危険だね」
「海にいるクラゲに本当に似てるね」
「触手触るとダメなのも同じだね……デカさは違いすぎるけど」
「でも海のクラゲは切り裂けばいいからね。アイツらは切り裂いても復元する」
「液体状だから、物理攻撃が効きにくいのは卑怯だよね」
「しかも火も効かない。でも雨は嫌い……風には弱い」
この特性は、アイツらの飛行原理によるものだろう……。
――アイツらに人格はあるんだろうか? どちらかと言うと、虫寄り? 仲間との連携はどう取っているんだろう。斥候がいる以上、何かあるはず……。
「そもそも、浮遊原理がわからない。それさえ解れば、弱点を導き出せるかも」
悟の言葉に頭を捻る。
「確かに、軽自動車くらいの大きさがあるのに、普通に浮いてるし、なんなら車くらいのスピードで飛んでるよね」
「……仮説だけど、何らかの方法で空気を液体に近い状態にしているのかもしれない。空気を液体として扱えるなら、本来のクラゲのような動きでも納得ができる」
「空気を液体化か……全然方法が分からない。それなら宇宙も移動できなくない?」
「場を纏ってると考えたら、いけるよ。むしろ、その過程なら宇宙の方が移動しやすい」
「なるほど……」と悟が瞳に光を宿す。
「それなら、雨を避けるのも納得がいく。雨は気相を液相にするから」
「じゃあ、広い場所ならスプリンクラー回すとかいいんじゃない?」
「あとは、兵器にするなら巨大なウォーターガンを造ってもいいかもしれない」
「気相を邪魔するなら、霧でもいいよ」
次々と出るアイデアに、検証したい欲が高まってくる。
検証したいが、検証に失敗したら死が――しかも魂も消失する死が待ち受けているので、自らは検証できない。
――もどかしい……!
はやる気持ちを抑えながら、私は早速クロウリーさんや小林さんに報告するための資料を纏め始めることにした。




