一話 来襲(4)
悟は両手で顔を覆う。
「なんてことだ……あいつらに捕食されると、肉体だけでなく、存在そのものも奪われるのか……」
「それって、既に死んで魂だけの人は食われるのかな?」
「それは……」
「わからない」と呟く。映っていた情報では、そこまで霊視できない。
既に食い荒らされた場所の動画や写真を確認すると、浮遊霊や地縛霊の類が映り込んでいるのが視えた。
「物理的肉体がなければ、魂までは捕食できないのかも……」
それが私の結論だった。
捕食動画を見てから、心臓の鼓動がずっと早いままで苦しい。
「これは、ますます避難が重要になるな……」
悟がボリボリと頭を掻きながら呟く。私も大きく頷いた。
「食べられちゃったら、死後の世界までなくなる……」
「僕には死後の世界がないから良くわからないけど、何にせよ食べられるのはダメだね。できれば、遭遇すら避けたい。視界にすら入らないようにしないと」
絶望していると、スマートフォンが震えた。メールの受信通知だ。送り主は――
「クロウリーさんだ……」
研究を中断している今、クロウリーさんとも最近はあまり連絡を取っていなかった。数ヶ月ぶりの連絡である。
先日のミライの案を思い出しながら、急いでメールを開いた。
「クロウリーさんが、島に避難しに来ないかって。取り急ぎ、テレビ電話して相談させてほしいって……」
ミライも悟も、私の言葉に押し黙る。
長考した後、悟が口を開いた。
「前までなら断固反対だったけど、もはや島に逃げた方がいいかもしれない」
「とりあえずテレビ電話しよう。話はそれからだ」
返信をすると、速やかにリンクが送られてきた。
共有されたリンクには、クロウリーさんしか映し出されていなかった。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
いつも通りの声色で、クロウリーさんが挨拶する。
「ご無沙汰しております。元気でした」
「早速ですが、先程のメールの件でお電話いたしました。最近、クラゲ型の地球外生命体が人類を襲っていることをご存知ですね?」
「はい。先程もこちらで、クラゲについて対策を話していました」
「何か対策があるのですか?」
少し目を見開きながら言うクロウリーさんに、私は間違えたと頬を掻く。
「すみません。対策と言っても、いかに逃げるか、の話です」
「あぁ、それならば問題ないです。つきましては、こちらに避難しませんか? 地球外生命体の侵攻が問題ないフェーズになり次第、日本に必ずお返しすることをお約束します」
私が返事に悩んでいると、クロウリーさんは畳み掛けてくる。
「移動に関する手配、避難中の生活もすべてこちらが負担します。霊視能力に関する研究協力も一切依頼しません。また、そちらの機械的生命体開発メンバー、およびメンバーのご家族も含め、受け入れます」
「いかがですか?」と、クロウリーさんが真剣な眼差しで問いかけてくる。
「そちらに利がありませんが……」
「確かに、短期的には利益はありませんね」
クロウリーさんは大きく頷く。
「しかし、あなた方という人材を損なう可能性は、可能な限り抑えたい。あなた方を失うのは、大きな損失です」
じんわりと胸が熱くなるのを感じた。
悟が身を乗り出す。
「しかし、研究施設に多いと三十人、追加で行っても問題ないんですか?」
「大丈夫です。我々は侵攻の可能性が出た瞬間から、備え始めましたから」
クロウリーさんが小さく口角を上げる。
「来たら驚くと思いますが、大きな地下施設を造りました。三十人程度増えたぐらいでは問題ありません」
そんな規模の地下施設を、そんな短期間で造れるのだろうか……と疑問に思ったが、我が家でもミライと悟を中心に、それなりのクオリティの地下シェルターが造られている。機械的生命体の協力があれば、実現可能な範囲だ。
「むしろ、見学に来てほしいくらいです」と、クロウリーさんは薄い笑みを少し濃くする。
「もう一度宣言します。あのクラゲの侵攻が終わり次第、確実に皆さんの望むようにします。島の人間にも、あなた方に不利益になるようなことは一切させません。開発メンバーのご家族までなら、ご一緒しても大丈夫です」
「……見返りは何ですか?」
「そうですね。見返りがないと、あなた方にはかえって不安でしょうね……」
「ふむ……」と、クロウリーさんが腕を組む。私たちは固唾を飲んで見守った。
「では、一緒にクラゲから島人を護る対応委員会に入ってもらいましょう。それを条件とします」
「分かりました。検討してきます」
「急で申し訳ないですが、明後日にはお返事をください。出発は五日後とします。できるだけクラゲとの接触は控えたいので」
「分かりました」
クロウリーさんとのテレビ電話を終え、その日の夕方、急いで家族会議を開催する。
朋里が一番反対したが、命と魂には代えられないと、何とか説得した。苦労した。クロウリーさんは日本に帰すと宣言してくれたが、何があるかは分からない。
「チームのメンバーを連れて来ていいというのは、日本に帰す意思の表明だよ」と、悟が説明してくれた。
「チームメンバーも連れて行くことで、より日本に帰す必要性を高めているんだ。あと、日本的にも研究者の保護に繋がるしね……」
チームメンバーに相談した結果、村瀬と河井は一緒に行くことになった。奇しくも、高専のメンバーだ。
「僕たちは、この研究室からできるだけ機械的生命体を護るよ」
「それに、メンバー全員が行ったら、研究チームが乗っ取られてしまうかもしれない。山下さんのためにも、研究チームの誰かは残らないと」
そう言って力強く微笑む小林さんと鈴木さんを、私は寂しく見つめる。
「それに、避難場所は分散した方がいい。もし、ここが襲われて僕らが死んでも、あちらに逃げていた君たちは生き残れるんだから」
「逆もあるけど」と、小林さんは茶目っ気を出しながら言う。
「――やっぱり、私もここに残ります」
由香里さんが、いきなり宣言して驚く。
「私もここに残って責任を果たします。傷付いた仲間を支えたいです――ずっと思ってたんだけど、ごめんね」
「由香里さん――」
由香里さんの力強い眼差しに、頷くことしかできなかった。うちに来たばかりの、不安そうな表情はもうどこにも見当たらない。
「頑張って、生き残りましょう! クラゲが来てない間は、できるだけ家に帰って掃除しておくから、安心してね」
「ありがとうございます……」
由香里さんの笑顔に励まされ、私たち機械的生命体研究チームは、二手に別れることになった。
家を発つ前夜、長らくタンスの肥やしになっていた、アイゼンベルクさんのパワーストーンの存在を、悟が思い出した。手に取るのは、帰国して以来初めてだ。あの日の出来事をどうしても思い出してしまって、実験する気にならなかったのが原因だ。
「ダメ元で、試してみる……」
悟が頷く。私の認識は、悟にも一応共有済みだ。
――あの日、私が刺されそうになった時、一回目、刺さらなかったのは、パワーストーンの力の可能性が高い。
私は確かに、石と同様の光を、あの時見た。
なので、ダメ元でも祈る。心の底から祈る。
一つ目のアメジストには、私たち一家の無事を。
二つ目のタイガーアイには、共に過ごす村瀬や河井、島の人の無事を。
三つ目の水晶には、日本に残る由香里さんや、チームメンバー、今なお連絡を取り合っているお姉ちゃん一家の無事を。
どこまで効果があるかは分からない。けど、私は心の底から祈った。幸いにも、すべての祈りに、石は応えてくれた。




