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沈黙する存在  作者: 小島もりたか
2章 生命の創造
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五話 責任(3)

始めは由香里さんに距離があった朋里も優希も、一ヶ月もあれば優しい由香里さんにあっという間に慣れていった。

由香里さんは「私の仕事だから」と、毎日美味しいご飯を作ってくれる。なんと、お昼ご飯もお弁当を作ってくれるのだ。流石にお弁当は申し訳ないと遠慮したのに、由香里さんは頑なに「私の仕事」と、お弁当も作ってくれた。

由香里さんの作る料理はどれも美味しくて、朋里も優希も食べるおかずの種類が格段に増えた。


「確実に胃袋を掴まれたよね」


お弁当を食べながら悟が呟くので、私は「間違いない」と大きく頷いた。

由香里さんの家事スキルは完璧で、由香里さんが家に来てから、家は格段に綺麗になった。


「ご飯も美味しくて、家事も完璧で、美人で優しいって……山下さん、なんて女性をお嫁さんにしてたんだ……」


遠くを見つめながら私が呟くと、悟はクスッと笑う。


「予想外の展開だったけど、来てくれて良かったね」

「うん。間違いないよ」


ミライが頷くので、思わず笑ってしまう。


このままずっと家にいて欲しい……と思っていたら、ある日由香里さんが思い詰めた顔で私に相談してきた。


「私、このままここにいていいんでしょうか……」

「え、何をそんな……! めちゃくちゃ助かってますよ?!」

「でも、申し訳なくって……」

「専業主婦と思ってもらえば大丈夫なんで!」

「でも、結婚してるわけじゃないでしょう?」


眉尻を下げながら力なく由香里さんが言う言葉に、思わず息が詰まる。


――やっぱり由香里さんは無理して家事育児を率先してやってくれてたんだ……。


気持ちが溢れ出そうになって、思わず目に力を入れる。


――契約者に捨てられた機械生命体の行く末はどうなるのだろう……。


時々考えていた問題だけど、今まさに目の前にその事例が所在無さそうに座っている。


目の前にいる機械生命体は、どこからどう見ても人だ。だけど、法的には人権はない。どちらかと言うと、ペットと同じ扱いだ。捨てられれば行き先はない――いや、それは人間の赤ちゃんも同じか……。


ただ、人間の赤ちゃんには一応孤児院がある。

ペットは里親制度か、最悪は殺処分が待っている。


――機械生命体は一体どうなるべきなのだろう?


完全受注生産とはなっているが、捨てられてしまえばどうにもならない。

機械生命体もペットと同様に殺処分するべき?――いや、それはペットの殺処分の方が間違えている。


――里親制度……?


「そうだ、まだまだ日本には人員が足りていないけど、予算がなくて機械生命体を手配できていない場所がいくらでもありますよね。そこに捨てられた機械生命体を派遣する仕組みはどうでしょう?!」


いきなりの私の提案に、由香里さんは目をパチクリとさせる。


「――すみません……。飛躍しすぎました……」


頭を掻きながら、私は座り直して由香里さんの手を握る。


「契約者に捨てられた機械生命体の派遣先をマッチングする仕組みを、一緒に作りませんか? 由香里さんはマッチング仲介者としてメインで働くんです」

「機械生命体の派遣先……?」


由香里さんが何度も目を瞬かせる。演算処理しているのだろう。


「由香里さんのように苦しんでいる機械生命体を助ける仕組みを作るんです」


由香里さんの瞳が輝く。


「それ、素敵だと思います……!」

「よしっ! 悟とミライも呼んで一緒に詰めていこう!!」


我が家の頭脳である悟とミライを召喚し、説明する。


「うん――。検討事項は多いけど、凄く良いと思う」

「僕も賛成。機械生命体そのものの『実家』みたいな所があれば、何かあった時の避難場所にもなる」

「確かに。暴力を受けて、もう一緒に暮らせないと思った時の避難場所になるのはいいかも。それなら、製造地であるうちの施設の近く、もしくは施設内がいいと思うんだよね。故障しててもすぐに修理の手配ができるはずだし」

「行く行くは各都道府県に一箇所ずつは設けたいよね」


ミライの希望に、悟は苦笑いする。


「それが出来ればベストだけど、それは相当先になりそうだ。まずは大事な一箇所目の話を進めよう」

「組織的には機械生命体だけの組織の方がいいと思うの」

「確かに、人間がいない方が余計な意思が挟まれなくなっていいと思う」

「けど、人間がいないと変な方向に進んだときにストッパーがいなくなる」

「それはダメだね……組織のトップへのアドバイザーとして据えるのはどう?」

「それなら……まぁ、よさそう」


真っ先にある人が浮かんだけど、たぶん二人も同じだと思う。


「最初のトップは由香里さんで考えてるけど、皆はどう思う?」

「そもそも由香里さんしかいないしね」

「痛みを知る存在として適任だと思うよ」

「由香里さんは?」


三人同時に由香里さんを見ると、由香里さんは恥ずかしそうに俯いた後、決意したように私たちを見据えた。


「私でよければ、やってみたい……です」


「よし、じゃあそれで進めよう」

「とりあえず、まずは小林さんを巻き込む?」

「いいね。小林さんなら間違いなく巻き込まれてくれる」

「ついでに久しぶりに高橋教授も巻き込もう。賛成してくれたら、政府の予算も下りやすくなる」

「ミライ殿、お主も悪よのぉ」


皆でグフフと笑い合い、今度はどうやって小林さんを巻き込むかの話になった。

由香里さんは終始ソワソワとしていたが、以前のようなどこか暗い表情は消えていた。


そうして数ヶ月後、無事に機械生命体のシェルター施設が完成した。

シェルター所長はもちろん由香里さん。アドバイザーは小林さんだ。

シェルターを開いて数週間は誰も来なかったが、認知され始めると、ぼちぼちとまずは相談の電話が入るようになった。

幸いにも職員はまだ所長ただ一人。仕事もまだ少ないが、由香里さんは生き生きと働いていて、暇になると私たちの研究室の手伝いをしてくれる。


由香里さんは引っ越さず、相変わらず私たちの家に住んでくれていて、家事と育児の手伝いもしてくれる。感謝しかない。

避難してくる人が増えてくると、シェルターに泊まる日も想定しているが、今のところまだない。

由香里さんにもお給料が支払われるようになり、自由に使えるお金ができて、さらに喜んでいた。


シェルターと由香里さんの出だしは順調だったが、それは最初だけで、シェルターが後々どれだけ重大な施設になるのか、この時の私は考えもしなかった。

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