四話 ミライ(16)
「(まず、本題の方から話しましょう。座ってください)」
そう言ってアイゼンベルクさんは私たちに着席を促した。
「(まず賠償のお話ですが、あなたの通院費、ミライさんの修復費が決定致しましたらご連絡ください。領収書等は不要で、金額のみお伝えください)」
「わかりました」
――流石富豪、言い値の請求でいいとは……。
「(それとは別で慰謝料もお支払いしますので、支払い先口座を後ほどご連絡ください)」
「はい」
「(また別途、悟さんと小林さんにも今回の実験の報酬をお支払いします。こちらも振込先をまたご連絡ください)」
実験の報酬とは言っているが、体のいい口止め料だろうとは推測できた。
私と悟が頷くと、アイゼンベルクさんは椅子に深く座り直した。
「(……私の姿に驚いてもらえましたか?)」
「えぇ、それはもう……」
苦笑いしながら返事をすると、アイゼンベルクさんは満足気に笑む。
「何をしたんですか?」
「(首から下をすげ替えました)」
「はい?」
アイゼンベルクさんはシャツの襟元を広げ、首の包帯を解く。生々しい傷跡が首に一筋できていた。
――若返るために、首を入れ替える? は??
意味は分かっていても、色んな意味でそれは可能なのかと頭が混乱する。
「首から上はどうしたのですか?」
先に思考力が復帰した悟が問いかける。
「(個別の移植でまかないました)」
――移植元はどうなってるんですか?
と問いかけたかったが、返答次第では末恐ろしくてとても訊く気にはなれない。
「……もしかして、うちのチームメンバーの村瀬の技術を応用しましたか?」
「(流石ですね。そうです。村瀬さんには非常に感謝しています)」
アイゼンベルクさんは暗い闇を湛えた瞳で笑みを浮かべる。
「(彼の技術は人間を老いから解放しました!)」
「――」
間違いない。パッと見でも老人と分かったアイゼンベルクさんの姿が、若者に変貌しているのだ。驚異的な医療革新である。
「(彼は歴史に名を刻むでしょう!)」
ギラギラとした目でアイゼンベルクさんは主張する。
それは間違いないだろう。
――しかし、人間が老いを克服してしまうとどうなるの……?
薄らとした恐怖が込み上げてきて、鳥肌が立つ。そっと悟が手を握ってくれた。
「(彼と彼の同僚であるあなた達に多大な感謝を――!!)」
静かな空間にアイゼンベルクさんの声だけが響く。
そして彼は虚空を見上げ、祈りのポーズを取った。
村瀬は――いや、私達は機械生命体を創造する過程で、とんでもない化け物を生んでしまったのかもしれない。
あれほど望んだ帰国は、呆気ない程簡単に叶った。
それもこれも、私を助けてくれたミライのお陰だ。
日本に到着すると速やかにミライを開発室に運び込み、鈴木さんや村瀬にすぐさま引き渡した。
「どれだけ無茶なことをさせたんですか……」
ミライの状態を見た二人は言葉を失っていた。それほどまでにミライはボロボロになりながらも、私を助けてくれようとしていた。
涙が込み上げる。
「私を、助けようと、してくれて……お願いです、ミライを、直してください!」
「大丈夫。しっかり直すからね。安心してね」
「俺たちがいれば大丈夫だって! 一週間もあれば直るから、落ち着いて待ってろ!」
「そうだよ、大丈夫! なんとかなるよ!」
ツバサちゃんも私にティッシュを渡しながら励ましてくれる。
「うぅ……天使」
「なに当たり前のこと言ってるんだよ」
「そうね、ツバサちゃんは天使、当たり前……」
「私は天使じゃなくて、機械生命体だよ!」
村瀬が宣言した一週間より早く、ミライの身体は完全に直った。むしろ、各所がバージョンアップしたくらいだ。
焦る気持ちを抑えながら、ミライの起動処理をする。
一瞬、瞼が震えたかと思うと、ミライはゆっくり目を開けた。虚ろな目が私を捉える。
「――お母さん?」
「ミライ、変なところはない?」
ミライは起き上がり、手を握ったり開いたり、首を曲げたりする。
「大丈夫だよ――なんか、前より動きやすくなってるくらい」
ミライの言葉を聞いて、村瀬が鼻を鳴らし、鈴木さんとツバサちゃんが笑う。
「みんな、直してくれてありがとう」
「おう!」
「どういたしまして」
「無茶し過ぎはダメだよー」
それぞれの返答にミライは笑う。
私が感極まってミライを抱きしめると、ミライも抱きしめ返してくれる。温もりを感じて、少し安心する。
「ミライ、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。もうあの島には行っちゃ嫌だよ?」
「うん、行かない。約束する」
「絶対、絶対だからね?」
ミライの激しい念押しに、思わず頬が緩む。
「うん。絶対に行かない」




