四話 ミライ(15)
目を開けると、暖かい日差しと慣れない天蓋が目に映った。
身体中が軋んで痛い。最後の記憶はミニバスから降りてきた悟の顔を見たところだ。ぼうっとする頭で、私は昨晩悟の顔を見た直後に気絶したらしいと理解する。私の両腕には子ども達ががっしりと掴まりながら寝ていた。
気付かれないようにゆっくりと剥がしていると、悟が駆け寄ってきた。目の隈が酷い。
「茜! 大丈夫?!」
「ごめん、悟……今の状況は?」
酷い頭痛がして私が顔を顰めると、悟は「先に飲みな」とペットボトルの水を渡してきた。
そういえば、昨日の風呂前から何も飲めていない。
「ありがとう」と受け取り、口をつけるとあっという間に飲みきった。追加で貰ったもう一本も同じように空にする。ついでなので久しぶりにトイレにも行ったが、あまり出なかった。
一息つくと、悟はオレンジジュースをコップに入れて差し出してくる。もう水分は十分だったが、とりあえず一口飲む。
「さっきアイゼンベルクさんが帰宅して、関係者に尋問を開始したみたい」
ポツリと悟が言った。
「僕の方が何が起こったかよく分からない。屋敷の人も誰も説明してくれない。茜はボロボロだし、ミライはもっとボロボロだ。何が起こってたの?」
憔悴しきった顔に涙を浮かべながら、悟が私に問いかける。
「お風呂を出てドライヤーをしている時に、メイドさんに攫われたの」
「は?」
「脱衣所のどこかに隠し通路があったんじゃないかな? それで攫われて、誰かの家に連れていかれたみたい。そこにミニバスの運転手の男の人がいて、悟たちが帰るまでここにいろって言われて、助けを呼ぼうと悟と朋里に念を送ったの」
「朋里が色々言ってたけど、やっぱり茜が何かしてたんだね」
「そう。念のつもりが、生霊送っちゃったけど」
「えぇ……危なくない?」
失敗したと笑うと、悟も薄く笑った。
「で、疲れて寝たら、ミライが来てて……ミライ、どうやって来たの?」
悟も「分からない」と首を振る。
「いきなり、『お母さん助けに行く。街にいるから追ってきて』って言って、窓から屋敷を飛び出して行ったんだ」
私も首を傾げる。どういった原理で私の場所を見つけたのだろう?
――そこまでの解析・演算ができるのか?
「それで、なんでミライがあんな酷い状態に……刺されてるよね?」
悟が痛ましげにベッドに横たわるミライを見る。
「ミライが私を助け出してくれたんだけど、追ってきた人が私を殺そうとしてきたの。ミライは私を庇って……」
昨晩を思い出して涙が出てきた。悟が慌てて私の背中を撫でてくれる。
「なんで茜を攫ったのに殺そうとするの?」
「攫った人とは別の人。たぶん、島の霊視者はその人たちに殺されたんだと思う。『霊視者はこの島にいらない』って言ってたから……」
ぐっと、悟が唾を飲み込んだ音が聞こえた。
端的に言えば、私はアイゼンベルク狂信者に攫われて、別の狂信者に殺されかけたのだ。なんて恐ろしい島だろうか。
「――早く帰りたい。ミライを直してあげたい」
「ミライは帰ったらすぐに直してもらえるように、小林さんが手配してくれてるよ」
「うん……」
泣いていると、「おかあさん?」と朋里が起きてきた。ぎゅっと抱きしめて、「こわかった」と泣いた。
昼食後、アイゼンベルクさんに呼び出され、応接室に向かう。
応接室に入るなり、二十歳前後の男性が深刻な顔で謝罪してきた。顔立ちはアイゼンベルクさんに似ているので、血縁者かもしれない。
「(この度は島の者が取り返しのつかないことをしてしまい、申し訳ないです)」
なぜ彼が謝罪するのか、彼はアイゼンベルクさん代理の管理者なのか、混乱するままどんな返答をしようか迷っていると、彼は続けて口を開いた。
「(彼らには罰を徹底し、君たちの目の前に二度と現れないようにします)」
そう言う彼の背後に彼らの姿を見つけて、私は絶句する。
彼らは男性の背中をキラキラとした目で見つめ、祈りを捧げた。祈りを捧げると、男性の背後から白い手が複数伸びていき、彼らを包む。
「――っ」
彼らは引っ張られ、瞬く間に男性の身体に――いや、霊体に吸収されていった。
音もなく繰り広げられた光景に、私は恐怖以外の何も感じなかった。朋里を小林さんに預けて部屋で待機させてきて良かったと心底思った。悟は表情を変えないので、この光景が視えていない。なぜ、こんなにも衝撃的な光景が私にしか視えないのか、自分の特性を酷く恨んだ。
私の顔色の変化に気がついた男性が、少し苦笑いする。
『そうか、君には分かってしまうのか……』
英語ではない言語。翻訳もなかったので、彼が何を呟いたのか私には理解できなかった。
「(あなた方には本当に申し訳ないことをしました)」
「あの、あなたは――アイゼンベルクさんのお孫さんでしょうか?」
悟の問いかけに、彼は愉快そうに笑った。
「(私はアイゼンベルク本人です)」




