四話 ミライ(14)
「――ん?」
冷気が頬を伝い、目を覚ますと、目の前にミライがいた。
「――えっ?!」
「静かに」
ミライは私の口を手で押さえる。
「どうしてここに?」
「理由は省くけど、とりあえず僕だけ来た。逃げるよ」
そう言って、ミライは手早く私の拘束を解く。
「どうやって、ここまで来たの?」
小声で問いかけると、ミライは窓を指さした。
窓を覗くと、この部屋は二階である。
「どうやって登ったの?!」
「お母さん、僕はただの子どもじゃない。機械生命体だよ? 二階に登るなんて簡単だよ」
「そう……なの?」
疑問を持ちつつも、ミライに導かれるまま窓枠に手をかける。恐怖で手が震えた。
「大丈夫。僕の真似をして降りてね」
夜の島風は、昼間よりいっそう冷たい。服も部屋着で軽装だ。恐怖と悴む手が相まって、私の手は早々に力を失った。
「お母さん――!!」
ミライが、落ちる私の服を掴んで落下の衝撃を和らげてくれたが、家の前に置いてあった屋根付きのゴミ置き場に落ちて、バキバキっとそれなりの音がした。
家の中で、バタバタと音が聞こえる。
「走って逃げるよ――!」
ミライに手を引かれるまま走るが、素足で走る私は、なかなかに遅い。走り出して四歩目で石を踏み、悲鳴をあげた。
「おんぶするから!」
そう言って、ミライは小さな身体で私を背負う。よもや未就学児の子どもにおんぶされるとは思わなかった。小さな身体とは裏腹に、ミライはしっかりと走り出す。
大人でも子どもを背負って走ると大変なのに、こんな小さな身体で、大人を背負いながら走って大丈夫な訳がない。
「ミライ、無理しちゃだめ、壊れちゃう!」
「僕の身体は壊れても、村瀬兄ちゃんに直して貰える!」
「でも――」
「僕の身体が壊れるより、お母さんと家に帰れない方が嫌だ――絶対、嫌だ!」
必死に走るミライが、涙声で訴える。既にオーバーワークなのか、ミライの一歩進む毎に、足元から嫌な音がするようになっている。
ミライの気迫に、私も涙が流れる。
「こんな、風に、家族がバラバラに、なるなんて――嫌なんだ!」
「ごめん、ミライ――」
屋敷は見えるが、遥か彼方だ。
懸命に走ってくれるミライの後ろから、人の気配が追ってきた。
馬の蹄の音と共に、目前に馬に騎乗した人が現れる。
『逃げるな――』
目の前の男性が、馬から降りながら言った。よく見ると、研究施設の所で警備をしていた男だった。
直後、苛立たしげに、私ごとミライの腹を蹴り飛ばす。
「ぐっ――」
ミライと共に、私は激しく横に転がった。
男はミライには目もくれず、私に寄ってきて、髪を掴みあげる。蹴り飛ばされた衝撃と、男の冷たくもギラついた視線に、身がすくみ上がる。
『アイゼンベルク様の興味を一身に受ける霊視者など、この島にはいらない』
男を見ると、手にナイフを握っていた。
――殺される……。
頭が恐怖で真っ白になった。
真っ直ぐにナイフが、私に向かってくる。世界から音が消える。私には、男の腕がスローモーションで動いている様に見えた。
「――っ」
反射的に目を閉じて、衝撃に備える。何かが腹部に刺さった衝撃はあったが、痛みは特になかった。目を開けた瞬間、見覚えのある白い光が消えた。
「?」
目を開けると、男は不思議そうな顔でナイフを見ていた。ナイフに血は、特に着いていない。
――何が起こった――
疑問を抱く前に、再び男はナイフを振るう。
「お母さん――!!」
突如、視界が揺れる。ミライが、男のナイフを自身の身体で遮っていた。
「ミライ――!!」
世界に音が戻る。
私は絶叫しながら、意表を突かれて驚く男の顎先に向けて、渾身の力を込めてビンタした。
『あ……』
脳震盪を起こしたのであろう、男が白目を向いて、仰向けに倒れ込む。
「ミライ!!」
私は急いで、ミライの身体を起こした。
お腹に深くナイフが刺さっているのを見て、血の気が引く。そんな私に、ミライは笑いかけてくる。
「お母さん、ナイスビンタ……」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ!」
出血も始まり、損傷箇所から、茶色い血液が漏れ始めている。
――どうしよう……! 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……
ミライが、冷たい手で私の手を握る。
「お母さん、大丈夫。僕は、メモリが無事なら死なないよ」
「そうだけど……っ!」
「でも、エラーが起きると嫌だから、一回シャットダウンするね。直ったら、絶対に起こしてね」
「うん、絶対に直して、絶対に起こす」
ミライが空を見上げる。こんな時なのに、瞳に反射する星空が綺麗で、魅入ってしまう。
「あー……でも、やっぱり怖いな……死にたくないよ」
「絶対、直して起こす。約束する!」
ミライは、私に視線を戻して微笑んだ。
「お母さん、大好き……」
そう伝えてから、ゆっくり目を閉じていく。
「私も大好きだよ! 助けてくれて、ありがとう……!」
私の言葉が伝わったかは分からない。けど、ミライは微笑んだまま、動かなくなった。
人の気配を感じて、振り向く。
「――?!」
メイドの女性が、呆気にとられた様子で佇んでいた。
私は、彼女をギリッと睨む。
――こいつが、あいつを呼んだのか?
確証はない。けど、確信はあった。
私は、真っ直ぐに屋敷を指さす。
「屋敷から夫を呼んできて、今すぐに!」
彼女は、たじろぎながら一歩下がる。
彼女の隣で、インコが翻訳しているのが聞こえた。
「早く夫を呼んできなさい! 日本の大切な研究対象が、この島の人間に壊されたのよ?! 修復できなかったら、大問題なの! あなた達の大切なアイゼンベルク様の顔に、泥を塗るようなものだわ!」
翻訳が終わると、彼女は暗くても分かるくらい、顔色を悪くして、どこかに走っていった。
「ごめんね、ミライ……」
ミライの脚を確認すると、外からでも分かるくらい、ボロボロになっていた。
暫くして、屋敷から二つの光が近付いてくるのが分かった。




