四話 ミライ(2)
山下さんのあまりの豹変ぶりに怖くなって、ある日、鈴木さんと小林さんを会議室に呼んで質問した。小林さんと鈴木さんは、山下さんとの付き合いがそれなりに長かったはずだ。
私の質問に、鈴木さんが顔を歪める。
「山下さんは、由香里さん――山下さんの亡くなった奥さんを、機械生命体で再現しようとしてるんだと思うよ」
「え――」
思わず言葉に詰まる。鈴木さんは続けた。
「由香里さんは、山下さんと結婚してすぐに癌で亡くなったんだ。山下さんが機械生命体の開発を掲げたのも、由香里さんを機械生命体で復活させようとしたからなんだ……」
「そうなん……ですね……」
山下さんの左手の薬指に指輪があることは認識していたし、奥さんの話をまったくしないので不思議に思っていた。けれど、まさかそんな理由だったなんて思ってもみなかった。
それなりに長い付き合いになっていたが、新事実が恐ろしく感じられた。
――デスクに置かれた女性の写真は気になってたけど、下手なことを訊かなくて良かった……。
「ミライの感情が発露したし、ほぼ人間と同じ見た目になったしで、我慢できなくなったんだろうな……」
小林さんの言葉に、悟が眉尻を下げた。
私が朋里の出産で死にかけたことを思い出したのかもしれない。不思議と、山下さんと悟が重なって見えた。
「山下さんは、奥さんをとても愛してたんですね……」
「うん。ものすごく大切にしてた……」
小林さんの言葉が、会議室に静かに響いた。
山下さんが奥さんと再び暮らしたいと願う気持ちと、仮に完全に再現できたとして、それは限りなく奥さんに近い存在ではあっても、本当は異なる存在で――果たして山下さんは満足できるのだろうか、という疑問が、私の中でこびり付いて離れなかった。
「うーん……。微妙だなぁ……」
悟と私は、ミライの出力結果を見ながら頭を掻く。悪い結果だったので、当人であるミライがいない場所で会話している。
――以前より、明らかに脳波の検出・分析結果の水準が落ちている。
原因は、何となく分かっていた。
「感情が、ここまで影響を及ぼすとは……」
悟の言葉に頷く。
「でも、私たちとの関わり方による影響だとしても、ミライの成長は突出してる気がする」
「僕もそれは思う。あと、感情があった方が、分析結果はそんなに変わらない想定だったんだけどなぁ」
「ミライの情報構造体――魂みたいなものが、他の機械生命体と違うのも関係があるのかな?」
「感情面ではそうかもしれない。けど、検出結果には関係がない可能性が高い」
「実は妨害してるとか?」
「その可能性は否定もできない。けど、僕らの意思にそぐわないことをするだろうか?」
「アイゼンベルクさんの件もあって、危険が伴うなら妨害はするかもしれない」
「その可能性もある。でも、その場合は報告してきそうではある」
「私たちの望みとそぐわないから、こっそりやってるとか?」
「うーん……どれも机上の空論だねぇ……」
私と悟は机に項垂れる。
近くにあった、お気に入りのハムスター型の機械体を、指で弾いた。
日本に機械生命体が浸透し始めている。
最近では、犬や猫のような小型動物に近い機械生命体が、一般家庭で家族として迎えられるようになった。
機械生命体を守るため、動物愛護法は生命存在保護法――通称・生命保護法へと改正され、努力義務から法的義務へと変わった。
それに伴い、ペットショップのショーウィンドウに動物が並ぶことはなくなり、代わりにブリーダーへ依頼して赤ちゃんを譲ってもらう形態へと変化した。
機械生命体も同様に、完全受注生産で契約することになっている。動物も機械生命体も等しく、管理責任者を国に明示しなければ、家族になれないようになった。
――機械生命体は、日本の法律でも正式に生命として認められるようになった……。
しかし、それはどちらかと言えば動物寄りであり、人間寄りではなかった。機械生命体といっても、様々な形態があるためだ。
初めてミライが涙を流した日のことを思い出す。
――ミライは、どうして泣いたのだろう?
疑問を抱いても仕方がない。ミライ本人にも分かっていなさそうな、答えのない疑問を、何度も頭の中で反芻する。
「これは、開発自体にも遅れが響きそうだから、一度クロウリー氏に報告した方が良さそうだ」
「……確カニ」
私が両手でピースをして蟹を表現しながら頷くと、悟も「カニカニ」と頷き返してきた。
「緊張感ガ消失シマシタ……」
「先に消したのは茜でしょ?」
「ふ……疲れた」
「今日は早く寝ようか」
「優希の頭皮をクンクンしたい……」
「早くその中毒、どうにかした方がいいと思うよ?」
「大人にはない、シャンプーの良い香りが癖になる」
「大人は……まぁ、ね……」
悟は、そっと視線を逸らした。




