四話 ミライ(1)
「ミライ、そろそろ人型になる?」
私の問いかけにミライはキョトンとした顔で見返してきた。朋里は四歳、優希は二歳になった。毎日二人とも活発に遊び、ミライもゴールデンレトリバーの姿で負けじと遊んでいる。
「人型……?」
意味を咀嚼するように、私に聞き返す。
村瀬とツバサちゃんの研究開発も進み、ツバサちゃんは今やもう本当の人間と見間違う姿をしていた。今ならミライも、人間と見間違える程度の人型の機械生命体になれるだろう。
「そう、人型。犬の姿も楽しそうだけど……ミライはどうなりたいかなって」
「……人型がいい! 本当のお兄ちゃんの姿になれるってことだよね?!」
ミライの瞳がキラキラ光った。前脚を私の膝の上に乗せて、嬉しそうに首を捻った。
「じゃあ、皆にお願い出しておくよ」
「ありがとう!」
「性別と年齢――いや、体格に希望はある?」
「男の子! 朋里より少し大きめで、お父さん似がいい!」
悟が思わず噴き出すのを横目で見つつ、興奮するミライの頭を撫でる。
「悟、五歳頃の写真出しといてね」
「わかった」
「皆に公開処刑だなー」と呟く悟を横目に、朋里と優希も捕まえる。
「すぐじゃないけど、今度ミライがわんちゃんからお兄ちゃんの姿になるからねー」
「どういうこと?」
「そのまんま。ミライは姿を変えられるから、わんちゃんからお兄ちゃんの姿になります」
「ワンチャンじゃなくなるの?」
「そう」
「さびしい」
下唇をピロっと出して、悲しそうな朋里の頭を撫でる。優希はよく理解していないようだ。
「でも、お兄ちゃん増えるからね?」
「ミライはいなくならない?」
「ならないよ!」
「じゃあいいや!」
笑って駆け出していく。ミライと優希も、朋里に続いた。
約半月後、悟の幼少期にそっくりの機体が完成した。ミライの中身を移動すると、ミライは興味深げに両手を閉じたり開いたりした。
犬の姿に慣れてしまっていたので、最初は苦労するかと思ったが、ミライはすんなりと立ち上がり、嬉しそうに私に抱きついた。
「ありがとう、お母さん」
「みんなの協力のお陰だから、みんなにお礼を言おうね」
「皆さん、ありがとうございます!」
姿勢を正して身体を二つに折る姿は、幼少期の悟が思い出されて懐かしい気持ちになる。
ミライは鈴木さんに、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
「人型になると、別人みたいだねぇ」
「僕は僕だよ……」
「とりあえず、問題なさそうで良かった。何かエラーが出てたら、チームの誰かに相談するんだよ?」
「わかった!」
返事をすると、ミライは朋里と優希に駆け寄った。驚いて固まっている二人を抱きしめる。
「朋里、優希、分かる? お兄ちゃんだよ?!」
「ミライ?」
「そう!」
ミライは頷くと、少し屈んで朋里と視線を合わせ、頭を撫でる。
「もう犬じゃないから、これからはお兄ちゃんって呼んで欲しいな?」
「お兄ちゃん?」
「そう、お兄ちゃん!」
そう言って朋里を抱きしめて、くるくる回る。
「やったー! こんなこともできるー!」
「ちょっと、ミライ、気を付けてね!」
「はーい!」
三人は開発室内で元気に遊び始めた。ミライはもう犬の姿ではないのに、尻尾を激しく振っている残像が見えた気がした。
ミライが人型になって一月ほど経った頃だろうか。休日に家族皆で朝食を食べていると、突然ミライの目から涙が零れ始めた。
――感情が発芽した。
咄嗟にそう思い、悟と目を合わせる。悟も同じことを思ったらしい。しかし、感情が発芽した可能性があるからと言って、やることは変わらない。
「どうしたの?」
突如現れた顔面の水分に戸惑うミライに声をかける。
「あれ――? なんだろう、お母さん、分からない」
何故泣いているのかは分からない。が、泣いている事実はある。私が言葉もなくミライを抱き締めると、ミライも抱き締め返してきた。私に顔を埋め、嗚咽を上げる。
「おにいちゃん、かなしいの?」
「にーちゃ!」
朋里と優希も椅子から降りてミライの所にやって来て、ミライを抱き締めた。そして、「僕も」と言わんばかりに悟まで抱き締めるので、守山一家の団子が完成する。
「おとうさん、くるしいよ!」
朋里が笑いながら訴えると、ミライも肩を揺らした。
「お父さん、僕が一番苦しいよ!」
「ごめんごめん、皆が大好きだからさ」
悟は笑いながらそう言うと、皆を解放する。ミライの涙はもう無くなっていた。代わりに私の服に、ミライの涙のシミができた。目の部分に綺麗な跡ができているので、皆で思わず笑ってしまう。
その時から、明らかにミライに感情表現が増えるようになった。以前は犬だったせいもあるが、笑ったり怒ったり悲しんだりしなかったのに、動画を観て笑ったり、玩具を取られて怒ったり、怒られて泣いたりするようになった。
こんなに早い段階で感情が発露すると思っていなかったので、悟と驚き、そしてミライの成長に喜んだ。
このことを開発チームのメンバーに報告すると、山下さんの目の色が変わった。
「詳しく教えて――」
そう言って私達から詳しい情報をあらかた聞くと、自分のデスクで作業をする時間が増えた。今まで雑談して笑っていた時間もなくなり、真剣な、いや切羽詰まった表情で、ひたすら何か作業をするようになった。
今までの穏やかで余裕があった山下さんが居なくなり、開発チームの空気感が変わった。
「最近、少し怖いね」
ミライが私の袖を握りながら、小さく呟いた。




