一話 龍のいる神社(2)
白いにょろにょろは、近付いてみると目玉がギョロリとしていた。背中にキラキラ光る毛が揺れ、一応手足もあった。鋭い爪をしている。それが浮かんでいる下は、比較的近所にある神社だった。小さくもないが、あまり大きくもない神社だ。鳥居の正面に拝殿と本殿。拝殿の右手に自宅のような建物。左手にはお稲荷様の拝殿。さらに奥には森。鳥居をくぐってすぐの左手には少し広い駐車場があり、さらに駐車場の奥には大きな物置が並んでいる。
鳥居を潜ると、外の色々な物が混じったような空気から、とても整った空気に変わった。ここに怖いものは出なさそうだと胸を撫で下ろす。にょろにょろが拝殿をじっと見ているので拝殿に目を向けると、こんな寒いのに私と同じ様な小さな参拝客がいた。空色のダウンを着た男の子だった。
その男の子が、私が拝殿にたどり着くまでの間、ずっと同じ格好で祈っている。そんなに熱心にお願いすることがあるのだろうか?
暫く後ろで待っていても参拝が終わりそうにないので、人間では無い人がお祈りしているのかもしれないと、私も疑い始める。それに、疑ってもいいくらいに、その男の子の気配が他の人と比べて薄かった。
人ではないかもしれないので、そいつに怪しまれないように、気が付かないフリをして私も隣で参拝を始めることにする。お金は持っていないので鈴を揺らすだけ、参拝の方法も知らないので手を合わせるだけの簡単な参拝だ。
参拝を終え、横を見ると、男の子と目が合った。
「――!」
あまりに彼が目を見開きながら驚くので、私は一歩後退る。初めて生者と目が合った霊と同じ表情をしていた。
「――にんげん?」
私の呟きに彼は目を瞬かせると、薄ら笑った。
「……君は視えるの?」
「え、きみもみえるの?!」
「いや、僕は視えないよ」
あっさりと言われた言葉に、私は大きく肩を落とした。それを見て彼はクスクスと笑う。
「ごめんね、期待させて」
「いきてるひとだよね?」
「生きてるよ。握手してみる?」
おもむろに手を出されたので、握って確かめる。外気で冷えてはいるが、確かに人間の感触があった。
「僕は守山悟。5歳。名前を聞いていいかな?」
「あべ あかね。5さいだよ」
「同い歳だね! よろしく!」
悟は嬉しそうに握った手を上下に激しく振った。痛くて私が顔を少し引き攣らせると、彼は慌てて手を離した。
「ごめんね、嬉しくて!」
「だいじょうぶ」
「どうしてこんな寒い日に、一人でこんな所に来たの?」
「きょう おばあちゃんのいえに ひっこしてきたんだけど、おうちに、おばけがでるようになって……」
途中から声が震えて、涙が頬を伝った。
「それが怖かったんだね」
「うん……だれも わたしのこと しんじてくれないし……」
「それは悲しいね。孤独だ」
「うん、コドク……」
彼に感情を言語化されると、涙が止まらなくなった。手で拭っても拭っても、涙が流れてくる。そんな私に、彼はハンカチを差し出してくれた。申し訳ないと躊躇ったが、手がどんどん冷たくなるので、ありがたく受け取る。
彼は私の悲しみとは裏腹に、拝殿から空を見上げながら、薄らと笑みを浮かべた。
「さとるくんは なんでひとりなの?」
「ん? 僕? 僕はなんとなく散歩で来ただけだよ」
「ゆき がふってるのに?」
「うん。……まあ、僕も正直に言うと家にいたくなかったんだ」
「なんで?」
「息が詰まるんだ」
「いきができないの?」
「喉には何も詰まってないけど、うーん……家にいても楽しくないんだ」
それより、と彼は私に振り返る。
「僕は君の事が知りたいな。もっと教えてよ!」
面と向かって知りたいと言われ、私は何度も目を瞬く。何が知りたいのだろうか?
「茜ちゃんは今日引っ越してきたんだよね?」
「うん」
「ここからお家は近い?」
「ちかいよ」
「どこの保育園、幼稚園?」
「わからない」
「そっかー」
一緒の幼稚園に転園になるといいなぁ、と彼が呟いた。
「実は僕、友達がいないんだ」
「わたしも、いっしょだね」
ふふふ、とお互いに顔を見合せて笑う。
「良かったら、僕と友達になってくれる?」
「いいよ!」
「やったー! 僕、いつもすぐに友達になった子が離れていくんだ。だから君が友達になってくれて嬉しいよ!」
「わたしも! わたしたち にてるね!」
「うん、似てる似てる!」
そう言って、お互いに両手を掴み、上下にぶんぶんと振り回す。私は久しぶりに出来た友達という存在に、小躍りしたいくらい嬉しくなった。
「でも さとるくんは なんで ともだちいないの?」
さっきから少し話していただけだと、悟の嫌な所は全くなかったし、変な所もなかったので、私は不思議に思った。
「うーん……。皆、僕を不気味がるんだよねえ……」
「わたしも!」
「僕のは茜ちゃんとベクトルが違うよ」
「そうなの?」
「うん……。茜ちゃんが気にならないなら、僕としてはとても嬉しいよ!」
そう言って、また握った私の手をぶんぶん振り出す。私という友達が出来たことが、余程嬉しかったらしい。
「そういえば、茜ちゃんはいつから死んだ人とかの霊が視えるようになったの?」
「うーん……ずっとみえてた?」
思い出そうとするが、物心ついたころには霊が視えていたので、視えていなかった頃の記憶は全くない。
「そっかー。この辺には霊はいるの?」
「うーん。れいというか おおきなしろい にょろにょろは ここのうえでうかんでいるよ?」
「にょろにょろ?」
彼は拝殿を出て空を見上げるが、少しして首を左右に振りながら戻ってきた。その姿に、私は少し焦る。
「う、うそついてないよ!」
「あっ、嘘ついてるとは思ってないよ! ただ、僕にはやっぱり何も視えなかったから、残念だっただけ」
「……なんでみんな みえないんだろう?」
私はガクリと肩を落とす。今まで私と同じものが視える人に会ったことがなかった。
「やっぱり、わたしがへんなのかなぁ……」
涙が零れないように耐えながら、私が小さく呟くと、彼は慌てて両手を振った。
「普通ではないけど、変じゃないよ!」
「なんで? みんなみえないのに」
私の疑問に、彼はうーんと首を捻った。
「えーっと、君は、今、目を通して僕を見てる」
「うん」
「けど、それって目が見てるって思ってるだけで、実際は頭の仕事の結果なんだ」
「むずかしい、わかんないよ……」
「僕の目は、もしかしたら君が視えているものを視ているかもしれない。けど、僕の頭はそれを視なくていいものとして、頭の中で消しちゃってるんだ。だから視えない。君の頭は消してない。だから視える」
「ほんとうは みんなみえてるの?」
「あくまで仮定。想像の話だよ」
ヘラっと笑いながら、彼は言う。
「つまり、僕が言いたいのは、君は視えることに対して、あんまり悪いことと思わなくていいんじゃない? ってこと」
「わたしおかしくない? からだのびょうきじゃない?」
「おかしくもないし、病気じゃないよ! でも、大人や怖がりな子どもは、そういう話が嫌いな人が多いから、あんまり視えるっていうのは言わない方がいいと思う」
私は歯を噛み締めながら頷く。それは痛い程、実感していたことだ。
また一粒涙が零れたと思ったら、また涙が止まらなくなった。泣き続ける私に、今度こそ彼は焦る。
「ごめん、何か嫌なこと言った?」
「うわーん」
言葉が涙になって流れて、彼に届けることが出来なかった。




