三話 共鳴(6)
――そうきたか……!
指定された有名な高級ホテルのラウンジに到着すると、三者三様に動きを止めた。
「ラウンジを貸し切るとは……さすが富豪……」
苦笑いしながら、悟が絞り出すような声で言った。
アイゼンベルク氏との面談で指定された場所は、ホテルのラウンジだった。ラウンジならば私たち以外の人もいるので多少は安心だと思っていたのだけど、実際は貸し切りで、彼の関係者しかラウンジには人がいなかった。
ラウンジの真ん中の席に座っていたクロウリーさんが、私たちに向かって手を挙げる。大人しく、私たちは指定された席に座った。
クロウリーさんとケラーさんは、高級ホテルの場にそぐわない、いつものWebミーティングと同じ服装で、アイゼンベルクさんはラフ目のシャツとジャケット姿だ。アイゼンベルクさんとケラーさんの間の、少し後ろにはスーツ姿の男性。周りにいる護衛はいかにもな黒いスーツにサングラスをかけている。
――近くに二人。ラウンジの外側に四人……大所帯。富豪、すごい……。
アイゼンベルクさんは深く座っていた身体を前のめりにしてから、ゆっくり口を開いた。
「(今日はお越しいただき、ありがとうございます)」
ニコリと微笑む顔は優しいが、Webミーティングの時と印象は変わらない。むしろ、近づいたため、より圧力を感じる。
――やっぱり、白龍と同じだ……。でも種類は違う。白龍は澄んでいる感じだけど、もっと禍々しい感じがする……。
彼は大仰に手を広げると、テーブルの上に置いてある四つの水晶石を示した。
「(早速ですが問題です。こちらに四つの石があります。仲間外れがどれか分かりますか?)」
悟と山下さんが、戸惑いながら石を見比べる。
「全部、形が違うだけで同じに見えますね……」
山下さんの呟きに、悟は私をちらりと見た。
――パワーストーンだ。
この中で、右から二つ目以外はすべて、情報構造体が視える。
「(答えは分かりましたか?)」
意味深に、アイゼンベルクさんが私を見る。
試されていることは分かったが、どうすればいいか判断に迷った。恐らく、クロウリーさんから、私か悟が霊視能力を持っていることは伝わっている。
悟が密かにどれが正解かを訊いてくるので、ブラフを混ぜつつ、悟に伝えた。悟には、ブラフを混ぜても伝わるはずだ。
「――この石ですね」
悟が正解の石を指差すと、アイゼンベルクさんは「(素晴らしい)」と拍手した。
「(しかし、あなたは視えてはいませんね?)」
「いいえ、視えています」
彼は、悟の虚言にニヤリと笑う。
「(妻を護る男としては評価します。しかしながら、私はそれを見抜いているので無駄です)」
「なぜ分かったんですか?」
悔しそうに、悟が問いかける。
「(視える者は、私に恐怖を抱きます。しかし、君にその仕草は見当たらなかった)」
悟が勢いよく私に振り向いた。
「――そうだったの?」
「うん……」
彼は、いつから私の恐怖に気が付いていたのだろう。寒くないはずなのに寒気がして、両腕を擦った。
彼は、そんな私を見て笑う。
「(そう怖がらないでほしい。私はあなたを誘拐したり、あなたに不利な条件で取引したりするつもりはありません)」
彼は思い出したようにウェイトレスを呼ぶ。
「(すみません、メニューから何か選んでください。すっかり忘れてしまっていました)」
震える手でオレンジジュースを指定する。彼は終始、私を見て微笑んでいた。安心させるつもりなのかもしれないが、現状では逆効果である。
それぞれの飲み物が来ると、彼は話を再開した。
「(単刀直入に言います。私には欲しいものがあります)」
そう言って、私たち三人の顔を順番に見る。
「(何かお分かりの方もいるようですね。そうです、あなた方が前回、発明したいと言っていた高次情報構造の出力装置です)」
私たちの緊張を察してか、アイゼンベルクさんはゆっくりとコーヒーを一口飲んだ後、私たちも飲んでいいとジェスチャーで促した。
「(私は小さな島で孤児院を営んでいます。クロウリーやケラーもそちら出身で、今は私のために色々と研究してくれています。ありがたいことです。私はとある宗教を信仰しており、孤児院でも宗教に従って生活していますが、子どもたちは神の存在を信じていません。私は、子どもたちに神を見せたいのです)」
「アイゼンベルクさんも、視えるのですか?」
私の問いに、彼は悲しそうに首を横に振った。
「(私は神の意志を感じる。それだけです。だから、なおのこと、子どもたちに神を信じてほしいのです)」
クロウリーさんやケラーさんが、ひっそりと苦い顔をした。
――アイゼンベルクさんは、孤児院の子どもたちに信仰されているのか……。
妙に納得した。クロウリーさんたちは神を信仰していない。けれど、アイゼンベルクさんは信仰している……。
「(そこで提案です。ケラーたちのメンバーに加わりませんか?)」
「すみません。それはできません」
私の即答に、アイゼンベルクさんは笑った。予想していた答えだったらしい。
「(では、共同研究はどうでしょうか?)」
「申し訳ないことに、私たちのメインの研究は、機械生命体の開発および改良なんです。そちらと同等の研究量は、無理かと思います」
ふむ……と、アイゼンベルクさんは大仰に腕を組む。
「(それでは、こちらは並行して研究します。しかし、あなた方への支援は行いましょう。今まで通り、クロウリーとケラーを通して進捗の共有を行ってくれれば問題ありません)」
「……条件は何ですか?」
「(デバイスが完成した際の、一番最初の購入権をいただければいいです)」
「そんな条件でいいのですか?」
それでは、あまりにそちらに不利すぎて、さらに裏があるのかと勘繰ってしまう。
「(ありません。現状、あなた方が一番最初に開発できそうだから提案しています)」
「クロウリーさんたちの開発チームの方が、大きくて優秀なんじゃないですか?」
「(それはそうです。しかし、あなたのように確実に視える人間はいません。私たちは常に、観測者が正しいことを言っているかの取捨選択をしなければいけません。このコストが非常に大きいのです)」
「あ……」
疑念が、ストンと腑に落ちた。
それからは、トントン拍子に話が進んだ。契約書は、あまりにこちらに有利な内容すぎて、詐欺や夢なんじゃないかと疑うほどだった。
それを山下さんに伝えると、山下さんは難しい表情で頷いた。
「霊視装置の開発においては、本当に茜さんの能力が重要ということなんだよ。茜さんは当たり前かと思っているけど、アイゼンベルクさんのように、視たくても視えない人にとっては、喉から手が出るほど欲しい能力なんだ……とはいえ、他にも裏がある気がするから、気をつけた方がいい。契約書は問題がなさそうだったから何も言わなかったけど、今後、何かあるかもしれない。悟くんは、茜さんを一人で出歩かせないように気をつけなよ」
「そうですね……」
重々しく、悟が頷いた。
不安材料はまだ残っているが、こうして私と悟は、霊視装置開発の支援者と繋がることができた。
気がつくと外は夕方で、東の空には薄ぼんやりとした雲が広がっていた。




