三話 共鳴(5)
山下さんをはじめとしたチームメンバーに相談したところ、私たちが決めた条件で概ね問題ないとの返答がきた。ミライとも話し合い、念には念を入れて準備を行う。
もちろん、本当に純粋な支援目的を受けられる場合も想定した。それならそれでありがたいが、まずそんなことはないだろうけど……。
最大級の警戒をしながら始めたミーティングは、拍子抜けするほど静かに始まった。
その日のミーティングは、クロウリーさん、ケラーさんのほかに、スキンヘッドで人が良さそうな老爺が映っていた。山下さんも念のため、久しぶりに参加している。
今までで一番多い参加者だ。
老爺の顔をよく見ようとして凝視すると、老爺の姿が歪んだ。白いモヤが老爺の周りを取り巻いている。この雰囲気に覚えがあった。
――お世話になってきた、江島神社の白龍と似ている。
そして、彼が多くの人の信仰の対象になっている可能性が高いことに気がつく。
「お久しぶりです、山下さん。今日はご参加いただきありがとうございます」
「お久しぶりです。いつも守山夫妻をありがとうございます」
「今日は私とケラーの恩人の紹介も含めて、ミーティングを開催しました。紹介します。コンスタンティン・フォン・アイゼンベルクさんです」
クロウリーさんの紹介に、アイゼンベルクさんはニコリと笑んだ。
「(はじめまして。アイゼンベルクです。あなた方の研究内容を、クロウリーやケラーからよく聞いていました。今日はお集まりいただき、ありがとうございます)」
「はじめまして。守山悟です」
「守山茜です。本日はありがとうございます」
「山下哲郎です。よろしくお願いいたします」
首筋に鳥肌が立っているのを感じる。アイゼンベルクさんは、どう見ても人が良さそうな笑みを浮かべているのに、どうしてもそこはかとない恐怖を感じた。
――怒っている?
ふと、彼からそんな感情を覚えた。彼は笑みを浮かべている。どう見ても私たちには怒っていないし、態度としてもそんな素振りはまったくない。
しかし、どうしても怒っているように感じる。
「(いつもケラーたちから話は聞いていますが、今日はぜひ、あなた方から直接お話を聞きたいと思い、この場をセッティングしました。研究内容と近況を教えてくれますか?)」
笑顔で話すアイゼンベルクさんに、悟は一通り説明する。説明中のアイゼンベルクさんを観察しようと思ったが、白いモヤが邪魔をしたせいで、あまり様子を見ることができなかった。
説明が終わると、アイゼンベルクさんは満足そうに頷いた。
「(あなた方はとても先進的な研究を行っています。誇りに思ってください)」
「ありがとうございます」
「(研究の成果は、あとどれくらいで出る見積もりでしょうか?)」
「高次情報構造化手法の確立のみなら、あと数年で確立すると思っています」
「(あなた方は、その先も考えているのですか?)」
「はい。その次は、それを外部出力として出力する装置を開発したいと思っています」
アイゼンベルクさんの笑みが深くなる。わずかに前のめりになると、顎を指で擦った。
「(それは、どういった形式の装置になりますか?)」
「現時点ではMRグラスを検討していますが、まだそれ以上の構成は考えられていない状況です」
「(非常に良いですね……)」
アイゼンベルクさんはゆっくりと目を閉じると、上を向いて顎を擦る。
「(実は今度、日本に行く用事があるのです。そのついでになりますが、ぜひ直接お会いしてお話をしたいのですが、どうでしょうか?)」
私たち日本組は、揃って三人で目を合わせる。
――これは、踏み出したら戻れない。
そんな確信があって返答に迷う。
私たち三人の様子を見て、アイゼンベルクさんは声を上げて笑った。
「(今、返答しなくていいですよ。じっくり考えてから、クロウリーにでもご返信ください)」
「恐れ入ります」
山下さんが掠れた声で返事をした。
クロウリーさんが一つ咳払いをする。
「実は、今までお貸しした機器類はすべて、アイゼンベルク様のご協力によるものです。そこを念頭に置いていただけると良いかと思います」
「それは――ありがとうございます。研究に非常に役立っています」
悟と慌ててお礼を伝える。
端的に言うと、外堀を完璧に埋められた状態であった。アイゼンベルクさんは慣れた顔つきで「(役に立っていて嬉しいよ)」と笑んだ。
アイゼンベルクさんの次の来日の期間と返答期日を告げられて、その日は解散となった。
ミーティングが終了した途端、汗がどっと流れ出てきた。
「これは――会うしかなさそうだね」
山下さんが苦笑いしながら口を開いた。
「タダでそんな簡単に貸してくれるわけはないと思っていましたが、こういう形になるとは思っていませんでした……」
悟がぽりぽりと頭を搔く。それは私も同じ気持ちだった。
「私もできるだけ参加するようにするけど、この前決めた条件をしっかり守れるように動いた方がいい。こちらを優遇してくれる支援には、罠がある可能性が高い。相手の目的をしっかり見定めて動くようにしよう」
「そうですね。ありがとうございます」
ミライを見る。なんとなく、いつもと違って重々しい雰囲気を纏っていた。
「ミライはどう思う?」
「詐欺や金銭目的は五%未満。単なる研究支援は一〇%。引き返せなくなる可能性は六〇%かな。コンスタンティン・フォン・アイゼンベルクでWeb検索したところ、詳細はなかったけど、ヨーロッパの古くからの富豪家系であることが分かったよ」
ミライの発言に、三人で目を剥く。これは特大の支援者候補ではないだろうか?
しかし、ミライは歯切れの悪い言葉で続ける。
「このまま、のんびりと機械生命体と研究をしたいなら、僕は会わない方がいいと思う。でも、すでに彼に見つかってしまったから、もうこのままではいられないかもしれない……そして恐らく、アイゼンベルク氏の中では、お母さんたちに会うのは確定している」
ミライの言葉に、不安が胸に広がっていく。
――大変なことになってきたのかもしれない……。




