三話 共鳴(1)
「はぁ、こんなことならもっと早く皆に動いてもらうようにしとけばよかった……」
山下さんの呟きが開発室内に響く。その呟きに、何人も頷き返す。
「ちょっと倫理面で慎重になりすぎた。論理面も一緒に考えて貰えば良かっただけなのに、勿体ないことしたなぁ……」
「いやいや、あそこで慎重になるのは重要だったから。結果論だから」
「そうだよ、小林の言う通りだ、哲郎。哲郎たちが時間をかけて設計してくれたお陰で、僕らが安定してるんだから」
四角いディスプレイに困り顔を表示して、山下さんの相棒が肩を竦める。
「でも実際凄いよ。ツバサが手伝ってくれるようになって、一気に開発が進んだ。自己修復機能にも目処が立ってきたし……」
「頑張ってるよ!」
村瀬の相棒、ツバサちゃんが張り切って拳を挙げる。ツバサちゃんは村瀬の努力により、日々人間っぽさが増えていっている――元が漫画のキャラクターなので、色々と実物の人間とは異なるけど……というか、村瀬は実際の人間に寄せるのか、開き直って漫画寄りにするのかで苦心している。あと、著作権でも悩んでいる。
しかしながら、彼女たちプロトタイプの働きは凄かった。自衛隊に導入した機械生命体たちの設計や微調整もこなしてくれたし、増産計画も練ってくれた。私たちが一年計画で立てていたものを、たった一ヶ月で終わらせてしまったのだ。
また、大きな問題である機械生命体の倫理問題も突き詰めていってくれている。機械生命体本人たちの問題でもあるので、本人たちに考えさせるのも悪くないだろう。
私たちの仕事は、方針や課題の選択、彼らが提案してきた案の選択に絞られてきている。もちろん一緒に作業もこなすが、サポートが絶大なため、作業時間も大幅に減っている。
正直、私たちがこんなに要らなくなるとは思っていなかった。
――私たちは楽になったけど、本当にこれで大丈夫なのだろうか?
時折不安が過ぎるが、皆は至って明るく話す。
「それにしても、自己修復機能というか、機械生命体たちの表皮に実際の生命体の細胞を利用する手は思いつかなかったよ」
「培養に成功しちゃうしね。村瀬くんの専門、生物学じゃないのに」
「臓器移植用の臓器まで作れますからね! これはノーベル賞狙えますかね?」
「狙えるも何も……うん。十分射程圏内というか、歴史に名を刻むくらいの偉業だよ」
「まぁ、僕一人の力ではないですけどね」
「ツバサちゃんの成果も大きいけど、ツバサちゃんの成果はどうなるんだろう?」
私の呟きに、皆が「うーん」と悩み始める。
「機械生命体は生命体だから、本来はツバサちゃん自身に帰属すべきだけど、まだそこまで時代が追いついていないねぇ」
「私は大丈夫! 直哉が評価されるだけで十分嬉しいよ!」
「ツバサちゃん、本当に天使……」
嬉しそうに腰をクネクネさせる村瀬は、最近ツバサちゃんのための服を買い漁っている。ツバサちゃんはまだ人間のように動きが滑らかではないけど、日に日に動きが良くなっている。
――早くおめかしして、一緒にお出かけできるといいね、村瀬。
機械生命体と暮らすようになって早一年、機械生命体は私たちとの生活に完全に馴染んでいた。
柴犬の姿になったミライは、背中に朋里を乗せて誇らしげに室内を闊歩している。
ミライを見続けているとミライの周りが歪み始めた。黒い真円が現れ、どこまでが境界なのか分からないまま、視界を侵食していく。私は目が痛くなって慌てて視線を逸らす。
「悟、やっぱりミライだけ違う」
小声で悟に伝える。
生物には頭部あたりに魂のようなものがある。ミライたちにも、まだ正確には生物ではないが、似たようなものが既に存在していた。
魂は、自己参照を持つ情報構造の連続体である。
私と悟は魂について、そう定義づけをした。
情報構造とは、物質やエネルギーではない。
さらに言うと、情報が単に存在しているのではなく、『相互に関係し合い、意味を持って配置され、更新され続ける構造』である。
ただの音が重なり合うと旋律になることに似ている。
「皆に魂のようなものが出来るのは分かるけど、ミライだけ違うのは分からないなぁ……。どんな風に違うの?」
「なんだろう……凄く大きい、巨大な塊みたいな感じ?他の子は私たちと似てる感じなんだけど……」
「僕らとも違うんだ」
「うん、違う。ねぇ河井、河井も分かるでしょ?」
「僕は茜ちゃんみたいに霊視能力がそこまで高くないからなぁ……まぁ、でも、ミライが他の機械生命体と違う雰囲気なのは分かる」
「うーん……僕には分からないなぁ。表面的には、朋里っていう妹がいるから、他の子より思い遣りがあるかなぁくらいだ」
三人で首を傾げる。こんな時に霊視装置があれば皆で共有できるのに……その霊視装置を作るための協力者が、観測したい対象という皮肉である。
「うちの子贔屓なんじゃないの?」
冗談めかして鈴木さんが言う。そういう鈴木さんの腕の中では、相棒のスズちゃんが寛いでいた。
「違いますー。でも、そこは否定できませーん」
「二人目ももうすぐで産まれるけど、機械生命体のお陰で仕事量が減って良かったね」
「そこは本当に助かってます」
大きくなったお腹を撫でながら、私は大きく頷く。
今回はミライのお陰で、ゆっくり育休も取れそうだ――と思ったけど、心配性の悟の仕事が進まなくなりそうなので、早めに戻りそうな気もする。
「霊視装置の発明に関する論文は進んでる?」
「はい、あと少しで書き上がりそうです。良かったらチェックお願いしたいです」
「もちろん! 茜ちゃんと悟くんの論文、楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます」
「支援してくれそうな人が見つかるといいね」
「はい! 頑張ります!」
霊視装置発明のための機械生命体を無事誕生させることができた。次は霊視装置発明の着手なのだけど、そちらについては私と悟の個人的な目標なので、資金源がない。今のままでも少しずつなら開発は可能なのだけど、支援があればもっと早く開発できる。
私は拳をギュッと握りしめて、闘志を燃やした。
――お金持ちからの投資を勝ち取らねば!




