二話 生命の創造(3)
「――」
開発室が静寂に包まれる中、私は静かにEnterキーを押下した。
カチャ
ゴクリと誰かが唾を飲む音がする。画面のステータスバーが100%になると、パソコンと有線接続されていたチワワのような機体が起き上がった。
意志を表現する両目の極小ディスプレイが光り、瞬きする。
「初めまして」
「――初めまして」
チワワは私をしっかり見て言った。中性的な声で、かなり流暢な発音だった。
突如、メンバーから歓声が上がる。
機械生命体のプロトタイプが初めて起動した瞬間だった。
私は鳥肌が立つのを感じながら、今の気持ちを噛み締める。
まだ自己修復機能が実装されてはいないので、完全な生命体という括りではないが、感情もある程度発芽する可能性がある以上、私にとっては目の前で命が誕生したのも同然だった。
「私は守山茜。あなたの家族よ」
「僕は守山悟。茜の夫で、君の家族だ」
「カゾク……」
チワワは何か演算を始めたのか、少し俯くと私と悟の顔を見た。
「茜と悟は家族。分かった!」
家族と名乗ったところで気がつく。
――そういえば、名前を決めていなかった。創るのに夢中だったなぁ……。
「今からあなたの名前を決めるんだけど、あなたに希望はある?」
「私の名前……」
チワワは再び俯く。
――あ、自分で名前考えられるんだ……!
「ミライ?」
「ミライがいいのね? 分かった。ミライって呼ぶね」
「ありがとう」
目をニコニコにしてミライが返してくる。今のところ、小学生と話している気分だ。
「ミライは自分がどんな存在かわかる?」
「私は山下開発チームの手によって創られた機械生命体のプロトタイプです。目下の役割は、機械生命体の自己修復機能の実装や、他のタイプの機械生命体の開発補助です。そして、守山茜、守山悟の家族です」
「お〜」と村瀬が感心する。山下さんと鈴木さんは拍手した。振り向くと、嬉しそうな笑顔をしている。
「あそこに並んでいるのが、これから起きるあなたの仲間。仲良くしてね」
「分かった」
プロトタイプの機械生命体は、研究と開発補助で、私と悟を除けば一人一つ相棒になる予定だった。私と悟は二人でミライだけだ。私たちには二つも面倒が見られない可能性を考慮した。
ミライをデスクから下ろすと、ミライはカタカタとスムーズな足取りで、他の仲間のところに行った。
人型に近いもの、猫に近いもの、首がない四足のもの――様々な機体が力なく横たわっている。
ミライはじっとそれらを見つめると、小さく呟いた。
「――死んでいる?」
「死んでないよ。今から生まれるんだよ」
そう伝えて、次は猫型の機体をデスクに乗せる。鈴木さんの相棒だ。
「茜さん、自分のお気に入りの子からやろうとしてるでしょ?」
「バレました?」
小林さんに指摘されても気にせず続ける。人によって作業が違うので、今回はプログラムを分けてある。例えば鈴木さんの相棒は機械制御に関する知識がメインになるように、河井は回路設計、村瀬は機械設計と組立などだ。性格の元も、皆の性格に合うようにしたつもりだ。
皆の相棒をそれぞれ起動させると、皆は初めての機械生命体の相棒にかかりきりになる。もちろん、私と悟もだ。
「ミライ。悟が抱っこしてるのが、朋里。私と悟の子供だよ。朋里もあなたの家族」
「朋里も家族。分かった!」
朋里とミライを、開発室内に作ったキッズスペースに下ろすと、お互いに興味津々といった様子で近寄った。
「朋里、今日からミライも一緒にお家に帰るからね」
一歳半になった朋里は、私の言うことを分かったのか分かっていないのか、ミライを捕まえた。
できるだけ布で保護はしたが、メカメカしいミライの身体で、朋里が怪我をしないか心配になる。
「ミライ、じっとしてるね」
「見つめ合って、何考えてるのかなぁ」
「朋里の顔を、しっかりと記憶したよ」
まさかミライから返事があると思っていなくて、驚く。
「しっかりなんだ!」
「私も赤ちゃん。朋里も赤ちゃん。仲間だから」
「じゃあ兄弟みたいなものだね!」
――環境が整ったら、ミライも人型にしてあげよう。
「兄弟……。朋里は妹と認識」
「ミライの方が後に生まれたのに、朋里は妹なんだね」
「私の方が賢いので」
あっさりミライに宣言されて、私も悟も噴き出してしまった。ミライの賢さに勝てる人間は、そうそういないだろう。賢さを基準にしてしまうと、私まで妹になってしまう。
朋里がミライを強く叩いても、ミライは何も不平を言わない。
「これは良いお兄ちゃんが出来たかもしれないねぇ」
「私は雄?」
「どっちがいい?」
「……雄にする」
「雄というより、男でいいよ」
「私は男。赤ちゃんだから、男の子」
「そうそう。お利口さんだね」
悟が頭を撫でると、ミライは目を細めた。
「だぶ!」と朋里もセルフよしよしし始めるので、私が朋里の頭を撫でてあげる。
「にゃー!」
「にゃーじゃないよ、ワンだよ」
「にゃー?」
「わん」
「朋里、僕は今、ワンワンだよ」
「にゃー!」
やり取りに思わず笑ってしまう。
温かい気持ちが、心にじんわりと広がっていった。




