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沈黙する存在  作者: 小島もりたか
2章 生命の創造
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一話 初産(5)

遠くで一定的なリズムを刻む電子音が聞こえた。


目をつぶっているのに目眩がする。

身体中が怠く、鉛になったのかと思えるくらい重く感じる。

お腹が痛い。


妊娠中の体調不良が可愛く思えるくらいの体調不良が、私の身体を襲っている。


――寒い。


水風呂に入った時のように、全身が冷たくなっている気がする。


「茜――お願いだから、起きて――」


遠くで悟の声が聞こえる。


「もし、目覚めて、霊視装置も完成できたら、今度は宇宙に行こう。茜も興味あるでしょ? ロケットくらい、また勉強して設計するからさ――」


湿った声には疲労が滲んでいる。


気がつくと、左手だけやたらと温かい。


――早く起きないと……。


何で悟が泣いているのだろう?

どうして自分の身体はこんなに不調なのだろう?

焦りと疑問ばかりが募っていく。


「――さとる?」


精一杯発した声は、喉が掠れて酷いものだった。

重たい瞼を懸命に開けると、泣き腫らした顔の悟がベッドの横に座っていた。


「茜!! 良かった!!」


悟は私を抱き締めようとしたが躊躇い、握っていた左手を両手で強く握りしめた。


「どうしたの? 私、出産して――赤ちゃんは?」


辺りを見回す。私の身体に点滴やら、バイタルやら、様々な物が接続されていた。


「馬鹿! あの後、大量出血して気を失ってたんだ! 死にかけてたんだ!」


悟は怒ったかと思えば、安堵したように「良かった……」と呟いて、私の手を自分の額に当てた。


「茜を失うんじゃないかって、気が気じゃなかった……」

「ごめん」


悟は首を振る。


「茜も、誰も悪くないよ。不測の事態だったんだ。改めて出産は命懸けだって思い知らされたよ。死亡率が低いのは、茜みたいに命を救ってもらえてるだけなんだって。現代医療は素晴らしいよ。江戸時代なら確実に僕は茜を失っていた」


悟はいつもより、かなり早口で言った。そしてまた私の手を額に当てる。


「助かって、本当に良かった……」


涙をポロポロと流し始める悟に、私は何と言葉を掛けていいのか分からなかった。口を開けると謝りそうになる。そうすると、また謝罪は要らないと首を横に振るだろう。


「僕は茜がいないと、何者にもなれなくなる……」

「……悟は悟だよ?」

「僕はパソコンみたいなものだ。茜という使用者がいないと、意味のないただの箱になる」

「それは、自己評価低すぎだよ」


悟は至極真面目に首を振る。


「僕は茜と一緒に居るために生きてるんだ。茜が居ないと嫌なんだ。無理なんだ……。だからお願い、先に死なないで」


悟が懇願するように私を見る。


「私と一緒に居るためって……私に価値を置きすぎだよ」

「それは人それぞれの価値だよ。茜には茜の、僕には僕の価値観がある」

「うん、まぁそれは……」


そうなのだけど……うん。今の私には説得は無理だろう。というか、一生説得は無理な気がする。これは頑張って長生きするしかないかもしれない。


悟が思い出したように慌ててナースコールを押すと、看護師さんが素早くやってきて、次々に展開が進んだ。


どうやら私は産後の子宮収縮が弱く、そのせいで大量出血し、生死の境を彷徨っていたらしい。処置は何とか上手くいき、目を覚ましたのは翌朝だったとのことだ。


私は死にかけたという実感が湧かないまま、悟に臨死体験のことを伝えると、「馬鹿!」とほっぺを抓られた。


赤ちゃんに会えたのは、さらに翌日。

母子同室は、さらにその翌日からだった。


分娩の傷跡と処置の影響なども組み合わさり、私は暫く真っ直ぐ歩けなかった。その状態での母子同室は、夜泣きと組み合わさり、なかなかの大変さで、私はすぐにギブアップし、夜中の赤ちゃんの対応は助産師さんにお願いすることになった。


――悟も一緒に入院できたらよかったのに……。


己の不甲斐なさに、私は夜中、独りで泣いた。

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