一話 初産(5)
遠くで一定的なリズムを刻む電子音が聞こえた。
目をつぶっているのに目眩がする。
身体中が怠く、鉛になったのかと思えるくらい重く感じる。
お腹が痛い。
妊娠中の体調不良が可愛く思えるくらいの体調不良が、私の身体を襲っている。
――寒い。
水風呂に入った時のように、全身が冷たくなっている気がする。
「茜――お願いだから、起きて――」
遠くで悟の声が聞こえる。
「もし、目覚めて、霊視装置も完成できたら、今度は宇宙に行こう。茜も興味あるでしょ? ロケットくらい、また勉強して設計するからさ――」
湿った声には疲労が滲んでいる。
気がつくと、左手だけやたらと温かい。
――早く起きないと……。
何で悟が泣いているのだろう?
どうして自分の身体はこんなに不調なのだろう?
焦りと疑問ばかりが募っていく。
「――さとる?」
精一杯発した声は、喉が掠れて酷いものだった。
重たい瞼を懸命に開けると、泣き腫らした顔の悟がベッドの横に座っていた。
「茜!! 良かった!!」
悟は私を抱き締めようとしたが躊躇い、握っていた左手を両手で強く握りしめた。
「どうしたの? 私、出産して――赤ちゃんは?」
辺りを見回す。私の身体に点滴やら、バイタルやら、様々な物が接続されていた。
「馬鹿! あの後、大量出血して気を失ってたんだ! 死にかけてたんだ!」
悟は怒ったかと思えば、安堵したように「良かった……」と呟いて、私の手を自分の額に当てた。
「茜を失うんじゃないかって、気が気じゃなかった……」
「ごめん」
悟は首を振る。
「茜も、誰も悪くないよ。不測の事態だったんだ。改めて出産は命懸けだって思い知らされたよ。死亡率が低いのは、茜みたいに命を救ってもらえてるだけなんだって。現代医療は素晴らしいよ。江戸時代なら確実に僕は茜を失っていた」
悟はいつもより、かなり早口で言った。そしてまた私の手を額に当てる。
「助かって、本当に良かった……」
涙をポロポロと流し始める悟に、私は何と言葉を掛けていいのか分からなかった。口を開けると謝りそうになる。そうすると、また謝罪は要らないと首を横に振るだろう。
「僕は茜がいないと、何者にもなれなくなる……」
「……悟は悟だよ?」
「僕はパソコンみたいなものだ。茜という使用者がいないと、意味のないただの箱になる」
「それは、自己評価低すぎだよ」
悟は至極真面目に首を振る。
「僕は茜と一緒に居るために生きてるんだ。茜が居ないと嫌なんだ。無理なんだ……。だからお願い、先に死なないで」
悟が懇願するように私を見る。
「私と一緒に居るためって……私に価値を置きすぎだよ」
「それは人それぞれの価値だよ。茜には茜の、僕には僕の価値観がある」
「うん、まぁそれは……」
そうなのだけど……うん。今の私には説得は無理だろう。というか、一生説得は無理な気がする。これは頑張って長生きするしかないかもしれない。
悟が思い出したように慌ててナースコールを押すと、看護師さんが素早くやってきて、次々に展開が進んだ。
どうやら私は産後の子宮収縮が弱く、そのせいで大量出血し、生死の境を彷徨っていたらしい。処置は何とか上手くいき、目を覚ましたのは翌朝だったとのことだ。
私は死にかけたという実感が湧かないまま、悟に臨死体験のことを伝えると、「馬鹿!」とほっぺを抓られた。
赤ちゃんに会えたのは、さらに翌日。
母子同室は、さらにその翌日からだった。
分娩の傷跡と処置の影響なども組み合わさり、私は暫く真っ直ぐ歩けなかった。その状態での母子同室は、夜泣きと組み合わさり、なかなかの大変さで、私はすぐにギブアップし、夜中の赤ちゃんの対応は助産師さんにお願いすることになった。
――悟も一緒に入院できたらよかったのに……。
己の不甲斐なさに、私は夜中、独りで泣いた。




