一話 龍のいる神社(1)
「なんでそんな事言うの?!」
パシンと乾いた音が響く。いきなりの揺れに頭がついていかず、数秒経ってやっと自分が母に平手打ちされたことを理解する。見上げた母は涙を流しながら肩を震わせていた。蒸気した呼吸が荒々しく口から吐き出されている。
「引っ越して早々にこんなことを言うなんて、可愛くない孫娘だこと」
家主である父方の祖母が吐き捨てるように言った。
「でも――」
「変なこと言って気を引こうとしないの!」
「――」
母の怒気に私は何も言えなくなる。私は変なことを言っているつもりも、気を引きたいとも思っていなかった。涙が零れそうになるのを堪えながら、私は小さく首を振ることしかできなかった。
『……』
廊下を窺う。しかし、沢山積まれた荷物の向こうに、確かにそれはいた。黒い影が祖母を見つめるように立っている。はっきりとした顔も、目もないのに、何故か祖母を見ているのが理解できる。私は小さく身震いした。
「そんなにこの家が嫌なら出ていきな!」
「お義母さん、茜も悪気があって言った訳じゃないんです」
「でも怖がって片付けしないならジャマじゃん。外で遊ばせとけば?」
「剛! こんな雪の日にずっと外にいたら風邪引いちゃうでしょ!」
「でもそれじゃあ片付かないよ?」
兄は心底意地の悪い笑みを浮かべながら私を見た。
「いいご身分だな。家の手伝いしなくていいんだもんな」
「剛!」
「そうね。茜ちゃんがいたら、今日片付くものも片付かなくなるわ。今日は1日外で遊んでいてもらいましょ」
「お義母さん、それは酷すぎです!」
「今日中に片付かなかったら責任とれるの?」
「それは……」
私は視線を彷徨わせる母の服を引いた。
「おかあさん、わたし そとであそぶよ」
「でも……」
「だいじょうぶ。わたし ねんちゅうさんだよ?」
私はできるだけ頼もしく見えるように胸を張ってみせた。まだ悩んでいる母を他所に、祖母はシッシと私に手を振った。
一番分厚いコートを着て、マフラーも着けて玄関を出たが、外は予想以上に寒かった。辺りは薄ら雪を被り、空からは大きな牡丹雪が降っている。叩かれた頬が熱を帯びていたことに、やっと気がつく。
――しろいにょろにょろがうかんでるところに いってみよう。
何となく、行くならそこに行けばいいと、薄ら思っていた。滑りそうになる足を、転げてしまわないよう必死に踏みしめながら、私は歩き始めた。




