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沈黙する存在  作者: 小島もりたか
2章 生命の創造
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一話 初産(4)

「ありがとう……ありがとう、茜」


悟がボロボロと涙を流しながら、赤ちゃんを抱く。赤ちゃんは人生初の大仕事に疲れてしまったのか、眠っているようだ。大人しく抱っこされている赤ちゃんと、私と悟で写真を撮ってもらった。何度拭いても止まらない涙と鼻水でぐしゃぐしゃの悟は、私の記憶にも一生残るだろう。


産後の処置も粗方終わり、悟とのんびりしていると、急に眠くなってきた。赤ちゃんは助産師さんが連れて行って、もういないのが少し寂しいが仕方ない。


「昨日全然寝られなかったし、めっちゃ眠くなってきたわー」

「大仕事の後だもん、仕方ないよ。僕のことは気にせず、寝ていいからね」

「ありがとうー」


体勢を変えようとすると、おしり周りの服がねちゃりとした。生理が酷い時のやつに似てるなぁ、悪露ってやつかなぁと思いつつ、眠たいのでそのまま横を向き、悟を見る。悟を見ながら寝るのも悪くない。


「あ――待って、茜。ちょっと、ナースコールどこ?」

「枕の上になぁい?」


瞼が重い。腕を上げるのも億劫で、目を瞑ったまま伝える。


「待って茜、寝ないで。――すみません、出血が服まで広がってるんですけど――」


悟が私の肩を揺する。瞼が開かないほど眠いのに、何故寝かせてくれないのだろう?


「もう、さっき寝ていいって言ったじゃん」

「事情が変わった。たぶん、寝ちゃダメだ。寝ないで、起きて!」


助産師さんが駆け込んできた音が聞こえた。


「どんどん出血が増えてるみたいで」


焦った悟の声が、遠くに聞こえる。何をそんなに焦っているのだろう?


「守山さーん、寝ないでください! ちょっと体勢変えて、お腹診ますよー!」


「はーい」と口が動いたのかすら定かではない。ただ、助産師さんに身体を倒されて、仰向けにさせられたことだけは理解した。


「旦那さん。寝ないように声をかけ続けてください! ――守山さん、多量出血です! 子宮収縮不全の疑いあり。至急、先生を呼んでください!」

「茜、お願い、寝ないで! 起きて! 起きて!」


悟に顔を触られている気がするが、何をされているのか分からない。

急に分娩室に騒がしさが戻ってくるが、気にならないくらい、眠い。

何か大変なことが起きたことは、うっすら理解したが、それ以上のことは考えられなかった。


「茜! 茜!」


――お願い、悟。眠いの。少し寝かせて……。


そうして、私の意識はストンと落ちた。



********


ふと気がつくと、空に浮かんでいた。足元には街が広がり、空は雲のようなモヤが広がっている。

そこに向かって、キラキラした物が列になって登っていく。なんとなく、あそこに向かわなければと思って、列に加わった。


――何の行列なんだろう?


列は巨大だけど、間隔は疎らだ。列と表現したが、皆が一斉にそこに向かうので、列のように見えるだけで、実際は誰も並んでいない。神社の拝殿に、大勢の人が向かっている感じ、と表現すればいいだろうか。


地面なんてないのに、空に登っていく感覚が面白い。周りをよく見ると、一緒に登っている人は、全体的に白っぽくて、半透明だ。そのことに、不思議と疑問は湧かない。


途中で、真っ黒な塊が、私の少し前を横切っていった。それは、登っている人の一人を捕まえると、その人を包み込んで下っていく。


――あれは、関わってはいけないものかもしれない。


私は小さく震えた。


再び登り始める。なんだか左手が重くて、歩きにくいが、頑張って登る。すると、見覚えのある顔に出会った。


『――おばーちゃん』


その人は確かに、私が6歳の頃に死んだ祖母だった。確か、同居した翌年に亡くなっている。ムスッと立つ祖母は、老爺の腕を組んでいた。写真で見た記憶しか残っていなかったけど、老爺は祖父だった。


『おじーちゃん?』


私の疑問形に、祖父はニコリと微笑んだ。その微笑みを見て、私が昔怯えた、顔のない黒いおばけは、祖父だったのだと悟る。


『茜ちゃん。戻りなさい』

『え?』

『まだ、ここを登るには早いよ。戻った方がいい』

『でも、上が気になる……』

『上に行くと、下に戻れなくなるよ』


優しい祖父の語りかけに、私はたじろぐ。

左手が一段と重くなった気がした。


『早く戻りな。あんたがまだ来るとこじゃないよ!』


祖母も、面倒臭そうに私に言う。


『でも……』と食い下がる私に、祖父は私の肩を掴んで、向きを変えさせる。


『さぁさぁ、お戻り』


背中を優しく叩かれると、急に足場が無くなったように、街に向かって落下を始めた。

祖父母が、私を見下ろしながら、手を振っているのが見えた。左手がどんどん軽くなっていくのを、私はなんとなく不思議に思った。

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