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沈黙する存在  作者: 小島もりたか
2章 生命の創造
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一話 初産(1)

「茜、ちょっと待って、持つから!」

「大丈夫だって、もう臨月だから」


のんびり答えたけど、悟は慌てて私が持っていた資料の箱を取り上げた。


「無理しちゃだめ!」


きつく言い聞かせる悟に、私は「大丈夫だよー」と微笑んで受け流す。


妊娠十か月目。大きくなったお腹は少し辛いけど、多少の荷物を持つくらいは平気だ。

悟は少し心配性すぎるんじゃないかと思う。

しかも、もう臨月だ。切迫早産の心配もない。

あとは陣痛が来て、産むのを待つだけ。


「でも、悟さんの言うとおりですからね。茜さん、無茶しちゃだめですよ」


開発チームのリーダーである山下さんが、釘を刺してくる。


「辛くなったら、早く言ってくださいね。本当はもう産休の時期なんですから」

「分かりました。ありがとうございます」

「茜はもっと自分の身体を大事にして。今は一人の身体じゃないんだから!」

「うん」


私は大きくなったお腹を撫でる。出産が近いのか、お腹が張ることが増えて、少し辛い。

夜中になると元気に蹴られて目が覚めるので、寝不足でもある。


――確かに、ちょっと辛いかも……?


脈拍が上がっていることに気づいて、慌てて――とはいえ素早く動けないので、のろのろと――椅子に「よっこらせ」と腰を下ろした。


私と悟が所属するチームの目的、

機械の身体を持つ人工知能――機械生命体の開発も、ゆっくりと進んでいた。


デスクに置いてある、人工知能が搭載されていない四足の機械を突っつく。手のひらサイズのそれは、去年作った試作機で、ジャンガリアンハムスターと同じくらいの大きさだ。ハムスターより手足はかなり長いけれど、可愛いので私のデスクに飾っている。


――なるべく早く開発に復帰したい気もあるし、育児に専念したい気もする……。


悩ましいなぁ、と思いながら、お腹の上に機械を乗せる。なかなか良い感じに収まった。


私の気持ちを察したように、山下さんが告げる。


「落ち着いたら、ここに連れてきていいから。片付けるのはちょっと大変だけど、悟さんに頑張ってもらって、皆でお子さんの面倒を見ながら開発を続ける感じでいけるから。皆も、その方がいいって確認済みだから」


そう言って、私に手を合わせる山下さん。


「正直なところ、産後の茜さんには申し訳ないけど、茜さんがいないと、こっちとしても困るから。あ、でも一案だからね。一年きっちり育休取ってもらってもいい。これは権利だから。開発が一年遅れたところで困るのは、対外関係を任せてる小林君だけだから」


小林さんは苦い顔をしたけど、私は思わず笑顔になる。

その気遣いが、嬉しかった。


「お気遣いありがとうございます」

「出産は何があるかわかりませんからね。特に産褥期は無茶しちゃだめですよ。悟くん、しっかりするんだよ」

「はい。僕も育休を頂くので、その間はしっかり茜を休ませます」


悟が頷くと、小林さんも大きく頷いた。

小林さんは、悟にとって父親先輩になる予定の人だ。


「既に私、家事はほとんどしてませんからね。今仕事してるのも、家だと倒れた時が心配だし、家事をするくらいなら、って感じですし」

「仕事、辛くない? 大丈夫?」

「基本、座ってるだけなんで大丈夫ですよー」

「いやいや、私の奥さん、デスクワークで切迫早産でしたから」

「入院されたんですか?」

「いや、そこは回避して、自宅で絶対安静だった」

「大変でしたねぇ……」


「大変だった……」と遠い目をする小林さん。

「まあ、産後の方がもっと大変だったけど」と、へらっと笑う。


ウゴゴゴゴゴ


お腹の中で、赤ちゃんが蠢く。

――そうだよ、はっちゃけるからね!

そう言っているような気がした。


「あー、悟もとうとうパパかー。早いなぁー」


村瀬が椅子の背もたれに、ぐっともたれかかる。


「面白いよなぁ。今俺達が頑張って作ってる生命体を、茜ちゃんは着々とお腹の中で作ってるんだもんなぁ……面白いわぁ……」


村瀬が、しみじみと呟く。


「ついこないだまで、一緒に高専で研究してたのにさ。悟と茜さん、もう人類の保護者になろうとしてるんだよねぇ」


河井まで、しみじみと呟いた。

二人は高専の卒業研究で組んだチームのメンバーだ。

私達四人は、その卒業研究が山下さんの目に留まり、今のチームにスカウトされて、現在に至っている。


私はお腹を撫でながら、これまでのことを振り返る。

色々あった。本当に色々あった。

それでも今、こうして母親になろうとしている。


早く会いたい。

でも同時に、一人の子を成人まで責任を持って育てられるのかという不安もある。


正直、妊娠による慢性的な体調不良も辛い。

お腹の中で無事かどうかが心配で、胎動を確認してしまうこともしょっちゅうだ。早く産んでしまいたい。でも、怖い。


産んでしまえば、責任が生まれる。


私に、その責任がちゃんと果たせるだろうか。

不安は、消えない。


そんな私の気持ちを見透かすように、悟が私の頭をくしゃりと撫で、微笑みかけてくる。


――私一人だったら、責任が重すぎるかもしれない。

でも、私には悟がいる。

責任は、二人で分かち合えばいい。


悟に微笑み返す頃には、少しだけ心が楽になっていた。

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