レイヤー14の少女
最初に動いたのは、カイであった。
考えるよりも早く、終打槌が振り上げられる。
躊躇はない。迷いもない。
ただ、守るという衝動だけが、身体を突き動かしていた。
「下がれええっ!」
衝撃が、大地を叩いた。
圧縮された力が爆ぜ、空気が悲鳴を上げる。
人の身で振るえる限界を超えた一撃であった。
だが──
レヴィアタンの鱗は、砕けない。
衝突の瞬間、確かに当たった。
衝撃も、反動も、手応えもあった。
それなのに。
力が、途中でほどける。
槌に込めた「守る」という想いが、
途中で解体され、地面に落とされていく。
「……っ!?」
カイの足元が、ぐらりと揺れた。
衝撃の余波ではない。
世界の前提が、ズレた。
続けて、イリスが踏み込む。
星喰らいの剣閃が走る。
無駄のない、研ぎ澄まされた一太刀。
鱗の表面に、確かに亀裂が入った。
だが、
その亀裂はすぐに再生される。
斬ったという事実だけが、
空振りのように宙に残る。
「……効いて、ない?」
イリスの声が、わずかに揺れた。
レヴィアタンは、反撃しない。
吼えもしない。
睨みもしない。
その存在だけで、
攻撃という概念が、少しずつ溶けていく。
オルドが、六枚の翼を大きく広げた。
「退くな!」
熾天使の光が、対象を切り裂く。
神話アバターとしての権限を、限界まで引き上げる。
【介入権限:最大】
【因果補正:実行】
光が、レヴィアタンの体躯を貫いた。
今度こそ、はっきりと損傷が生じる。
鱗が剥がれ、黒い何かが覗く。
傷は、存在している。
だがそれは、「攻撃の結果」として、
認識されなかった。
【損傷:確認】
【意味変換:発生】
【戦闘行為→観測対象外】
「……なんだ…と」
オルドの声が、途切れる。
「殴るほどに」
レヴィアタンの鈍い声が、地面から響いた。
「世界は壊れる」
ゆっくりと、言葉が落ちる。
「お前たちは、解っているのか?」
村の一角で、悲鳴が上がった。
誰かが、セーラを見て、後ずさる。
「……違う」
「違う、違う……!」
祈りや命令ではなく、
小さな拒否が、連鎖する。
それに反応するように、
レヴィアタンの体躯が、わずかに地面に沈んだ。
初めての、明確な変化。
ジュリアンの声が、通信越しに飛ぶ。
『オルド! これ以上は駄目だ!』
『このまま続ければ……世界の方が先に壊れる!』
オルドは、歯を食いしばる。
勝てない。
だが、それ以上に。
「……ここで続ける意味が、ない」
熾天使の翼が、わずかに下がる。
撤退判断。
強制介入は、失敗した。
肩を落とすオルドの向こう。
セーラの喉から、かすれた声が漏れた。
「……こないで」
小さな、しかし確かな拒否。
それに、レヴィアタンが応える。
体躯が、ほんの僅か、距離を取った。
攻撃ではない。
譲歩でもない。
理解だ。
魔王は、満足したように言った。
「レイヤー14の神よ」
そして、初めて明確にセーラに告げる。
「この世界は、まだ、壊す価値がある」
そう言うと、
レヴィアタンから圧が消えた。
魔王の姿は、その言葉を残したまま、地層の向こうへ沈んでいく。
誰も、追えなかった。
カイは、槌を下ろす。
イリスは、剣を握ったまま、動けない。
オルドは、翼を畳み、呟いた。
「まともな戦いじゃなかった」
遠くで、ジュリアンが答える。
『ああ』
『審問だ』
そして、ログの最後に、静かに表示が灯る。
【結論】
【魔王レヴィアタン】
【未撃退】
戦いは終わっていない。
それどころか、
ようやく始まったばかりであった。
瓦礫の隙間で、
セーラはまだ完全には起き上がれずにいた。
視界に入ったのは、白い翼と、見覚えのない光。
「……だれ?」
小さな声。
オルドは、一瞬だけ言葉に詰まる。
そして、ほんの少し優しく笑った。
「懐かしいな、セーラ」
セーラは眉をひそめる。
「……しらない」
「そうだな」
オルドは頷いた。
「今は、まだ思い出さなくていい」
間を置いて、静かに問いかける。
「さっき……君は、何を想った?」
セーラは、少し考える。
難しい言葉は探さなかった。
「……それ以上」
喉が、かすれる。
「それ以上、奪わないでって……それだけ」
オルドは、目を閉じる。
「そうか」
その声には、敬意が混じっていた。
「優しい子だな、セーラ」
彼は、言いかける。
「……レイヤー14のことは——」
「?」
きょとんとしたセーラの目。
オルドは、そこで言葉を切った。
ゆっくりと首を振る。
「……いや」
「思い出さない方が、幸せかもしれない」
セーラは意味が分からないまま、
それでも不思議と、胸の奥がしんみりと冷えた。
オルドは立ち上がり、翼を畳む。
セーラが拒否したものは祈りではなかった。
助けてほしいとも、救ってほしいとも、
彼女は思わなかった。
何かを与えられることも、
何かとして扱われることも。
壊されるなら、自分だけでいい。
この村も、この人たちも、物語にしないでほしい。
だから彼女は言った。
来ないで、と。
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