強制介入
【観測異常:発生】
【座標:エデン外縁/村落区画】
【分類不能な行動傾向を確認】
ジュリアンは、端末に映るログを見つめたまま、
指を止めた。
回復槽を出て、まだ身体は万全ではない。
「……おい、これは」
声が、震える。
「これは、暴走じゃない」
オルドは、すでに画面を覗き込んでいた。
表示されているのは、単純な移動ログだ。
侵入経路。接触予測。被害推定。
そのどれもが、異常なほど整っている。
「目的が、ある……」
別のログが割り込む。
【対象行動予測】
【第一段階:村落制圧】
【第二段階:精神構造破壊】
【第三段階:対象個体・停止】
「……殺すつもりか、人の手で」
ジュリアンの顔から、血の気が引いた。
「壊してから、殺すんだろう」
オルドは、静かに答える。
対象個体、
表示された識別コードの先にあったのは、
一人の少女の名前だった。
「セーラ……」
沈黙の中で、別のデータが一致する。
【冥界由来反応】
【識別名:レヴィアタン】
【別名照合:ライナス】
ジュリアンは、思わず体が硬直した。
「ライナス、あいつ」
「冥界に降りた観測者か」
「いや観測してたんじゃない」
オルドが否定する。
「待ってたんだ。ここまで世界が壊れるのを」
そして、ログが赤く染まった。
魔王の侵入が開始される。
◆
セーラは、瓦礫の間で意識を失ったまま
横たわっている。
カイとイリスは、そのすぐ傍にいた。
「……空気、変じゃない?」
イリスが、小さく言う。
答える前に、大地が裂けた。
今度は、盛り上がりではない。
地表の大部分が、縦に引き剥がされた。
轟音はなく、
あるのは、圧縮された沈黙だけだった。
裂け目の奥から、巨大な影がせり上がる。
鱗に覆われた頭部。
蛇のように長く、竜のように歪んだ輪郭。
顎が開く。
牙は並んでいなかった。
内側へ、内側へと螺旋状に重なり、
覗き込めば、どこまでも落ちていく空洞が続いている。
眼が、ひとつ、開いた。
それは瞳孔を持たない。
濁った水面のような膜の奥で、
無数の光点が、ゆっくりと明滅していた。
見られた瞬間、
人々の思考が、一拍、遅れた。
理解より先に、
身体が「ここにいてはいけない」と判断する。
頭部に続き、
胴体が現れる。
長大な体躯は、村を囲むために現れたのではない。
最初から、村よりも大きかった。
鱗が擦れ合うたび、
家屋が振動し、
井戸の水が逆流し、
地面に刻まれた祈りの痕跡が、
次々と剥がれ落ちる。
尾が、ゆっくりと地表をなぞる。
触れた場所から、
作物が枯れ、
土が黒く変色していった。
それは破壊と同時に、
意味を剥がしていた。
この世界が積み上げてきた、
秩序と選択と希望を、
一枚ずつ、剥ぎ取るように。
「……あ、悪魔か」
カイは臨戦態勢を取る。
完全に姿を現した魔王レヴィアタンを見て
この場にいる全員が理解した。
──自分たちはここで死ぬかもしれない。
魔王レヴィアタンは戦いが、
成立する前提を、
踏み潰すために、来ていた。
その時。
世界の観測層が、強制的に一段ずれた。
座標指定も、
経路生成も、
因果補正も行われていない。
観測点、前進。
ログに、見慣れない表示が走る。
【観測補正:強制介入】
【代替中心:未定義】
【観測可能主体:オルド】
【配置理由:干渉可能な上位観測体】
現世に干渉し始めた箱庭システムは、
かつて神話アバターを扱った人間を、
唯一の“干渉可能点”として選び取った。
そして、熾天使の姿をしたオルドが、
セーラの前に降臨した。
「あれは……」
カイは既視感を覚えた。
「止まれ」
熾天使オルドの威圧と同時に、空間が重くなる。
レヴィアタンの鱗の一部が、圧縮された力で弾き飛ばされた。
だが、傷ではない。ただの挙動確認。
低い、低い声が、地面全体から響いた。
「……来たか」
視線はない。
それでも、確かに向けられている。
「遅いな、介入者」
オルドの背筋が凍る。
「やっぱり、お前か……ライナス」
「邪魔をするなよ」
レヴィアタンの体躯が、わずかに動く。
それだけで、村の建物がガタガタと軋む。
「俺は、正解のいらない世界を見に来た」
その中心に、視線が定まる。
倒れた少女。
セーラ。
レヴィアタンは、近づかない。
だが、圧だけが、彼女を潰そうとする。
「ライナスさん!」
カイが、一歩前に出た。
「……子供だぞ」
その言葉に、ほんの僅か、間が生まれる。
「だからだ」
レヴィアタンは、淡々と言った。
「世界の中心になる前に、
心を壊す」
イリスが、剣を構える。
「させない……!」
「理由は?」
一瞬の問い。
「理由なんて、ない」
カイは、槌を握り締めた。
一歩、前へ。
「子供だからだ」
それだけで、守られる理由には十分であった。
オルドが、歯を食いしばる。
「……ジュリアン、ログは?」
遠くで、嗄れた声が返る。
『見てる……全部だ。
世界が、今、誰を選んだかも』
レヴィアタンの体躯が、緩くたゆたう。
初めて。
拒否に、反応した。
セーラの指が、微かに動く。
瞼が、震える。
彼女は、目を覚ました。
最初に見たのは、
世界でも、神でもなかった。
自分を守るために、前に立つ二人の背中。
世界が、深く息を吸う。
まだ、戦いは始まっていない。
だが、
後に魔王レヴィアタンと呼ばれる存在は、
目ざとく判定した。
──拒否は、祈りよりも強い。
そしてこの世界は、
その拒否を、もう一度、選ぼうとしている。
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