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答えは、まだ置かれたまま

 エデンに、異物が入った。

 それは人でも、悪意でもなかった。

 しかし、その異物は破壊も、侵略もしなかった。


 警報は鳴らない。

 祈りは乱れない。


 ただ、空気が一段、澄んだ。


 誰も気づかなかった。

 観測者だけが理解した。


「承認」が来ていた。





 ライナスは、白い石畳の上に立っていた。


 住人たちは彼を見ない。

 正確には「見ない」のではなく、

 見なくていいものとして処理している。


 それがこの「エデン」のやり方であった。


 ライナスは端末を開かない。

 指示も出さない。

 介入ログも残さない。


 彼は周りを見回してから静かに言った。


「成功している」


 誰に向けた言葉でもなかった。

 だが、世界はそれを聞いた。


 箱庭システムの最奥、

 人の手が触れないはずの判断層に、

 一文が刻まれる。


【状態:エデン】

【評価:最適】

【注記:人為的承認あり】


 ライナスは、それ以上何もしなかった。


 救わない。

 壊さない。


 いや——壊せなくなったのだ。





 異変に最初に気づいたのは、ジュリアンであった。


 数値は完璧。

 ノイズなし。

 揺らぎなし。


 それでも、背中に冷たいものが走る。


「……待て」


 彼はログを拡大する。

 通常なら存在しない項目が、

 そこにあった。


「外部……承認……?」


 オルドが顔を上げる。


「誰が操作したんだ」


「してない。命令も、入力も、ゼロだ」


「じゃあ何でだよ…」


 ジュリアンの声が、わなわなと震えた。


「認められたんだ」


 沈黙。


 オルドは理解した瞬間、息を吐いた。


「……終わったな」


「え?」


「あそこは箱庭じゃなくなった」


 エデンはもう、

 失敗していない。


 成功してしまった。





 魔王レヴィアタンが境界を越えたとき、

 住人たちは振り向きもしなかった。


「……悪魔?」


 誰かが囁いた。


 だが返ってくるのは、穏やかな声だけ。


「大丈夫」

「ここは安全だから」

「悪意は、ここでは意味を持たない」


 剣士の姿を取った魔王の気配は、

 危険として認識されなかった。


 正解の世界に、

 例外は存在しない。


 魔剣士レイエスは、笑った。


「なるほど……拒絶じゃない」


 その存在は、受け入れられていた。


 無害なものとして。





 レイエスは剣を抜かなかった。


 抜けば斬れる。

 だが斬ったとしても、

 ここにいる正しさが勝つ。


「……気持ちのいいもんじゃねぇな」


 その前に、カイが立つ。


「ライナスさん、久しぶりだね」


「……」


「斬らないで」

 イリスはかすれた声で言う。

「ここは止まってる世界、みんな止まってる人間だから」



「……このままなら、世界が死ぬぜ」

 魔剣士レイエスは舌打ちする。

「斬れねえ正しさってのは……初めてだ」





 祈りの輪の中心。


 セーラは、そこにいた。


 触れられ、

 支えられ、

 優しくされている。


 動かなくていい。

 選ばなくていい。

 拒まなくていい。


 誰も「縛って」いない。


 だから、逃げ場がなかった。


 そのうち、

 セーラの胸に、

 初めて形を持つ感情が生まれた。


 ——嫌だ。


 声にはならない。

 言葉にもならない。


 でも、確かにそこにあった。


 答えじゃない。


 それは、

 この世界で初めて生まれた

 不適切な思考であった。





 プリリエルは、遠くから見ていた。


 関与はせず、ただ、冷たく告げる。


「問いは、まだ終わっていません」


 誰も聞いていなかった。


 だが、

 世界が、一拍だけ揺れた。


 それは、

 エデンが初めて示した

 拒絶未満の違和感であった。


 答えは、まだ置かれたまま。


 ——そして、

 もう二度と、

「選択」は戻らない。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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