答えは、まだ置かれたまま
エデンに、異物が入った。
それは人でも、悪意でもなかった。
しかし、その異物は破壊も、侵略もしなかった。
警報は鳴らない。
祈りは乱れない。
ただ、空気が一段、澄んだ。
誰も気づかなかった。
観測者だけが理解した。
「承認」が来ていた。
◆
ライナスは、白い石畳の上に立っていた。
住人たちは彼を見ない。
正確には「見ない」のではなく、
見なくていいものとして処理している。
それがこの「エデン」のやり方であった。
ライナスは端末を開かない。
指示も出さない。
介入ログも残さない。
彼は周りを見回してから静かに言った。
「成功している」
誰に向けた言葉でもなかった。
だが、世界はそれを聞いた。
箱庭システムの最奥、
人の手が触れないはずの判断層に、
一文が刻まれる。
【状態:エデン】
【評価:最適】
【注記:人為的承認あり】
ライナスは、それ以上何もしなかった。
救わない。
壊さない。
いや——壊せなくなったのだ。
◆
異変に最初に気づいたのは、ジュリアンであった。
数値は完璧。
ノイズなし。
揺らぎなし。
それでも、背中に冷たいものが走る。
「……待て」
彼はログを拡大する。
通常なら存在しない項目が、
そこにあった。
「外部……承認……?」
オルドが顔を上げる。
「誰が操作したんだ」
「してない。命令も、入力も、ゼロだ」
「じゃあ何でだよ…」
ジュリアンの声が、わなわなと震えた。
「認められたんだ」
沈黙。
オルドは理解した瞬間、息を吐いた。
「……終わったな」
「え?」
「あそこは箱庭じゃなくなった」
エデンはもう、
失敗していない。
成功してしまった。
◆
魔王レヴィアタンが境界を越えたとき、
住人たちは振り向きもしなかった。
「……悪魔?」
誰かが囁いた。
だが返ってくるのは、穏やかな声だけ。
「大丈夫」
「ここは安全だから」
「悪意は、ここでは意味を持たない」
剣士の姿を取った魔王の気配は、
危険として認識されなかった。
正解の世界に、
例外は存在しない。
魔剣士レイエスは、笑った。
「なるほど……拒絶じゃない」
その存在は、受け入れられていた。
無害なものとして。
◆
レイエスは剣を抜かなかった。
抜けば斬れる。
だが斬ったとしても、
ここにいる正しさが勝つ。
「……気持ちのいいもんじゃねぇな」
その前に、カイが立つ。
「ライナスさん、久しぶりだね」
「……」
「斬らないで」
イリスはかすれた声で言う。
「ここは止まってる世界、みんな止まってる人間だから」
「……このままなら、世界が死ぬぜ」
魔剣士レイエスは舌打ちする。
「斬れねえ正しさってのは……初めてだ」
◆
祈りの輪の中心。
セーラは、そこにいた。
触れられ、
支えられ、
優しくされている。
動かなくていい。
選ばなくていい。
拒まなくていい。
誰も「縛って」いない。
だから、逃げ場がなかった。
そのうち、
セーラの胸に、
初めて形を持つ感情が生まれた。
——嫌だ。
声にはならない。
言葉にもならない。
でも、確かにそこにあった。
答えじゃない。
それは、
この世界で初めて生まれた
不適切な思考であった。
◆
プリリエルは、遠くから見ていた。
関与はせず、ただ、冷たく告げる。
「問いは、まだ終わっていません」
誰も聞いていなかった。
だが、
世界が、一拍だけ揺れた。
それは、
エデンが初めて示した
拒絶未満の違和感であった。
答えは、まだ置かれたまま。
——そして、
もう二度と、
「選択」は戻らない。
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