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プリリエル

 森の道は、急に静かになった。


 鳥の声は消えておらず、

 風も止んだわけではないが、

 周りの音がすっきりと整理された。


 セーラは、歩きながら足を止めた。


「……?」


 理由は分からない。

 でも、ここから先に進むと、

 何か、嫌なことが起きる気がした。


 カイが振り返る。


「どうした」


 セーラは、首を傾げる。

 言葉にできない違和感を、

 そのまま渡すみたいに。


「……ここ、きれい」


 その道の先には、

 人が立っていた。


 頭上に光輪がうっすら見える。

 白い服、白い羽根。

 汚れも、破れもない。

 旅人にしては整いすぎている。


 イリスが、はっと息を呑む。


「……天使?」


 女は、微笑んだ。


「ええ。そう呼ばれていました」


 声は穏やかで、

 高くも低くもない。

 耳に残らないのに、

 言葉の意味だけが、真っ直ぐ届く。


 プリリエルは、

 セーラの前にしゃがみ込んだ。


 触れはしない。

 距離の取り方は、適切であった。


「怖かったでしょう」


 セーラは、

 すぐに頷けなかった。


 怖かった。

 でも、それを言ってしまったら、

 ここに立っている理由まで

 消えてしまいそうで。


「……こわく、ない」


 プリリエルは、

 少しだけ目を細めた。


「えらいですね」


 褒める声であった。

 評価ではない。


「でも、無理をしなくていい」


 その言葉に、

 イリスの背中が冷える。


「あなたは、

 まだ中心になる必要はありません」


 カイが、一歩前に出る。


「……何の話だ」


 プリリエルは、ようやく彼を見る。


「あなたは、守っていますね」

「正確には連れていっている」


 言い当てられた。


 カイは、歯を噛みしめる。


 プリリエルは、またセーラに向き直る。


「ねえ」


 優しい声。


「あなたがここにいなくなれば、

 道は、もう壊れません」


 セーラの指が、きゅっと握られる。


 石だ。

 あのときの、あたたかい石。


「代わりに、

 わたしたちが引き受けます」


「痛くない」

「一人にもしない」

「正しく、守ります」


 完璧な提案である。


 イリスは、声を出せない。

 反論できる理屈が、どこにもない。


 だからこそ。


 セーラは、

 ほんの少しだけ、

 首を振った。


「……やだ」


 小さな声。


 プリリエルは、驚かなかった。


 ただ、少しだけ悲しそうに笑った。


「分からないのですね」


 立ち上がり、

 一歩、下がる。


「いいでしょう。

 では——学びましょう」


 空気が、

 静かに整う。


 選択肢が、

 一つ、消えた。


 カイは、そのとき、

 はっきりと理解した。


 選ばされている。


 そして、

 この女は、

 ルシフェルとは違う。


 もっと正しい。

 だが、同じく危険だ。


 プリリエルは、微笑んだまま言った。


「次に会うときは、

 あなた自身が、

 答えになります…」


 白い影は、

 風に溶けるように消えた。


 セーラは、

 しばらくその場に立ち尽くし、

 それから、カイの服の端を掴んだ。


「……あの人、

 やさしかったね」


 カイは、答えられなかった。


 世界は、

 また一つ、

 逃げ道を失った。



 ◆



 プリリエルが消えたあとも、

 森の音は戻らなかった。


 鳥は鳴いている。

 葉も揺れている。


 音の並び方だけは

 どこか正しすぎて、奇妙な感じがした。


 イリスは、無意識に耳を塞ぎかけて、

 やめた。


「……残ってる」


 誰に言ったわけでもない呟き。


 カイは、地面を見ていた。


 足跡がある。

 三人分だけ。


 プリリエルのものは、ない。


「……最初から、

 ここに来てなかった」


 呼び出されたり、

 待っていたわけでもない。


 しかし、成立していた。


 その理解に、

 カイは寒気を覚える。


 セーラは、

 まだ石を握っていた。


 さっきより、

 少しだけ冷たい。


「……ねえ」


「どうした?」

 カイが即座に返す。


「さっきの人、

 うそは言ってなかったよね」


 それを聞いてイリスが、息を詰める。


 カイは、

 少しだけ考えてから、

 首を振った。


「うん。言ってなかったね」


「……でも」

 セーラは、

 石を見つめたまま続ける。


「いらなくなるって、

 言ってた」


 それは、

 拒否や恐怖まで行かず

 あくまで事実確認であった。


 カイは、

 初めてはっきりと理解する。


 この子は、

 守られているのではない。


 選ばれていないだけだ。


 今は、まだ。


 森の奥で、

 何かが静かに整った。


 新しい道が、

 作られたのではない。


 ただ、

 戻る理由が、

 また一つ消えていた。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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