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到着

 突如、村に現れた魔神は、

 輪郭が定まっていなかった。

 一歩進むたび、身体が遅れてついてくる。

 そこにいるのに、同じ位置に留まらない。


 魔神は観測している。

 その心には怒りも、憎しみもない。

 こちらを見る目すら持たなかった。



 村の外れで、家が潰れた。

 反対側で地面が割れる。


 魔神の破壊が始まった。


 因果が、つながっていない。

 守ろうとしても、意味がなかった。


 イリスは走った。

 剣を抜き、結界を張り、魔神に呪文を叩き込む。


 効いている。

 確かに効いている。


 だが、間に合っていない。

 斬った感触がない。

 防いだという手応えだけが、虚しく残る。


 救った家の隣が崩れる。

 守った人の背後で、別の誰かが倒れる。


「……っ」


 歯を噛みしめる。

 正しいことをしているはずなのに、

 正しい結果に、つながらない。


 その視界の端で、

 セーラが、立ち尽くしていた。


 井戸のそば。

 積み上げた石は、まだ崩れていない。


 崩れていないのに、

 周囲だけが、壊れていく。


 セーラは、何もしていなかった。


 祈らない。

 叫ばない。

 逃げようともしない。


 ただ、見ていた。


 人が倒れるのを。

 家が壊れるのを。


「……ちがう」


 声にならない声が、胸の奥で揺れた。


 これじゃない。

 こんなはずじゃない。


 空席を、埋めなきゃ。

 そう思ったはずなのに。


 埋めたら、壊れた。


 理解が追いつく前に、

 衝撃が走る。


 井戸の縁が、砕け散った。

 石の塔が、初めて崩れた。


 音がした。

 世界が、はっきりと「失敗した」音であった。


 セーラは、その場に座り込む。


「……ごめんなさい」


 誰に向けた言葉かも、分からない。


 イリスが、叫ぶ。


「セーラ! 動かないで!」


 だが、その声は途中で途切れた。


 視界が、暗転する。

 別の層が、さらに一枚、重なった。


 イリスは、膝をついた。

 自分の無力さを嘆く。


 セーラは、泣かなかった。


 泣く理由が、

 もう分からなかったからだ。



 ──そのとき。


 瓦礫の向こうで、

 一人の男が立っていた。


 槌を肩に担ぎ

 空を見上げている。


 雲の奥。

 ずれた層の名残を、確かめるように。


「……遅れたな」


 カイだった。


 彼は、走ってきた形跡があった。

 傷もある。

 息も荒い。


 視線が、イリスとセーラに向く。


 言葉が、出ない。


 カイは、拳を握る。


 一足遅かった。

 村は半壊している。間に合わなかった。


 足元で、

 セーラが、顔を上げた。


 初めて、カイを見る。


 その瞳は何かを期待したり、

 助けを求めるものではなかった。


 ただ、

 世界が自分を見始めた

 その事実を、理解した目。


 カイは、その視線を受けて、悟る。


 セーラが覚醒したのは、

 勝つためじゃない。


 もう、戻れないんだ。


 瓦礫の村に、

 風が吹き抜ける。


 世界は、確かに動いた。


 だがそれは、

 誰かを救う方向ではなかった。


 空気が裂けた。

 衝撃も、音もない。


 魔神の足が、止まる。


 その正面、

 崩れた家屋の影から、カイが歩み出る。


 彼が立った瞬間、

 村の歪みが、それ以上広がらなくなる。


 魔神が、初めて“見る”。


 だが、進めない。


 カイは、魔神と村の間に立ち、

 静かに息を吐いた。


「ここから先は──駄目だ」


 彼が一歩踏み出す。

 魔神の視界に、変化が生じた。


 空席は、埋まりかけている。


 魔神が退く。


 ほんの一歩。

 だが、それだけで十分であった。



 その背後で。


 イリスは、まだ膝をついたままでいる。


 立ち上がれない。

 村の破壊を守れなかった現実が、重すぎた。


「……カイ」


 名前を呼ぶ声は、掠れていた。


 カイは振り向かない。


 視線は、井戸のそばにいる子供へ向いていた。


 セーラ。


 怯えている。

 泣いていない。


 だが、その瞳は、

 何かを思い出しかけている目であった。


 カイは、はっきりと分かった。


 ここに来た理由。

 間に合わなかった理由。


 救うためじゃない。


 瓦礫の向こうで、

 世界の中心が、かすかに脈打った。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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