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冥界雑貨店

「また店、変な場所に出てたわよ」


 影の輪郭が少し遅れてついてくる女と、

 歩くたびに存在感が軽くなる女。


 黒髪の女は静止画のように整い、

 もう一人は、動いて初めて輪郭が定まる。


 アグラトとマグナは、久しぶりに二人で買い物に出ていた。


「冥界だからね」


 ガラス瓶の中で、淡い光が揺れている。


 冥界の路地は、日によって幅が違う。

 今日は、二人並んで歩ける程度であった。


 雑貨店は、そこにあった。

 昨日はなかったし、明日も保証はない。


「相変わらず、立地が最悪ぅ」

 マグナが軒先を見上げる。


「でも需要はあるよ」

 アグラトは淡々と答え、扉を押した。


 カラン、と鈴が鳴る。

 骨でもガラスでもない、不確かな音。


 棚には用途不明の品が並んでいた。

 願いの残骸、契約の失敗作、名前を失った概念。


「これ、まだ売ってるの?」

「返品が多いみたい」


 アグラトが指したのは、ひび割れた護符であった。


「オノケリスがよく使ってた型よね」

「使ってた、じゃない。使い切った」


 間が落ちる。


「……死んだの?」

「そうねえ」


 アグラトは肩をすくめ、視線を棚から外した。


「ルシフェル様に会いに行ったんでしょ」

「そ」

「早かったわね」

「遅いくらいだよ」


 マグナは帳簿を一枚めくる。


「神話層の整理が、少し進む」

「整理、ね……」


 棘はなかった。

 ただ、事実が置かれただけだ。


「……で」


 アグラトが声色を変える。


「ルシフェル様は、どうされるのかな」


 マグナの手が、一瞬だけ止まった。


「静かだねぇ」

「それが一番、怖いのよね」


 二人とも笑わない。


「万魔殿は動かないか」

「今はねー」


「理由は?」

「動かすと、意味が増えるじゃん」


「なるほど」

 アグラトは納得したように頷く。


「地上、うるさくなってきたもんね」

「そうそう。旗が立ってるし」


 その言い方は、軽かった。


「掲げてる自覚、なさそうだけど」

「だから集まる」


 マグナは帳簿を閉じる。


「叩けば、伝説」

「放っておくと?」

「宗教」


 どちらも面倒であった。


 アグラトは店内を見回し、小さな瓶を手に取る。


「ねえ、マグナ」

「なぁに」


「タナトス様、どう思う?」

「……え?」


「恋ってさ、管理できる?」


 唐突であった。


「できない」

 即答。


「でしょ」

 アグラトは寂しげに笑う。


「管理できないものほど、増えるのよね」

「例外は?」

「ないと思う」


 瓶を棚に戻す。


「だから、今は見てるだけ」


 店の奥には、売り物ではない棚があった。

 値札がなく、触れたら戻れない類のもの。


 アグラトは、そこを素通りする。


「ねえ」

「なに」


「さっきの旗」

「うん」


「いつ以来?」

「……覚えてないかも」


「神がいない状態で立つ旗よ」

 軽い調子のまま続ける。


「命令もない」

「願いも統一されてない」

「なのに、人が揃う、と」


 指で数える。


 マグナは、ゆっくり息を吐いた。


「やめよ」

「何が?」


「言語化すると、寄ってくる」


 冥界の古い経験則。


「大丈夫」

 アグラトは笑う。

「名前は、付けない」


 棚の奥に、薄く曇った鏡があった。


 映るのは、現世ではない。


 列の俯瞰。

 歩く少女。

 遅れて、揃う足音。


「……あれれ」

 マグナが言う。


「中心が、空いてる」


「そう」

 アグラトの声が、ほんの少し落ちる。


「神じゃない」

「偶像でもない」

「座るはずの場所が、最初から欠けてる」


 だから、埋めようとする。


「危険だね」

「でも──」


「嫌いじゃない」


 アグラトは正直であった。


「管理できないものは、綺麗よ」

「壊れ方が、読めないけど」


 マグナは鏡から目を離す。


「それ、恋の話?」

「半分」


 残りは言わない。


「介入はしない」

「それは、神の役目じゃない」


 沈黙。


 その間、鏡の中で少女が一瞬だけ歩幅を落とす。

 列が、揃う。


 マグナが何となく言った。


「……兆し、って呼び方」

「うん?」


「冥界の言葉じゃないよねー」


 目を細める。


「気づいちゃった?」

「地上が、先に名付けてる」


「最悪」

「最悪だねっ」


 名付けは、管理の始まり。


「それで」

 アグラトは、わざと明るく言う。


「私たちはどうする?」


 マグナは帳簿を閉じた。


「何もしなーい」

「理由は?」


「理由を持った瞬間、私たちは関係者になる」


 扉の向こうで、別の鈴が鳴る。

 誰かが、店を探している音。


「来客かな?」

「そぉねえ」


 マグナは少しだけ笑った。


「空席を見つけたもの」


 雑貨店の明かりが、一段暗くなる。


 冥界は、まだ動かない。


 だが、

 動かない理由が、削れ始めていた。


 扉が開く。


 外は、もう別の路地であった。


「また来るわ」

「在庫は保証しないよ」


「意味も?」

「特にね」


 鈴が鳴る。


 冥界雑貨店は、次の瞬間にはどこにもなかった。


 だが、話題だけは残る。


 旗が、立ち始めている。

 しかもそれは、

 誰の手にも握られていなかった。

 それを旗だと理解できる者だけが、立ち止まっていた。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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