密度
ジュリアンは、映像から目を離さなかった。
救済都市の外縁。
崩れた高速道路の影を、列がゆっくりと進んでいる。
速度は一定ではない。
だが、止まらない。
先頭にいる少女は、振り返らない。
指示も出さない。
それでも列は保たれている。
「奇妙だな」
分析結果は、既にいくつも並んでいる。
集団心理。
象徴の発生。
恐怖と期待の混在。
どれも、過去に事例がある。
ジュリアンは、椅子に深く座り直した。
その動作だけで、肺の奥がわずかに痛む。
《再構成媒質》の残滓が、身体に残っている。
それが彼を生かしているのは確かだ。
だが、完全ではない。
集中すると、視界が薄く揺れる。
「中心は、少女じゃない」
独り言のように言う。
「象徴は、自然発生している。
彼女は原因じゃない。
条件だ」
その結論は、理路整然としていた。
もし彼女が消えれば、列は別の対象を見つける。
もし列が解体されれば、信仰は別の形を取る。
——管理可能だ。
ドアの開く音がした。
オルドが入ってくる。
足取りは静かだが、視線は映像に向いている。
「また増えたな」
「ああ」
ジュリアンは頷いた。
「だが、臨界には達していない。
まだ兆しの段階だ」
オルドは答えなかった。
しばらく映像を見つめてから、口を開く。
「……あの子、歩き方が変だ」
「負傷している」
「それだけか?」
問いは短い。
だが、含みがあった。
ジュリアンは一瞬だけ黙った。
胸の奥に、例の違和感が走る。
「観測上、特異な反応はない。
武装反応も、神性も検出されていない」
「だからこそ危険なんだ。
意味がないものに、意味が集まり始めている」
オルドは腕を組んだ。
「……管理できるのか?」
「できる」
即答。
「列を分断する。
物資供給を調整する。
移動経路を限定する。
少女個体には直接触れない」
合理的で
正しい手順であった。
オルドは、否定しなかった。
だが、視線を映像から外さない。
「……もし、あれが条件ですらなかったら」
ジュリアンは、眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「条件でも、原因でもなく」
オルドは、言葉を選ぶ。
「ただ、そこにいた、だけだったら」
一瞬、室内の空気が止まる。
ジュリアンは口を開きかけ、
そのまま閉じた。
思考は回る。
理論は崩れない。
身体が、わずかに冷えた。
「……仮定としては成立しない」
そう答えたのは、理性であった。
オルドは、それ以上踏み込まなかった。
止められなかったのではない。
止める理由を、見つけられなかった。
映像の中で、少女は歩き続けている。
列も、歩いている。
誰も、止まらない。
◆
ジュリアンの指示は、速やかに実行された。
露骨な介入は避けられた。
少女への接触は、行われない。
代わりに、列の周囲が整えられていく。
補給拠点が、自然な間隔で設置される。
水と食料が、列の前方ではなく側面に置かれた。
その資金は、彼の名義ではなかった。
崩壊前に用意されていた復興準備口座。
使われる前提で設計され、
使われなければ意味を失う金だった。
人々は、歩きながら受け取る。
立ち止まらない。
経路も調整された。
瓦礫の多い道は塞がれ、
進みやすい道だけが残る。
列は、滑らかになる。
理想的だ。
映像を見ながら、ジュリアンは静かに息を吐いた。
「意味を与えなければ、それは薄まる」
彼の声は落ち着いている。
痛みも、眩暈も、今はない。
《再構成媒質》の反動が、
今日は静かであった。
オルドは、少し離れた場所で立っていた。
腕を組み、何も言わない。
列は、分断され始める。
追いつけない者が出る。
足を止める者が出る。
数は、わずかだ。
だが、確かに減っている。
「成功だな」
ジュリアンが言う。
「兆しは、管理できる。
あとは時間の問題だ」
オルドは、首を縦には振らなかった。
「……ん」
「何だ」
「減ってるのは、後ろだ」
ジュリアンは一瞬、理解できなかった。
映像を拡大する。
確かに、列の末尾は短くなっている。
だが、先頭付近の密度は変わらない。
むしろ……
「詰まっている、な」
人々の距離が、わずかに縮んでいる。
無言のまま、前に近づいている。
「置いて行かれたくない、ってやつだ」
オルドの声は低い。
「後ろが脱落すると、
前にいる連中は不安になる」
ジュリアンは唇を引き結んだ。
「想定内だ。
臨界には至らない」
そう言った直後、
モニターの端で、小さな変化が起きた。
少女の歩幅が、わずかに落ちた。
ほんの数歩分。
理由は、分からない。
疲労か。
怪我か。
瓦礫か。
しかし、
列は、止まらなかった。
前方の人間が、自然に歩幅を合わせる。
後方の人間が、距離を詰める。
結果、列全体の密度が上がる。
圧が、生まれる。
「……おい」
オルドが、低く言った。
「近すぎる」
ジュリアンは答えなかった。
視界の奥が、わずかに暗転する。
《再構成媒質》の後遺症だ。
「集団心理だ。
恐怖が減れば、密度は上がる」
だが、胸の奥が疼いた。
理論は正しい。
過去の事例も一致している。
それでも、何かが、ズレている。
映像の中で、少女は歩いている。
相変わらず、振り返らない。
何も言わない。
だが、彼女の周囲だけ、
空気が重くなっているように見えた。
錯覚だ。
そう判断したのは、
彼の頭であった。
身体は、沈黙した。
オルドは、何も言わなかった。
言えば、
止めなければならなくなるからだ。
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