SANDBOX
本城清隆は、スマートフォンの画面を見つめていた。
見慣れない確認画面が、中央に表示されている。
【選択を行いますか】
【YES / NO】
説明は、ない。
削除も、無効化もできない。
戻るボタンすら存在しなかった。
「……ふざけてる」
YESを押せば、何が起きるか分からない。
NOを押せば、何も起きないかもしれない。
だが──
何も起きない保証も、どこにもなかった。
◆
その日の朝は、いつも通りであった。
目覚ましが鳴り、カーテンの隙間から光が差し込み、
ニュースは相変わらず曖昧な不安を垂れ流していた。
違和感があったとすれば、スマートフォンだけだ。
通知はない。
着信も、更新もない。
それなのに、画面を点けた瞬間、
清隆は理由もなく息を詰めた。
ホーム画面の片隅に、
白地に簡素な立方体の輪郭だけのアイコンがある。
【SANDBOX】
「こんなの、入れた覚えないんだが」
アンインストールしようとして、指が止まった。
削除ボタンが存在しない。
代わりに、画面に一文が浮かぶ。
【あなたは、選択可能です】
その瞬間、
彼の知らない場所で、世界は確かにログを刻んだ。
【第一次選択候補:確認】
神は、もういない。
だが問いだけは、確実に届いていた。
◆
その日、清隆は三度、スマートフォンを確認した。
昼休み。
仕事終わり。
帰宅して、靴を脱いだ直後。
【SANDBOX】は、消えていなかった。
通知は、ない。
起動もしていない。
ただそこにあるだけだ。
──選択を行いますか。
何度見ても、表示は変わらない。
「放っておけばいい……」
独り言は、妙に乾いていた。
選ばなければ、何も起きない。
そういう類の冗談アプリは、過去にも見たことがある。
悪質だが、害はない。
そう、思おうとした。
だが。
駅前の大型ビジョンで流れていたニュース映像が、
清隆の足を止めさせた。
『原因不明の通信障害が、各地で同時発生しています』
映像に映る街並みは、自分の住んでいる場所と同じであった。
信号が止まり、人の流れが詰まり、
誰もが「何か」を待つように立ち尽くしている。
胸の奥に、嫌な予感が沈んでいく。
関係ない。
関係あるはずがない。
そう言い聞かせながら、
清隆はポケットの中でスマートフォンを握りしめた。
振動は、していない。
それでも、
そこに在る感触だけが、異様に重い。
帰宅後、電気を点けようとして、
点かないことに気づいた。
停電だ。
珍しくもない。
だが、同時にスマートフォンの画面が自動で点灯した。
【SANDBOX】
【選択を行いますか】
その下に、今までなかった一文が追加されている。
【未選択状態が継続しています】
「……は?」
指が震えた。
未選択。
まるで、こちらの様子を監視しているかのような文言。
清隆は、初めてはっきりと理解した。
これは、
「選ばなければ何も起きない」ものじゃない。
選ばないこと自体が、
すでに状態として記録されている。
つまり。
NOを選んでいないのではなく、
選択を放棄していると、見なされている。
背中に、冷たい汗が伝った。
画面の向こうに、
誰かがいるわけじゃない。
声も、顔も、存在しない。
それでも確かに、
問いだけがこちらを向いている。
YESか。
NOか。
清隆は、深く息を吸った。
NOを押せば、何かが起きるかもしれない。
YESを押せば、もっと酷いことが起きるかもしれない。
だが、
何も選ばない限り、何かは起き続ける。
その事実だけが、はっきりしていた。
「……くそ」
誰に向けた言葉でもない悪態を吐いて、
清隆は、画面を見つめた。
震える親指が、
【YES】の上で止まる。
覚悟でも、決意でもない。
ただ、逃げ場が尽きただけだ。
そして、
彼は、押した。
世界は、まだ静かであった。
【SANDBOX SYSTEM LOG】
入力確認。
選択者:本城清隆
端末ID:JP-TK-019883
生体反応:正常
精神負荷:許容範囲内
選択内容:YES
──承認。
選択は自主的行動として処理されました。
強制、誘導、干渉の記録は存在しません。
責任の所在は、常に選択者に帰属します。
【第一次選択】
ステータス:完了
【選択不可分岐:無効化】
NOは選択として認識されません。
これは仕様です。
終端未確定調整因子(HKO-304)
状態:読了済み
理解度:不要
同意:不要
反映プロセスを開始します。
召喚対象:非公開
干渉レベル:現世
発生地点:選択者半径0.0m
警告:表示されません
通知:行われません
救済措置:存在しません
ログ補足。
本選択により発生する事象は、
選択者の意図・期待・願望とは無関係に処理されます。
結果は最適化されます。
──記録終了。
世界は、まだ気づいていない。
選ばれたのが
「誰か」ではなく、
「最初の一人」だったことに。
【選択承認】
【召喚条件:最小単位】
【依代:確保】
【悪魔個体:1】
備考:
本召喚は侵攻に該当しません。
お読みいただき、ありがとうございました。
続きが気になった方は、
そっと本棚に置いてもらえたら励みになります。




