HKO-304:終端未確定調整因子
HKO-304
正式指定名称:終端未確定調整因子
通称(観測仮称):循環調律体
オブジェクトクラス: Keter
再接触指定: Level-5/全面禁止
担当部局: 異常循環観測課(HKO-Δ)
■ 特別収容プロトコル
HKO-304は、固定された物体・存在・地点として収容不可能です。
現在、HKO-304は「特定条件下でのみ発生する循環逸脱現象」として分類されています。
以下の対応が恒久的に実施されます。
•HKO-304発生推定区域における民間人の立入制限
•発生条件に該当する事象(急性集団体調不良、原因不明の同時生命活動停止)の発生時、
医療・警察・報道への即時情報遮断措置
•HKO-304関連生存者への再接触・再聴取の永久禁止
•当該現象を意図的に再現・誘発しようとする全計画の即時中止
HKO-304は、観測を重ねるほど拡張する傾向が確認されており、再接触は現象規模の増大を招くと判断されています。
■ 説明
HKO-304は、
「生命循環の規則が一時的に適用されなくなる空間的・時間的余白」として観測される異常現象です。
本現象発生時、対象区域では以下の事象が同時多発的に確認されます。
•原因不明の強い悪心、平衡感覚障害、意識混濁
•呼吸・循環器系の機能停止を伴わない突然の生命活動喪失
•心停止後も臓器が一定時間「生理的活動を続ける」事例
•明確な死因を特定できない死亡例の多発
HKO-304の影響下にある対象は、
「死に至っていないが、生としても処理されない状態」に置かれます。
この状態は既存の医学・宗教・形而上学的分類のいずれにも該当しません。
■ 観測記録要約
•HKO-304は明確な中心点を持つが、物理的実体は確認されていません。
•中心付近では、空気密度・温度・音圧に変化はない
•ただし、被験者は一様に「世界との接続が一拍遅れる感覚」を訴えました。
現象中心部には、
人型に近い「何かが存在している」との証言が複数存在しますが、映像・音声記録では確認されていません。
本報告書では、便宜上この観測上の存在を
《循環調律体》と仮称します。
■ 補遺304-1:異常干渉記録
HKO-304発生時、
本来干渉し得ないとされる複数の高次循環管理系の同時沈黙が確認されています。
特筆すべき点として、
•本来即時に介入が想定される断罪・裁定系の反応が確認されない
•一方で、名簿・記録・確定処理系が「未処理状態」で停止している兆候が存在
これらの挙動は、循環管理層における意図的な判断保留、もしくは相互干渉による処理不能状態を示唆します。
■ 補遺304-2:生存例に関する記録
HKO-304発生事案██において、
影響区域内に侵入した██名のうち、
1名のみが生命活動を停止しませんでした。
以下は、事後に行われた聴取記録の抜粋です。
「音が、途中で止まりました」
「聞こえなくなったんじゃなくて、
届く前で切れた感じです」
「周りは、倒れていって……
でも、それが“起きてる”感じじゃなかった」
「俺も、もう終わると思いました」
「でも、なぜか、
一歩だけ、動けた場所があった」
当該対象が移動した位置について、
物理的・環境的な差異は確認されていません。
生存理由は、
現在まで特定されていません。
当該対象は本補遺記録後、再接触禁止指定が適用されています。
■ 補遺304-3:管理者注記
HKO-304は「殺す現象」ではありません。
また、「救う現象」でもありません。
裁かれなかった結果が、現世に残った状態です。
判断を下さなかった存在、名を記さなかった存在、
ただ通過し、調律し、記録した存在。
それらの総和が、この余白を生み出しています。
従って、HKO-304は、終末ではありません。
世界がいつでも終わり得ることを示す、
最小単位の証明です。
これ以上の接触は不要。理解も不要です。
記録のみを継続してください。
■ 倫理委員会反対意見ログ(個別記録)
記録種別: 個人意見書(未採択)
提出者: 倫理委員会委員 ████
提出先: 倫理委員会内部サーバ(現在:非表示指定)
私は、本件を「異常」ではなく「判断の痕跡」として扱うべきだと考える。
HKO-304において問題なのは、
人が死んだことではない。
また、生き残った者が存在したことでもない。
問題は、
「裁くことが可能だった存在が、裁かなかった」
という一点にある。
これは放置ではない。
意図的な保留である。
我々はこれまで、
・殺意
・悪意
・誤作動
・事故
を基準に異常を定義してきた。
しかし、HKO-304には
そのいずれも存在しない。
あるのは、
世界が続くかどうかを“まだ決めていない”状態だけだ。
私は、現場で一人生き残った対象の映像記録を確認した。
対象は錯乱していない。
宗教的妄想もない。
異常な崇拝行動も示していない。
ただ一言、こう述べている。
「終わったと思った。でも、終わってなかった」
この証言は、
倫理的にも、
哲学的にも、
そして人類史的にも、
極めて重大である。
HKO-304を再接触禁止とした判断は理解できる。
だが同時に、
それは我々が
「世界の余白に触れる責任」から逃げた
という記録にもなる。
もし再び、
「裁かれない余白」が現れた時、
我々は同じ選択をするのか?
その問いを、
この文書だけは否定せずに残したい。
■ 最終追記:
私は本意見が採択されないことを理解している。
だが、
この文書が将来、
誰かの判断を一拍だけ遅らせるならば、
それで十分だ。
■ 非公式照合文書:HKO-304/HKO-666・6666
文書分類: 非公式内部照合
作成部署: 異常循環観測課(匿名)
注意: 本文書は存在しないものとして扱われます。
■ 照合目的
HKO-304が示す現象が、
過去に記録された HKO-666/6666 と
同一系統であるか否かの検討。
■ 照合結論(暫定)
両者は同一存在ではありません。
しかし、
同一「役割階層」上に存在する可能性が高くなります。
■ 構造的差異
HKO-666/6666
•世界の再構築を目的とした異常
•終焉を前提とする
•結果は明確
HKO-304
•世界の継続を前提とした異常
•終焉を保留する
•結果は不確定(余白の拡張)
■ 最重要一致点
両事例において、
「人類の選択」は考慮されていません。
ただし、
HKO-304では
人類が“考慮されなかった理由”そのものが観測可能です。
これは、
HKO-666/6666には存在しなかった特徴です。
■ 付記仮説:循環管理階層モデル(未承認)
※本仮説は公式記録には含まれません
•第一次段階:観測(HKO-304)
•第二次段階:調律(未確認)
•最終段階:再構築(HKO-666/6666)
HKO-304は、
最終段階へ移行しなかった世界の記録である可能性があります。
■ 非公式注記
HKO-304が継続・拡張した場合、
HKO-666/6666は
「発生する」のではなく、
「呼び戻される」形で再出現する可能性があります。
本件に関する追跡調査は、
倫理委員会の判断により停止されました。
理由は記録されていません。
■ 補遺304-4:発生現場 映像文字起こし記録
記録種別: 映像ログ文字起こし
取得元: 市街地監視カメラ群/救急車搭載カメラ/個人端末(押収)
記録状態: 音声一部欠損・時刻同期不良
注記: 本記録は倫理委員会判断により閲覧制限対象とされました。
【00:00:03】
信号機。赤信号が青へ切り替わらない。
周囲の歩行者、異常を認識せず。
【00:00:11】
通行人A、歩行を停止。
呼吸数上昇。胸部を押さえる動作。
【00:00:19】
通行人B、視線の焦点が合っていない。
「……気持ち悪い」と発話(音声微弱)。
【00:00:31】
広場中央。
映像内に人物像を確認。
対象:HKO-304(推定)
状態:静止
周囲環境:空間ノイズ発生(映像歪曲)
【00:00:42】
半径約18m以内の対象者に生理反応。
嘔吐、失神、転倒。
【00:01:05】
対象、歩行開始。
【00:01:06】
歩行に伴い、周囲対象者の心拍数が不規則化。
呼吸は継続しているが、酸素飽和度が急激に低下。
【00:01:08】
通行人C、倒地。
心停止は確認されないが、反応なし。
【00:01:12】
音声ログ:
「叫び声」が確認されるが、言語として成立していない。
【00:01:20】
救急車到着。
医療スタッフ、原因不明と判断。
【00:02:01】
地面の隅に草状植物を確認。
当該地点は本来植生不可区域。
【00:02:14】
通行人C、微弱な自発呼吸を再開。
【00:02:30】
対象(HKO-304)、映像フレーム外へ移動。
以降、空間歪曲現象は段階的に収束。
■ 補足記録:
•死亡者数:確定 ██ 名
•心停止未確認・回復例:1 名
•共通死因:特定不能
•外傷:なし
•毒性物質:未検出
■ 結論:
本事象は災害・テロ・既知異常のいずれにも該当しません。
■ 補遺304-5:再接触禁止違反 懲戒ログ
対象職員: HKO下級職員 ████
所属: 異常循環観測課
違反内容: HKO-304 再接触禁止命令違反
記録区分: 内部懲戒記録(抹消予定)
【事情聴取 抜粋】
Q:再接触禁止命令を認識していましたか。
A:はい。
Q:では、なぜ現場へ向かったのですか。
A:確認したかっただけです。
Q:何を、ですか。
A:……まだ続いているかどうかを。
Q:続いている、とは。
A:世界が、です。
【追加聴取】
Q:対象を視認しましたか。
A:いいえ。
正確には、「視認する必要がなかった」です。
Q:意味が不明です。
A:そこにいました。
見なくても、分かりました。
Q:恐怖はありましたか。
A:ありませんでした。
恐怖になる前に、考えが止まりました。
【職員最終申告】
私は、裁きが下されると思っていました。
しかし、何も起きなかった。
何も起きなかったからこそ、
「起きている」と分かりました。
もし、あれが再び来たら、
我々は同じように記録するだけです。
それが、
この組織の役割だと思います。
【処分】
•職員 ████ を即時解任
•記憶処理:実施
•本ログ:非公開指定
■ 備考:
当該職員は処理直前、
「救われた人がいた」と発言しましたが、
公式記録には反映されていません。
補遺304-6:医療報告書(生存例 No.304-α)
記録区分:内部医療監査用
作成部署:HKO医療局・第七臨床解析班
担当医:████ ████(医師番号 M-217)
対象者:民間人男性/年齢不詳(推定20代後半)
搬送経路:HKO-304発生現場 → 協力医療機関 → HKO隔離病棟
再接触禁止指定:適用中
■ 初期所見
対象者は発生現場にて倒れている状態で発見されました。
意識レベルはJCSⅠ-3相当。外傷は確認されず、皮膚損傷、熱傷、化学汚染、放射線被曝の兆候はいずれも認められません。
搬送時、以下の症状を確認。
•強い悪心
•自発的嘔吐(内容物:胃内容物のみ)
•一過性の失語
•強い現実感喪失訴え(記録上)
なお、対象者は終始「痛み」を訴えていません。
■ バイタルサイン(初期)
•心拍数:72 bpm(正常範囲)
•血圧:118/76 mmHg
•呼吸数:14回/分
•SpO₂:98%
•体温:36.6℃
全項目において、致死的異常は確認されませんでした。
■ 検査結果
血液検査
•電解質:正常範囲
•肝機能・腎機能:正常
•炎症反応:陰性
•凝固系:異常なし
■ 画像診断
•CT/MRI:器質的異常なし
•脳波:軽度の同期性低下を認めるが、臨床的意義は不明
■ その他検査
•毒物反応:全項目陰性
•感染症検査:陰性
医学的に説明可能な異常所見は確認されませんでした。
■ 経過観察
対象者は搬送後3時間で自発的に意識を回復。
会話は可能だが、以下の発言を繰り返しました。
「生きている感じがしない」
「息はできているが、世界と繋がっていない」
これらの発言に対し、精神科的評価を実施。
急性ストレス反応、解離症状の可能性が示唆されましたが、DSM基準への完全な合致は確認されませんでした。
対象者は翌日以降、身体機能に異常を示さない。
食事摂取、排泄、歩行はいずれも自立可能。
■ 特記事項
対象者は医学的には「生存状態」にあります。
心拍、呼吸、脳活動はいずれも確認されています。
しかしながら、本件において以下の問題が発生しています。
•対象者が「生存している理由」を示す医学的根拠が存在しません。
•臨床的に死亡していないにもかかわらず、「生存」と断定する決定的指標が欠落しています。
•生命維持活動は継続しているが、その継続条件が不明
当班では、本症例を既存の医学分類に基づいて診断することができませんでした。
■ 結論
本症例は、医学的には「死亡していない」。
同時に、「生存している」と断定することもできません。
よって、本件は以下の暫定分類とします。
状態分類:未確定(Undefined)
本分類は治癒、回復、後遺症のいずれにも該当しません。
■ 追記
対象者は退院後も定期的なモニタリング対象とします。
ただし、再接触禁止指定に基づき、HKO-304関連情報の開示は禁止されます。
なお、本報告書作成時点において、
対象者が「なぜ死ななかったのか」についての説明は存在しません。
■ 最終備考
本件は医療事故ではありません。
同時に、医療行為の成果とも断定できません。
以上をもって、本報告書を終了します。
【内部文書参照番号:HKO-015/Σ7-Archive】
※本番号に紐づく上位照会ログは存在しない。
お読みいただき、ありがとうございました。
続きが気になった方は、
そっと本棚に置いてもらえたら励みになります。




