表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/115

永続する者と、循環する者

 すかいらーく、午前一時。

 深夜のファミレスは、

 眠りきれない人間たちの避難所であった。


 学生。

 夜勤明けの作業服。

 スマホを眺める一人客。

 眠りかけた子供を抱く母親。


 生きている理由が、

 はっきり見える場所。


 その窓際の席に、二人の客がいた。


 制服のウェイトレスが、二人の席へ近づく。

 ごく普通の足取りで。

 だが、二歩手前で、わずかに躊躇した。


「……ご注文、よろしいでしょうか」


 声は出た。

 だが、脳が一瞬だけ判断を遅らせている。


(この人たち、いつから座ってた?)


 理由は分からない。

 ただ、視線を合わせたくない。


 自分はあがり症なところがあるせいだと、

 若いウェイトレスは自分自身を納得させた。


「コーヒーと、海老と帆立のグラタンを」

 黒衣の男──タナトスが言う。


 低く、静かな声。

 命令ではない。

 だが、断るという選択肢が、最初からウェイトレスの頭に浮かばなかった。


「……あ、はい。コーヒーはホットで」

 ウェイトレスはメモを取る。

 手が、少しだけ震えている。


 向かいに座るゴスロリファッションの女、アグラトは、楽しそうにメニューを眺めていた。


「私は季節のパフェをください」

 声は軽い。

 微笑みすら浮かべている。


 店の奥。

 子供連れの席で、幼い少女がスプーンを落とした。


 拾おうとして、ふと顔を上げる。


 タナトスと、目が合った。


 次の瞬間、少女の目に涙が溜まった。

 その存在が怖いというだけではなかった。

 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


「……ママ」

 少女は俯き、母親の服を掴む。


「どうしたの?」

「わかんない……でも、やだ……」


「あっち……」


 母親は視線を向ける。

 何もおかしなところはない。

 ただの客だ。


「何もないわよ」

 そう言って、頭を撫でる。

 しかしその瞬間、

 母親自身も、理由のない息苦しさを覚えた。


 ──早く帰ろう。


 それだけが、やけに強く頭に浮かんだ。


 入口付近。


 カイは、足を止めた。


 自動ドアが開き、

 ファミレスの光が溢れ出る。


 その中に、

 二つ、明らかにおかしい座標がある。


「……イリス」

 声が低くなる。


「入るな……」


「え?」

「いや……」


 説明できない。

 だが、分かる。


 あれは、

 ここにいてはいけない。


 人間用の世界に、

 仮の形で腰掛けている存在。


 カイの視界では、

 二人は完全に見えていた。


 輪郭。

 重なった死の履歴。

 そして、


 冥界に続く、細い影。


 その時、

 黒衣の男が、こちらを見た。


 視線が合う。


 笑わない。

 威圧もしない。


 ただ、

 気づかれたと理解した目。


 ガラス窓に、街の灯りが映っている。


 ……いや。


 カイは瞬きをした。


 そこには、

 自分の顔の向こう側に、

 もう一人、立っている女がいた。


 こちらを見ていない。

 ガラスの奥、

 夜のさらに奥を見ている。


 黒髪。

 白い肌。

 年若いが、幼さはない。


 まるで、

 生きている者と死んでいる者の

 両方を知っている顔。


「……あれ」

 カイの喉が、ひくりと鳴る。


 だが、

 次に見た時には、

 そこには自分の顔しか映っていなかった。


 アグラトが、くすっと笑った。


「……見えてる者が来たみたいですね」


「そうか」

 タナトスは、コーヒーを待つ手を止めない。


「だが、まだ来ていない」

 タナトスは、グラスの水を揺らしながら言った。


「グラタンがですか?」

 アグラトが、軽く首を傾げる。


 タナトスは答えず、続ける。


「境界には立っている」


「……鏡越し、ですね」

 アグラトが、静かに目を閉じる。


「長居はできないな」


 ウェイトレスが、震える手でコーヒーを置いた。


 カップから、湯気が立つ。


 香りは、ちゃんとコーヒーであった。


 だが、

 それを飲む存在が、

 本当に“客”かどうか。


 この店で、

 確信を持って答えられる者はいなかった。


「実際、現世は存在していますが……

 原理がおかしくなっています」

 アグラトは、視線だけを店内に走らせた。


 誰も、こちらを見ていない。

 だが誰もが、確かに生きている。


「本来」

 タナトスは低く言う。

「我々は、ここに座るべきではない」


「でも来ちゃいましたね」

 アグラトは笑う。

「観測だけ。見るだけ。触らない前提で」


 その刹那。


 ──コト。


 店内の一角で、音がした。


 老人が、フォークを落とした。


 次の瞬間には、

 崩れるように椅子から滑り落ちる。


「……あ」


 アグラトが、凍りつく。


 店員の悲鳴。

 誰かが立ち上がり、救急車を呼ぶ声。


 タナトスは、動かなかった。


 ただ、見ていた。


 老人の身体から、

 “線”が、静かにほどけるのを。


「……寿命だ」

 タナトスは、呟く。

「ただ、少し早まった」


「タナトス様……」

 アグラトの声が震える。


「私は、触れていない。

 境界が、こちらに寄っただけだ」


 だが。


 救急隊員の到着と同時に、

 老人の終わりは、確定した。


 死は、発生した。


 現実世界で──。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ