表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/115

世界が狭くなる夜

 アプリケーション『箱庭』──

 かつては、擬似世界管理、世界シミュレーション、

 神話干渉の安全検証を目的として設計された実験環境である。


 HK-015、第15次箱庭世界は、現在も稼働中と判定されている。


 ただし。


 人口維持率は、初期値の3.2%。

 都市機能は、形式上のみ存続。

 農村部は全滅判定。


 交通、交易、宗教、文化。

 いずれも更新ログは存在しない。


 世界が停止しているわけではない。


 ただ、人がいなくなっただけ。


 生きる理由を失ったまま、

 進行だけが続いている。



 朝は来るし、夜も来る。

 水も出る。電気も通っている。


 街は、ちゃんと街のままだ。


 ただ、

 誰も、理由を更新しなくなった。


 残った人々が世界にいる理由も、

 もう、誰も教えてくれない。



 村もあった。

 正確には、村だった跡地だ。


 家は壊れていない。

 畑も耕された形跡はある。


 なのに、

 人だけが、途中で書きかけの文字みたいに消えている。



 死んだ人間が、

 どこへ行くのかは分かっている。


 でも、この15回目の世界では、

 誰も死なないまま、いなくなる。


 冥界は、まだ健在だ。


 少なくとも、この箱庭世界では、

「死」は一度も記録されていない。


 だから神話は、

 介入する理由を失ったままなのだ。


 守られている場所は、生きている。

 放置された場所は、終わり続ける。


 どちらも、壊されてはいないのに。



 ◆


 一方、現実世界。

 夜の街は、静かであった。


「……なんか、変じゃないか?」

 カイは、立ち止まって辺りを見回す。


 人はいる。

 車も走っている。

 信号も、ネオンも、正常だ。


 でも。


「うまく言えないけどさ……」

 後ろ頭をポリポリと掻くカイ。


「ここ、前より狭くなった気がする」

 隣を歩くイリスが、首をかしげる。


 通りの先。

 ビルの影。


 何かがあったはずの場所が、

 綺麗に、何もない。


 瓦礫もない。

 血もない。


 ただ、

 最初から無かったみたいに、欠けている。


「事故……じゃないよな」

 カイは、胸の奥に残る違和感を、

 振り払えずにいた。


 恐怖じゃない。

 怒りでもない。


 もっと近い感情。


「誰かが、先に片付けた……?」

 冗談みたいなイリスの言葉が、

 なぜかカイの胸に引っかかった。


 空を見上げる。


 雲の向こうが、

 少しだけ遠い。


 カイは、無意識に呟いた。

「……今の世界、

 本当に“現実世界”だよな?」


 答える者はいなかった。


 そうでなければ困る。

 ここは、まだ——

 俺たちが生きていい場所のはずだから。



 ◆



 その夜。


 中央都市の監視網の片隅で、

 ひとつの異常ログが静かに生成された。


【検出対象:局所的存在欠損】

【原因分類:不明】

【物理破壊:該当なし】

【死者記録:0】


 監視AIは一度だけ処理を停止し、

 定義ファイルを照合した。


 ──該当項目なし。


 欠損は爆発でも侵食でもなく、

「処理済み」に近い状態であった。


 だが、

 誰が、何を、処理したのかは、

 どこにも書かれていない。


 ログは保留扱いとなり、

 深層ストレージへ送られる。


 人間の目に触れることはない。

 少なくとも、今は。



 同時刻。


 箱庭アプリの管理層、

 最下層に近い領域で、

 一つのフラグが反転した。


【世界干渉履歴:更新】

【干渉者:未登録】

【干渉種別:異物排除】

【権限レベル:不一致】


 警告は発せられなかった。


 箱庭は、

「正しい処理」が行われたと

 判断しただけだ。


 ⸻


 遠く。


 雲よりも高い場所で、

 黄金の翼が、ゆったりと揺れた。


 ルシフェルは、

 都市を見てはいなかった。


 見ていたのは、

 残された痕跡だ。


 消された存在の、

 輪郭だけが残した歪み。


「……そうか」


 それは怒りでも、喜びでもない。

 ただの確認であった。


「世界に触ったな」


 誰に向けた言葉でもない。


 だが確かに、

 何者かが、

 管理の外側から介入した。


 そしてそれを、

 世界は拒絶しなかった。


「裁きを与えねばな」


 その一言で、

 空気が、静かに重くなる。


 裁きに警告はない。


 ただ、

 次に同じことが起きた時、

 見逃さないと決めただけだ。



 地上では、

 人々が変わらず夜を歩いている。


 欠けた場所に気づく者は少ない。


 だが、

「前より少し狭い」と感じる人間は、

 確実に、増え始めていた。


 世界はまだ、

 人間用である。


 ただしそれは、

 誰かが、そう決め続けた場合に限る。


 箱庭は『切っても世界が壊れない場所』であった。

 そして……この現実世界は、切った瞬間もう取り返しがつかない。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ