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越権介入

 最初に気づいたのは、叫びであった。


 いや、正確には、

 悲鳴や叫び声が街に溶け込んでいた。


 夜の中央都市。

 高層ビルの谷間、ネオン、止まらない信号。

 人は多い。車も多い。生活は、続いている。


 それなのに。


 人が、どんどん消えていた。


 路地裏。

 横断歩道。

 コンビニの前。


 欠けたように、人がいない。


 まるで、都市から削り取られたかのように。


 血はない。

 争った形跡もない。


 ただ、

 「そこにいたはずの人間」だけが、抜け落ちている。


「……喰ってるな」


 オルドは即座に理解した。


 単純な破壊ではない。

 人類の殺害でもない。


 都市という環境から、人間だけを引き剥がしている。


 敵の姿は、すぐに見つかった。


 街路樹の影。

 ビルの外壁。

 巨大広告の裏。


 そこに溜まっている。


 形は定まらない。

 四足にも見えるし、直立にも見える。

 皮膚は都市の影を纏い、

 視覚器官は縫い塞がれ、

 気配で人を追っていた。


 滅びの錯位。

 夜の都市に突如、顕現した魔神──、


 アバドン(Abaddon)。


 その姿は、悪魔としては整いすぎていた。


 二本の角は無駄な装飾もなく、

 黒い軍服のような衣装は、古い時代の規律を思わせる。


 そして口元。

 丁寧に整えられたカイゼル髭が、

 この存在が理性を持っていることを主張していた。


 こいつは、

 燃やさない、

 壊さない。

 都市に住む人間を狩るためだけに、ここにいる。


 通勤帰りの男が、

 触手のような影に絡め取られ、引きずられた。


「うわああああああ!」


 叫び声は、途中で消えた。


 喰われた、というより、

 都市の隙間へ落とされた。


「来い」


 オルドは、空間に指を差し入れる。


 慣れた箱庭転移。


 だが、今回は違う。


 現実世界に“出る”


 これは直接介入だ。


 空に裂け目が走った。


 翼の輪郭だけを持ったオルドの靴底が、

 アスファルトを踏んだ。


 気づいた魔神がこちらを向く。


 視線が、重い。

 都市全体が、こちらを見ている。


「グオォォォン──!!」


 魔神アバドンは吠えた。


 吠え声だけで都市の壁が震える。


 魔神は吠えながらオルドへと突進してきた。


 速い。

 迷いがない。

 都市を知り尽くした動き。


「滅びの魔神アバドン」


 オルドは避けない。


 手を伸ばし、

 世界の座標を固定する。


「ここは──正しい場所じゃない」

 それは命令ではなく、判定であった。


 魔神の脚が、途中で引っかかった。


 存在が、滑る。


 都市に存在する理由を失った。


 オルドは、魔神の首いや、核を掴む。


 熱も鼓動もない。


 あるのは、

 人間の生活圏を餌にする設計思想だけだ。


「キ・サ・マ……」


「排除。消えろ」


 掴んだ手に力を込める。


 爆発は、起きない。


 光も叫びもない。


(しゅううぅぅぅ……)


 魔神は静かな音を立てて、

 分解されるように消滅した。


 跡形もなく。


 都市は、静かであった。


 悲鳴は止み、

 人々は、何事もなかったように歩いている。


 欠けた人数は、戻らない。


 それでも街は、回り始める。


 オルドは、空を見上げた。


 雲の向こう。


 黄金の十二枚の翼が、空に広がっている。


 ルシフェル。


 あいつは、まだ

 管理していない。


 ただ、

 空にいるだけだ。


「……どう出る、神よ」


 オルドは、そう呟いた。


 今日、彼がやったのは救済ではない。


 箱庭で、

 ジュリアンが淡々とやっていた

 異物排除だ。


 現世でやっていいことじゃない。


 分かっている。


 でも。


(あいつの意志は、俺が引き継ぐ)


 誰かがやらなければ、

 この街は喰われる街として定着する。



 空から、

 何かがこちらを見た気がした。


 気のせいじゃない。


 世界だ。


 世界が、オルドを観測し始めている。


 少しだけ、嫌な予感がした。


 だが今は、


 まだ、戻れる。


 オルドは再び、跳空間転移ディメンショナル・リープを起動した。


 その背後で、

 街は何も知らないまま、夜を続けていた。



 ◆



 空は、いつも通りであった。


 雲の流れも、高度も、地上のノイズも。

 管理対象としては、何ひとつ問題がない。


 ──だが。


 黄金の十二枚の翼の奥で、

 ルシフェルは、微かな引っかかりを覚えた。


 消失。

 修正。

 介入。


 どれでもない。


 それは、

 「本来あるべき形に戻された」感触だった。


「……開発者の残党か」


 自分は、何もしていない。

 権限も、介入命令も、発していない。


 都市の一部だけが、正確すぎる沈黙を保っている。


 ルシフェルは、翼をわずかにたたむ。


 そこには、

 神話の暴走も、敵性存在もない。


 あるのは、

 判断の痕跡。


 神ではない。

 だが、人でもない。


「放置はできんな」


 空は、何も語らない。


 それでもルシフェルは知っていた。


 誰かが、

 管理者のふりをして、

 世界に触れた。


 しかも、

 間違えず、一瞬で。


 それが、神となったルシフェルにとって、

 何よりも不快で不気味であった。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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