想定、人類の抵抗
沿岸都市C-17・午前。
空は、異様なほど澄んでいた。
海霧は既に散り、
視界を遮るものは何もない。
それが、かえって不気味であった。
都市は、まだ立っている。
ビルは倒れていない。
道路も、港湾施設も、形としては存在している。
だが。
そこには、
「都市としての気配」がなかった。
存在するのは、
•残響魔
•位相獣
•都市性悪魔
•未定義悪魔(Undefined)
それぞれ人型ではなく、以下の特徴を持つ。
•猫背、手足が多い/少ない。
•ビルの影から「剥がれ落ちた」ような姿。
•目があるようで、無い。
•銃弾は「当たる」が、倒した感触が薄い。
撃破すると:
血ではなく、
都市素材(アスファルト、ガラス片、標識の文字など)が崩れる。
——分類不能:神話残滓/低位敵性構造。
◆
上空に、
自衛隊の無人偵察ドローンが展開する。
赤外線、可視光、LIDAR。
全てが正常に作動している。
「対象領域、確認」
「構造物の物理破損率、低」
「生命反応、極端に少ないが……ゼロではない」
通信は生きていた。
判断系も正常。
兵士たちの声には、まだ緊張よりも安堵があった。
「やれるぞ」
誰かが、そう呟いた。
⸻
第一段階。
ミサイルによる限定破壊。
港湾区画に着弾。
爆炎が上がり、
衝撃波が街区を揺らす。
建物は壊れた。
瓦礫が散り、
爆風は、確かに「現実の破壊」をもたらした。
瓦礫は、瓦礫のままであった。
それ以上、意味を失わなかった。
⸻
第二段階。
EMP投射。
電子機器は一斉に沈黙。
ドローンが数機、制御を失う。
都市の異常は止まらない。
腐蝕は、
電子ではなく、
「都市である理由」を削っていた。
⸻
第三段階。
化学兵器(非致死性)散布。
空気が、わずかに濁る。
人間の神経を麻痺させるはずの霧。
それは誰にも効かなかった。
なぜなら、
ここにいる異常は、
都市機能の残骸。
生身の存在ではなかったからだ。
⸻
「……被害は?」
司令部の声が、低く響く。
「人員損耗、最小」
「拡大汚染、抑制成功」
「進行速度、低下を確認」
一瞬の沈黙。
そして、
誰かが言った。
「……成功、ですね……」
誰も拍手をしなかった。
◆
【沿岸都市C-17/掃討戦・一般兵士視点ログ】
沿岸都市C-17/臨時展開区域
午前04:12
霧の中で、銃の安全装置が外れる音がやけに大きく響いた。
「……いるぞ」
先行する伍長が、短くハンドサインを切る。
赤外線には何も映らない。
熱源が、ない。
ビルとビルの隙間。
影が、剥がれ落ちた。
人間より低い。
猫背。
腕の数が合わない。
顔らしき場所に、
道路標識の文字が滲んで貼り付いている。
「……何だ、あれ」
影が、動いた。
「撃て!」
5.56mm弾が火を噴く。
当たる。
手応えがない。
血は出ない。
悲鳴もない。
砕けたのは、歩道の白線であった。
影の胴体が崩れ、
アスファルトの粒子とガラス片が宙を舞う。
「倒したのか……?」
答えはなかった。
背後の壁から、
別の影が剥がれ落ちる。
「後ろだ!」
銃声。
閃光。
EMP。
効果はある。
確実に数は減っているが、
減るほどに、街がおかしくなる。
ビルの輪郭が揺れ、
標識の文字が、意味を失っていく。
「……伍長」
若い隊員の声が震える。
「俺たち、勝ってますよね?」
伍長は、答えなかった。
戦術的には、勝っている。
壊れたビルは直せる。
瓦礫は撤去できる。
インフラも、再構築できる。
しかし。
……街が、負け続けていた。
都市は、戻らない。
ここはもう、
「都市だった場所」でしかなかった。
人が住む理由が、
どこにも見当たらない。
【HKO 観測ログ:即時更新】
観測結果:
・物理的被害抑制:成功
・汚染拡大速度:低下
・神話適用の進行:継続
結論:
効果は確認された。
だが、意味は回復しなかった。
⸻
Σ7-1は、表示を見つめたまま動かなかった。
「……勝った、と言えるか?」
「言えませんね」
Σ7-12が即答する。
「これは、防げたのではなく、
遅らせただけです」
沈黙。
「都市は守れた」
誰かが言う。
「世界はまた一段階、先に進んだ」
◆
遠く。
沿岸都市C-17の上空に、
風が吹く。
それは、
潮の匂いを運んではこなかった。
そこにはもう、
人間の世界の匂いがなかったからだ。
人類は、この日をこう記録する。
被害は最小限だった、と。
そして更に、
世界は別の記録を残した。
「神話は、止められなかった——」
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