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神話適用範囲/拡張

 沿岸都市・未明


 夜明け前の海霧が、都市を低く覆っていた。


 港湾施設のクレーンが、

 音もなく、腐り落ちていく。


 錆や劣化というより、

 それは分解であった。


 金属が、

「都市として意味を持つ前の粒子」に

 還元されていく。



 ビルの外壁に走る黒い染み。

 触れたコンクリートが、

 建築物である理由を失う。


 人はいない。

 だが、都市は確かに悲鳴を上げていた。



 港湾地区・倉庫裏


 男は、夜勤明けであった。


 コーヒーを片手に、

 いつもと同じ海岸を眺めていただけだ。


 その足元で、

 アスファルトが、砂のように崩れた。


「……え?」


 言葉を発するや否や

 それまで立っていた場所が消えた。


 落ちる感覚はない。

 ただ、

 世界から一段、外された。


 叫びは、

 意味を持つ前に途切れた。




【観測ログ:HKO/断片】


 観測対象:沿岸都市C-17

 異常種別:都市汚染/概念腐蝕


 原因推定:

 ・神性内部構造の再編

 ・魔王機能群の再接続


 識別名:

 Beelzebub_相当機能

 Astaroth_相当機能


 補足:

 これらは復活ではない。

 意思の再起動も確認されない。


「それでも、

 都市は壊れるか」

 Σ7-4は眉根を寄せた。


「想定内だが、好ましくない」

 Σ7-12は語る。

「……これは、人類側の損失だ」



 HKOは全てを見ていた。


 彼らが存在しているのは、

 ・沿岸都市の上空でもない

 ・神界でもない

 ・新宿でもない


「世界が都市として確定する前の層」


 ・道路が道路になる前。

 ・建物が建物になる前。

 ・人間の生活圏として意味づけられる前。


 そこに、HKOは分散して張り付いている。



【HKO 内部警告】


 警告:

 この汚染は局所災害ではありません。

 神話適用範囲の拡張です。


 世界は再び、

「神話的都市」を受け入れ始めています。


 予測は成立していました。

 しかし、これは人類側にとって、

 最も損失の大きい成立です。


 結論:

 神は都市を学習する。



 ◆



 冥界・境界層


 黒く淀んだ川のほとり。


 水面は静かだが、

 流れていない。


 タナトスは鎌を地面に突き立て、

 動かずに立っていた。


 そこに、背後の闇が、ゆっくりと形を持つ。


 ハデス。


 だが、

 以前のような威圧はない。


「奴が、動いた」

 ハデスが言う。


「は……」

 タナトスは淡々と答える。

「しかも、効率的に」



 冥界に、

 魂の流入は増えていない。


 それが、

 二人の魔神に不快感と焦りをもたらしていた。


「都市が壊れているのに、死が増えない」

 タナトスは静かに報告する。

「生かしたまま、削っているのでしょう」


「死を、経由、していない」

 顔を顰めてハデスが言う。


 アグラトが顔を上げる。

「それは、冥界を無視しているということですか?」


 沈黙。


「無視ではないのだろう」

 タナトスが答える。

「まだ、必要としていないだけだ」


「……危険な状態ですね」

 アグラトは唇を噛む。


「ルシフェルは、五魔王の二柱、ベルゼブブとアスタロトをその身に取り込んだ」

 更にタナトスが嘆くように言う。

「機能として」


「……奴は、もう、仲魔を、必要と、しない」

 ハデスが途切れ途切れに言った。

「神が、神話を、最適化、し始めた」


 タナトスは否定も肯定もしない。


 ただ一言。


「冥界は、まだ対象外です」


 それが、

 唯一の救いであることを、

 ハデスもタナトスも理解していた。


「わたくし達はあちら側に行けないのでしょうか」

 アグラトが膝をつきながら訊ねる。


「行ける、だが今はその時ではないな」


「ハデス様もタナトス様も、慎重ですね」


 アグラトの言葉にハデスは視線を上げる。


 冥界の天井——

 そこは、斑にノイズが走っていた。



 ◆



 新宿・別地点


 カイは、まだ気づいていない。


 だが、

 イリスは感じていた。


「……遠くで、世界が変わった」


 イリスは、自分の掌を見る。

 そこに、何も残っていないことが、

 ひどく重かった。


 殴れるようにはなった。

 だが、

 殴らなければ、

 神は進化しなかったのだろうか。


 そんな問いに、意味はない。

 それでも、

 イリスは一度だけ、目を伏せた。


 彼女の防御位相が、

 密かに揺れる。


 彼女はその意味を理解し、

 悔やんでいた。



 ◆



【HKO・最終ログ】


 確認:

 神は物理的に接触できる。


 同時に確認:

 神はその結果を学習する。


 これは、

 対神戦闘ではない。


 神話更新プロセスである。


 Lucifer_は、

 もうそこにいない。


 だが、

 都市の惨状は戻らない。


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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