断章を拾う者《フラグメント》
意識が、点から始まった。
痛みはない。
暗闇もない。
ただ存在する感覚だけが、先に戻ってきた。
その認識と同時に、視界が開く。
白でも黒でもない、無属性の空間。
地平も天井も曖昧で、距離感だけが正確であった。
その中心に広がる不思議な力により
パトラの肉体は再生された。
首は胴体に戻り、
四肢は正しい位置にあり、
皮膚の縫合跡すら存在しない。
ただ、霊的位相は少々不安定であった。
分断されたはずの身体は、
まるで最初からそうであったかのように再構成されていた。
床に横たわっていた肉体が、
ゆっくりと指を動かす。
呼吸。
鼓動。
世界が、再び彼女を計算し始める。
「……生きてる、か」
目を開けた瞬間、
記憶が、雪崩れ込んだ。
爆炎。
契約。
呪式。
神の名を、軽々しく弄んでいた日々。
「思い出しちゃった」
パトラは、苦笑した。
自分は悪魔であった。
確かに。
でも今の身体は、
どこをどう見ても人間だ。
角もない。
翼もない。
権限も、位階も、何もない。
立ち上がろうとして、
足がもつれる。
【再生成:完了】
【肉体損耗率:0.00%】
【魂位相:不安定】
淡々とした表示が、空間に浮かぶ。
それを見て、パトラは小さく息を吐いた。
「……魔力はそのまま、でも肉体が脆弱」
誰に向けた言葉でもない。
返事もない。
だが、答えは既に周囲にあった。
瓦礫の中、パトラは
起動し続けている端末やアイテムを見つけた。
表示は途中で止まっている。
【未鑑定Sレア】
【分類:不明】
【説明:神話——】
その先は、欠けていた。
「何か面白そうなアイテムはーっと」
声は、かすれている。
だが、確かに人の声であった。
端末に手を伸ばした。
誰も欲しがらなかった武器。
説明文が完成しなかった遺物。
端末が、彼女を認識する。
【使用者:人間】
【条件:神話構造理解】
【……照合、完了】
武器が、形を持つ。
刃ではない。
銃でもない。
“断章”。
文章の切れ端のような、
現実に馴染まない兵装。
それは武器というより、
「物語の綻び」であった。
パトラは、それを握った。
不思議と、重くない。
「……なるほど」
彼女は、完全に理解した。
「神は殺せない」
それは、最初から書かれていない。
「でも——」
断章が、淡く光る。
「神話を壊せるアイテム」
それだけで十分、利用価値があった。
「使えるね」
更に視界の端。
空間の縁に沿って、三つのアイテムが並んでいた。
武器、防具、アイテム。
それぞれに、等級表示。
Sレア。
パトラは立ち上がり、最初のアイテムを手に取る。
■ Sレア・武器
《終端定義剣》
使用者が“敵”と認識した対象に対し、
「これ以上先へ進めない」という定義を強制する。
神格・概念・時間進行に対して有効。
※使用回数:1
※使用後、剣は消失する
笑いにもならない。
これを使えば、
ルシフェル様ですら、止まるかもしれない。
世界を壊す前に、終わらせることができる。
でも。
「一回きり、なんだよね」
パトラは剣から手を離す。
■ Sレア・防具
《因果反転外套》
装備者に向けられた“致死的結果”を、
一度だけ「原因の段階」へ巻き戻す。
※発動は自動
※対象は装備者のみ
「……自分だけ助かるやつ」
「わたしが生き残っても、意味ないでしょ」
外套は、静かに台座へ戻された。
■ Sレア・アイテム
《記名修復書》
名前を持つ存在を一体指定し、
“壊れた箇所”を世界定義ごと修復する。
※肉体・魂・権限・記憶を含む
※使用者は対象を“理解”している必要がある
パトラは、少しだけ立ち止まった。
「……これは」
思い浮かぶ顔が、ひとつ、ふたつ。
血に濡れた誰か。
エラーを吐きながら立っていた誰か。
指先が、書に触れかけて止まる。
「まだ、早い」
使えば救える。
でも、今使うと、物語が壊れる。
その直感は、確かであった。
「それは……嫌かな」
パトラは、背を向けた。
三つのSレアアイテムは、どれも選ばれなかった。
「ねえ」
誰もいない空間に、パトラは話しかける。
「わたしは戦わないよ」
「でも、見てはいる」
世界が、動いている。
神が降りて、
人が殴ろうとしている。
「だから」
彼女は、最後にもう一度だけ振り返る。
「必要になったら、その時はちゃんと使う」
次の瞬間、空間が畳まれる。
【再生成領域:解除】
【観測フェーズ:戦闘移行】
新宿の空で、
神と人が向かい合う、その少し前。
パトラは、
まだ戦場に出ていなかった。
だが。
世界で最も危険な切り札は、
彼女の手の届く場所に、確かに残っていた。
パトラは、断章を手に歩き出す。
人間として。
だが、悪魔の記憶を持ったまま。
世界の仕様に縛られ、
神話の穴だけを知る者として。
戦争は、もう始まっている。
そして彼女は、
断章を持つことで
神話構造に穴を開ける、
“殴らない役割”として、戦場に立とうとしていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
続きが気になった方は、
そっと本棚に置いてもらえたら励みになります。




