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再生成

 新宿は、いつも通りであった。


 朝の雑踏。

 交差点の信号。

 コーヒーを片手に歩く人間と、眠そうな顔で改札を抜ける人間。


 誰も空を見上げていない。

 理由がないからだ。


 ——その瞬間までは。


 

 音が、消えた。


 爆発ではない。

 衝撃も、閃光もない。


 ただ、新宿という都市から

「次の音」が失われた。


 クラクションは鳴り終えず、

 会話は語尾を失い、

 足音は地面に届かなかった。


 心臓は、打たなかった。

 肺は、空気を受け取らなかった。

 脳は、続きを考えなかった。


 新宿に存在していた全ての生命が、

 同時に、完全に、死んだ。


 誰も倒れない。

 誰も悲鳴を上げない。


 死とは、本来そういうものだ。


 時間は、わずか〇・二秒ほど遅れて

 生を思い出す。


 世界は、再び動き続いた。


 人々は歩き、

 車は進み、

 信号は青から黄色へと変わる。


 誰も、何も失っていない。


 ただ、ほんの一部の人間だけが

 理由のない違和感を覚えた。


「……今、何か……」


 言葉にならず、

 記憶にも残らず、

 それはすぐに消えた。


 新宿は、正常であった。

 



 

 Σ7の観測室で、

 全てのアラートが同時に鳴った。


「……全域、全滅。生命反応ゼロ」


「再確認しろ」


「心拍、脳波、魂量、存在係数、すべてゼロ」


 沈黙。


「……復活した?」


「いや」


 Σ7-4が、抑揚のない声で言う。


「これは再生成だ」


 ログは正確であった。

 削除も改竄もされていない。


 ただ一行、

 ありえない記述が並んでいる。


 【死亡:全対象】

 【状態:完了】

 【次状態:出生】


「……出生、ですか?」

 オペレーターの声が、

 わずかに震えた。


「人類全体を……?」


「違うようだ」

 Σ7-4は首を振る。


「新宿だけだな。

 ……単位が違う」


「……神の処理か」


 誰も否定しなかった。





 死の領域で、

 タナトスは立ち止まっていた。


 鎌は振るわれていない。

 名を呼んだ覚えもない。


 名簿が、一ページ分、空白になっている。


「……通過した」


 死は起きた。

 だが、留まらなかった。


 これは選別ではなく、

 更新のようなものであった。


 名簿に、痕跡がない。


 死んだはずの名も、

 生きているはずの名も。


 最初から、

 存在しなかったかのように。


「……これは」


 タナトスは、

 初めて言葉を選んだ。


「死より早く、死が起こった」

 ——いや。

 死が、必要なくなったのだ。




 

 新宿の明けた空は、ひたすら青い。


 誰も死を覚えていない。

 誰も生を疑っていない。


 だが、この瞬間から、

 世界は一度終わっている。


 今、歩いている人間は

 昨日の続きではない。


 産まれ直した存在だ。


 

 そして、

 その世界にだけ、

 神は降りられる。



 観測ログの奥底に、

 処理不能の文字列が残る。


 【Lucifer_:完全顕現】


 Σ7のメンバーは誰も、それを見なかった。


 見てしまえば、

 もう同じ世界には戻れないからだ。





 終電を逃した男がいた。


 都庁前。

 スーツの襟を立て、

 スマートフォンを握ったまま、空を見上げていた。


 理由は分からない。

 ただ、さっきから、

 胸の奥が、妙に静かであった。


 心臓は動いている。

 息もできる。

 だが、「一度、終わった」感覚だけが残っている。


 彼は気付かない。

 今、確かに一度、

 自分が死んだことに。


「……なんだ、今の」


 雲が、割れた。

 いや、割れたのではない。

 透けたのであった。


 空の向こう側に、

 “もう一つの空”が重なった。


 そこに、立っているものがあった。


 人の形をしている。

 だが、身体は透明で、

 輪郭だけが、淡く発光している。


 背後に、

 黄金の翼が十二枚。


 重なり合い、折り畳まれ、

 都市の景色を反射して輝いていた。


 顔立ちは、あまりにも端正であった。

 年齢も、国籍も、性別すら曖昧な美しさ。


 その存在は、

 微笑んでいた。


「……神さま……?」


 男は、声に出してしまった。


 次の瞬間、

 その神と、視線が合った。


 はっきりと。


 逃げ場はなかった。


「あっ……」

 男は理解した。


 これは、祝福じゃない。

 啓示でもない。


 選別だ。


 神は、何も言わない。

 ただ、静かに翼を広げる。


 空間が定着した。


 都市の座標が、

 微かに、だが確実に固定される。


 男の脳裏に、

 意味のない単語が浮かぶ。


 【Lucifer_】


 そして、

 空は元に戻る。


 街は、何事もなかったように騒がしい。


 人々は歩き、

 笑い、

 電車は走り出す。


 誰も、気づいていない。


 男だけが、

 その場に立ち尽くしていた。


 膝が、笑っている。


 涙が、

 理由もなく溢れてくる。


「……見て、しまった……」


 彼は知らない。


 自分が、

 この都市で最初に神を視認した人間になったことを。


【個体記録】

 本城清隆

 状態:未変異

 備考:神性視認を伴う初期例外個体


お読みいただき、ありがとうございました。

続きが気になった方は、

そっと本棚ブクマに置いてもらえたら励みになります。

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